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未来を見据えて行動していた才女は、支えることを諦めました  作者: しばゎんゎん


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5

公爵家の執務室は、静寂に包まれていた。


厚いカーテン越しに差し込む午後の光。


整然と並ぶ書類の山。


その中心で、一人の女性がペンを走らせている。


公爵夫人、イザベラ・アルヴェーン。


王家の血を引く名門、アルヴェーン公爵家に嫁ぎ、


長年その内政を支えてきたのは彼女だった。


彼女もまた、隣国の王家の血を引いている。


王家に連なるものの責任の大きさ、求められる資質、それらをよく理解している。


「おかしいわね」


ふと、手が止まる。


視線は一枚の報告書に落ちていた。


学院から届いた、成績および評価の簡易報告。


そこに記されているのは、息子レオンの最近の成績推移。


「下がっている?」


小さく呟く。


緩やかだが、確実な下降。


一時的なものにしては、傾向がはっきりしすぎている。


「体調でも崩しているのかしら」


そう考えかけて、すぐに否定する。


その場合、別の報告が上がるはずだ。


では、他に何が原因か。


思考を整理する。


成績の低下。


課題の質の変化。


評価コメントの微妙な表現。


それらを一つずつ追っていく中で、ある一点に引っかかった。


「最近、何かあったかしら?」


変化が始まった時期。


それは、あまりにも分かりやすかった。


ちょうど、この頃の変化と言えば…


別の書類を引き寄せる。


そこには、もう一つの名前が記されていた。


ボイト伯爵家次女、カレン。


「あの子は、どうしているのかしら」


イザベラの瞳が、わずかに細められる。


カレンは優秀だ。


それも、ただ努力するだけの凡庸な優秀さではない。


構造を理解し、先を読み、最適解を導く。


使える人材ではなく、任せられる人間。


公爵家に求められる資質を備えている。


だからこそ、自らの息子の婚約者として認めていた。


あの子がいる限り、レオンは大きく道を外さない。


至らないところのあるレオンを確実に支えることができる。


そう判断していたからだ。


だが、その前提が、崩れている可能性がある。


静かに窓辺へと歩み寄り、外を見下ろす。


広がる庭園。整えられた景観。


この美しさを維持するためには計画的な準備と指示が必要。


放置すれば、すぐに乱れる。


庭も人も支えが消えれば、崩れるのは当然


その考えが、ふと頭をよぎる。


そして同時に、よろしくない考えが頭をよぎる。


「カレンを呼びましょう」


振り返り、控えていた侍女に告げる。


「いえ、やはりまずは様子を確認してからにするわ」


直接呼ぶには、まだ早い。


まずは事実を集め、固める。


それが、イザベラのやり方だった。


数日後。


報告は、すぐに上がってきた。


「なるほど」


静かに目を通す。


学院での様子。


最近の発言の有無。


周囲の評価の変化。


あのカレンが、自ら前に出ない?


ありえない話ではない。


他人を立てることもできる才女。


だが、不自然だ。


あまりにも。


「理由は?」


「明確な理由はわかりません。ただ、周囲との距離が少し空いているようです」


曖昧な報告。


だが、それで十分だった。


何か考えを持ってやっている。そう結論づける。


誰かに押しのけられたのではない。


自ら、手を引いた。


ならば


「レオンの様子は?」


「以前よりも、自由奔放にに振る舞われているようです。最近は特に」


その言葉で、すべてが繋がった。


「愚かなのはレオンだったのね」


ぽつりと、言葉が落ちる。


感情はほとんど乗っていない。


ただの事実確認に近い。


「守られていることに気づかず、守る者がいなくなって初めて崩れる」


よくある話だ。


珍しくもない。


だが、それが、自分の息子となると話は別。


公爵家を継ぎ、国を、領民を支えるべき存在。少なくとも今は。


つまり、その責任の重さは計り知れない。



視線が、再び報告書へと戻る。


そこにあるのは、まだ小さいが無視することはできない確実な兆候。


「時は来たようね」


静かに呟く。


その瞳には、冷静な光が宿っていた。




同じ頃。


学院の廊下で、カレンは一人立ち止まっていた。


遠くから聞こえる笑い声。


レオンとマリア。


その輪の中心にいるのは、もう自分ではない。


だが、そこに特に感情はない。


ただ、状況が私の想定通りに進んでいるだけ。


「カレン様、よろしいでしょうか」


不意に、声がかかった。


振り返ると、そこに立っていたのは見慣れた侍女だった。


公爵家付きの人間。


つまり


「奥様が、お呼びです」


短い言葉。


だが、その意味は重い。


早い。さすが公爵家を陰日向に支えるだけの人物。


わずかに目を細める。


早い。

想定よりも。


けれど、あの方なら、当然気付く。


逃げ理由も、隠す必要も、ない。


「承知しました」


そう答えて、歩き出す。


その背筋は、これまでと何一つ変わらない。


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