エスコートをされるだけの簡単じゃないお仕事 4
「非公式な場だ。気楽にな」
国一番の権力者がそうおっしゃいましても、気楽にできるわけもない。祖父を除く。一世代上のため、小僧が偉そうにという顔してた。
今の王は即位20年を超えている。亡くなる前に退位する習わしで、今代もそろそろ次代に継承する準備を整えている最中だ。
その大事な時に火種をぶっこまれたと大層お怒りでもおかしくはない。
ひとまず、レティシア、というより、その一族を数年は黙らせておきたいだろう。そのために用意した最上の縁談を断るということにも怒り狂っていているかもしれない。というのが祖父の見解である。
空気読めないんじゃなくてわかってて、やってる。質が悪い。
レティシアへの非道な行いの清算が終わるまでは、軟化してやる気はないだろう。さらにそこに新しい情報の収集の目的も加わり事態はややこしいことになっている……。たぶん、相手からしたら目的が意味不明に見えるに違いない。
基本的に人生にやり直しなど許されることはない。何度も繰り返し、たどり着かぬ答えを探しているとも知らない。
神(仮)が諦めてしまう前に、見つけて欲しいものである。最近音信不通だし……。あっち、大丈夫かな。
ひとまずは、皆が席に着きなおし、お茶が振舞われた。一口儀礼的に口をつけたが、それ以上はやめた。コルセットで締められると胃の容量が減るのである。そろそろ気持ち悪くなりそうだ。
「レティシア嬢、姪が迷惑をかけたようだな。
きつく言っておいたので今後はないだろう。直接謝らせることもできるが、どうしたものか」
「二度と会いたくないと言っておりましたので、そのように。
陛下は、女心の機微にも疎いのですからそんな手厚い対応は求めておりません」
……。
にも、とは。陛下がひくっと引きつったの見えたぞ。祖父は現王が即位時から宰相していたので多少は牽制が効くとは聞いたけど、結構な連撃してる。
「ならば、詫びの品を用意しよう。
なにか欲しいものがあるだろうか」
急に振られたので少し驚いたように表情を作った。中身的には驚くところはない。事前にどういったことが話されるかという予想は立てて、応答についての練習もしている。
無策で乗り込むというのは無謀だ。
「そんな、恐れ多い」
まずは、断る。すぐに飛びついてはいけない。
「そんなことを言わず、仕立屋を紹介しようか? 宝石商を呼んでもよい。それとも歌劇は好きだろうか。席を用意しよう」
若い娘の流行りは周囲が完璧に把握し、普通なら揺れる提案をされるだろう。
「……それなら、ひとつだけ」
「奥ゆかしいな。侯爵の孫とは思えん。
それで何が欲しい」
「この庭の花をいただけないでしょうか。
美しい一輪をこの日の思い出に」
どう断ってもなにかを与えようとするだろうから、無害で美談となり得るものを選ぶ。庭の花をというのはいくつかの候補の一つにもあった。
「その程度ならいくらでもさしあげよう。
庭師を呼べ」
すぐに現れた庭師。それは用意されていたように見えた。
……まあ、相手もこちらの出方の予想くらいするよね。落としどころの提示であったと受け取っておこう。
一輪のつもりが、花束を抱えることになったのは想定外だった。
「ありがとうございます。
花をいただいたこともないのでとても嬉しいです」
微笑んでそう告げた。
事実である。悲しすぎる。
婚約者がいると婚約者以外から贈り物もらっちゃいけない不文律があるから……。一応、夜会用のドレスなどは用意してもらうこともあるが、それは同じ色を合わせるとかそういう都合だ。たぶん、手配は元婚約者の母親がしたのだろう。趣味が、とても良かった。
「そ、そんなことが!?」
ルイーゼ殿下が穏やかな表情を崩して驚いていた。普通、ありえないやつらしい。
「お兄様より、下がいた」
どの兄か、というとそこにいるイライアス殿下なんだろうな……。無言を貫く姿勢は余計なことを言って妹を刺激したくないという気持ちが透けてる。
国王陛下と言えば苦笑いしていた。
「生まれたときからなら、そこにあるのが当然と思えるかもしれないが、それでもひどいな。
