エスコートをされるだけの簡単じゃないお仕事 5
ほんとうに呆れた話。
ルイーゼは怒りを面に出さずお茶会を乗り越えた自分を称賛したい。そして、そこそこの成果があったことにほっとした。そして、一つも毒が入っていなかったことも。
叔父の手のものは誰も入り込まなかったか、誰にも毒を盛らせなかったか。いずれにせよ、王家として傷がつくようなことをはなかった。
ルイーゼはレティシアが気を遣うかもしれないから最初に飲み物などに口をつけるように命じられた。多少の毒ならばルイーゼは耐えられるからと。
非情ではあるが、王家のものしかいない場所では他の誰にも頼むことができない。
それほどまで警戒したお茶会だった。
これは婚約者がいるのに羽目を外した愚かな男女がいた。そのせいで婚約そのものがなくなった。それで済む話ではない。
この一件で、国内の勢力図は書き換わった。王家にとってはとても都合の悪いほうに。
それも王太子の戴冠を待つこの時期に、だ。兄は側近に泣きついているに違いない。ルイーゼは確信していた。
ただ、あの鉄面皮が自分の家にその話を通しそうもなかった。我が家にはそんな権力ございませんので、と。
陰険眼鏡と叫ぶ兄の姿が想像できた。その陰険眼鏡がいないと本気で困るくせに、罵倒する。そして、冷徹に詰められて、俺が悪かったよっ! とやはり叫ぶ。
実兄ながら、情けなくて涙が出そうだ。
外ではちゃんと王太子しているが、この先も心配なのに、この事態。乗り越えられる気が全くしなかった。
ルイーゼは同母なので一蓮托生の身の上である。ちゃんとして、兄様、という以外にない。
そもそもの問題としてここまで拗れているのはレティシアの婚約解消だけが問題だったのではない。それがきっかけで、もう何年もくすぶっていた軍部の問題が最悪の形で表に出てきた結果だ。この数十年の蓄積である。いうならば、現王である父の失態である。
適切に対処しなかった結果、騎士を輩出するような家柄とその他では断絶しつつあったが、もはや取り繕えないほどの溝が出来た。
騎士団をこれからも重用するかどうかで王家の立ち位置も変わる。騎士団を維持しつつ、軍部ともつながるにはレティシアを王家とつなげるのが手っ取り早い。相手の格も上がって喜ぶであろう、という考えは甘かった。
ルイーゼは無理だと思いますわと最初に父親に進言していたのだ。それでも会わせればごり押しできると信じた父が信じられなかった。
軽んじられていることが、原因であるのに、同じようなことをする。
たとえ婚約したところで、よく言われることはないだろうという想像が足りない。権威あるものに見初められてそれで幸せだろうと。
そして、ぞっとした。
ルイーゼの婚約もそうして決まるだろうから。まだ婚約が整っていないというのは良い相手がいないからだと言われていた。
それは、ルイーゼに見合う相手がいない、ということだと思っていた。
ルイーゼをよく使うための相手がいない、ということなのだ。
ばかにした話だ。
レティシアはそれをわかっているのかは知らないが、毅然と断っていた。そこは評価する。それ以前の毒にも薬にもならず、そうしているからこそ、誰からも軽んじられたのとは違う。
レティシアの境遇はルイーゼも噂では聞いていた。従姉の悲恋として。
婚約者のいる男に懸想するとか愚かしいにもほどがある。ルイーゼはそう思っていたが、黙っていた。
相手の男というのが厄介だと知っていたからだ。
顔の良さと物腰の柔らかさ、威圧感のなさ、なんでも否定しない優しさというものをジェイスは持ち合わせていた。
ただ、彼女たちが知る父親や兄弟というのは、威圧感があり、従えばいいという態度を隠しもしない。それから口うるさい。それと比べるととても認められている気分になるだろう。
彼女たちは、ジェイスの優しさは無責任な立場からのものだと気が付かねばならなかった。
恋に恋する年頃でそれに気がつくのは至難の業だろう。回りの大人もどうしたと思うが、表面上は礼節をわきまえた貴公子である。
血統の良さ、後継者としての立場を加わると本人が何もしなくても勝手に憧れる者がいるのもわかる。ただ、それがかなりの数だということがおかしい。ルイーゼですら、非難がましいことを言えば、お言葉ですがと苦言を呈してくる友人の一人二人はいる。
王女である立場ですら、である。知らぬうちに敵を作りたくなければ、何も言わないのが正解だ。
本当に、厄介で、いなくなって清々したとルイーゼは思っている。一部ではやはりレティシアがわるいという論調はあるが、それも裏に潜るだろう。表立って言うのは、各家でも厳しくとめられるはずだ。
それどころか友人となるべきだと推奨されているに違いない。
ルイーゼはしかと命じられたわけではないが、友達を増やしてはどうかなという話はされた。一応の義理は果たしたことになるだろう。
ルイーゼにとっても悪くはない提案を受けた。
ただ、なにもわかってない風の兄には腹が立つ。それなりの結果を手にして機嫌のよかった父にも、こちらを見透かしたような元宰相も。
なにより、ルイーゼ自身に。
ああ、これで、なにも憂うこともなく望める。そう思ってしまった。
これは良くないことが続いた結果から得たものだ。罪悪感はある。
「……まあ、仕方のないことです」
ルイーゼは小さくつぶやいた。




