信頼できない身内
「陛下、いかがでしたか?」
会議などを経てようやく戻ってきた執務室に王太子であるロレンスがやってきた。
全く、気の休まらないと彼は苦笑した。
「予想を違えることはなかった。
ノアは正しく判断したということだな」
ノアは息子の側近ではあるが、近く離れることになっていた。次期宰相として現宰相付きになる予定だ。それにあわせて結婚もさせるつもりではいた。本人は固辞していたが、侯爵家の跡取りを残せないというのはさすがにまずかろう。
孫は仕事が忙しくて婚期を逃してしまいましてな、と嫌味を言われるのは地味にきつい。自分の息子は結婚済み、子どももいるのだから。
「……なんです?」
のほほんとした息子の顔を見ていると腹が立つ。
「おまえが、」
「はい?」
にこりと笑う顔は王妃にそっくりだった。怒ってんですよ、私はという顔だ。余計な小言が、十倍になって帰還する。
彼はそれ以上言うことをやめることにして別の話をすることにした。
「いや、いい。
会議にも顔を出すよう言っていたが」
「妹の話を聞いていましたので。二人だけの同母の兄妹です。大事にせねばね」
やや嫌味めいていると聞こえるのは彼が少し後ろめたいからだろう。
問題を起こしたのは彼の実弟と姪だ。今も判断を保留していることはそのとおりだ。
そこは理由があると言ったところで無駄だろう。
「他の弟も大事にせよ。騎士団長を受けてもらわねばならないのだからな」
騎士団というのは、王のための刃でありながら王を裁くものでもある。
騎士団長というのは王が道を違えたという場合に断罪するという任務を負っている。兄殺し、王殺しをしてでも止めるようにと求められるのだ。
それは極秘の任務であり、王と騎士団長以外知ることもなく一生話すことはない。
先に知り、選定するのは王で、相手はそれを押し付けられるに等しい。そこに後ろめたさがあり、譲ったことは多い。さらにその役目を負う自分は特別であり、優遇されるべきであるという思想も気がついていた。
それを嗜めることはあったが、本気で諌めたことはない。
騎士団は、王にとって最後の守りであり、突きつけられた刃だ。いつ、道を違えたと命を奪われるともわからない。
それに気がついたのは、王になってしばらくたったあとだ。
では、兄上は、それが正義と言えるのですか? と仄暗い目で問われたときにぞっとした。正義感があり、自分を慕う弟はもう変質してしまった。もう絶対的味方ではない。
それは自分の選択の結果である。
そんな予想つきもしなかった、というのはいいわけだ。もっと早くから退任を促すべきだった。このような慣例を終わらせるためには良い契機だったのに。
未だに決断できずにいるのは、王都が乱れる可能性の高さだ。そして、事態を治めるとして断罪すべき家は王家を支持している家ばかりで何一つ良いことはない。
正直に言えば、レティシア一人がずっと耐えていてくれればよかったとさえ思う。国のために、ずっと、身を捧げていればと。
「イライアスは悪くないですね」
「騎士たちが従いそうもないというところを除けばな」
「騎士団も入れ替えすればよろしいのでは?」
「王に忠誠を誓うと思うか?」
その血と王権に価値を見出し、それを守ることに盲信できるか、という話だ。最後の最後まで、守ってもらわねばならないのだから。
ロレンスが肩をすくめたのが見えた。
「他の弟にしておきなさい」
「いえ、ルイーゼを」
意外な名前に彼は驚いた。
「もう形骸化しているのですから、もっと象徴的にしてしまう方が良いでしょう。
副団長も決めてあります」
「誰だ」
「レティシア嬢を」
「誰が、従うというのだ」
「ですから、従わないなら、退団していただくのですよ。
次の王は私だ。陛下は大人しくしていればよいのです。もう、お役目も終わりでしょう」
彼は穏やかに笑う息子が、初めて怖く思えた。