再度婚約をという訴えもあったが、退けておこう。余計な苦労を増やす必要もあるまい」
「ありがとうございます」
祖父と共にそれは頭を下げた。
王命と言われるのが一番困る。
「なに、弟の不始末でもある。
傭兵も好かぬとは知っていたが、見えておらぬ。王都を離れ、どこに居着くつもりだ」
それはユーリクスに向けられた問いだった。彼は困ったように祖父へ視線を向けた。
「今は当家で雇っておりますが、長居させるつもりはありません。
シュウレイも人を多く雇い入れておく余裕もありますまい。良き逗留先が見つかれば話をつける事ができます」
「ふむ。
辺境に逗留せよ、ということは依頼できそうか?」
「金払い次第でしょう。傭兵とはそういうものです」
「私もそう思っていたがね。
イライアス、しばらくの間、傭兵団を逗留させよ。少々、きな臭いところもあるしな」
「承知しました」
やや漏れのめんどくせぇという表情よ。これは王都でやっていけそうにない。とっとと辺境に戻っていただきたい。うっかり断絶されては予定が狂う。
……いや、でも、いっそのこと……。
「どうした?」
「いえ、なにも」
なにかに感づいた祖父に問われたが澄ました顔で返答しておくことにした。ちょっとした殺害計画を立ててたなどと知られたらやばい。
それで話はついたらしく、残りのお茶やお菓子などを摘みながらの雑談に入っていった。
あたしは入れない。王都の流行りわかんないので。微笑んで、ちょっと驚く係だ。祖父がそつなく対応してくれて本当に嬉しい。一人でコレに挑めといわれなくてほんっっとーによかった!
これから夏に向かって、王家主催の夜会が二つあるのでそろそろドレスを予約しなければとか、はやりの店はどことかルイーゼ殿下からのお役立ち情報が随時差し込まれている。大変助かります。
その他、貴族の嗜み狩猟とか、夏の終わりに狩猟大会するとか聞こえたけど……。自分が指名した女性に得物を捧げて、一番捧げられた女性が優勝とかあるんだって。あるんだって!
参加したくない。絶対、いやだ。どう考えても、ぶっちぎりで優勝できる自信がある。あははは……。
ある程度時間が過ぎて、先に国王陛下が席を立った。
これから会議だとぼやいていたが、どこまで本気かはわからない。イライアス殿下も連れて行かれたので先ほどの決定を詰めるのかもしれない。
最後に残ったルイーゼ殿下はあたしをじーっと見た。
「私はあなたも好きではないけれど、あの女のほうがもっと嫌いだったの」
柔らかな微笑みでそういった。
ゾワってしたぞ。
「もう私の視界にも入らないかと思うと笑えるわ。
あの男も不愉快だったし、追い払ってくれてほんと良かった。侍女たちにも人気があるのはいいけど、つまみ食いされるのは気に入らないのよ」
悪行追加されましたっ! そこまでやってたのか……。なに考えてるのか全くわからん。
「礼でもないけれど、私の取り巻きではなく、ご友人として扱ってあげる。あなたのお祖父様なら有効活用してくれるでしょう。
お互いの、都合の合う間だけ仲良くしましょ」
そう言って彼女は颯爽を去っていった。
あたしの返事は特に必要ともしていなかったらしい。そこまでの自己主張があると思われてないのかも。ま、今のところは地味で大人しくしてる必要があるから助かるけど。
「お祖父様、知ってました?」
「……ちょっとは、な。調べたら出てきた。相手から誘ったら断らない。そういう信念でもあるのではないか?」
……それもどうなのよ。
レティ、あのクズ野郎、どうしてくれよう。
「不能にさせる薬とかないですかねぇ……」
「切るほうが早くないですか」
ぼそっと言ったのがイルクなのが意外というかなんというか……。思わず視線を向ければうつむいていた。ああ、なにか、黒いオーラが滲んでいる気がするぅっ!
闇落ちされては困る。大変困る。あたしの癒しと頼りがっ!
「そ、それは置いておきましょ。
ひとまず、帰りましょうか」
花束をユーリクスに渡した。ん? という顔をしているが、気にしない。
「お祖父様、エスコート忘れてますよ」
「お、おお、そうだったな」
気を抜くと一人で歩き出そうとするから。
こうして第一回、王家とのお茶会は終了したのである。




