エスコートをされるだけの簡単じゃないお仕事 1
王家からの招待状が届いた。本来は夜会に招待したいが、体調を考慮しお茶会をすることにしたのでぜひきていただきたい、という文面には断るなよという威圧があるらしい。
あたしは回りくどい表現がよくわからなくて要約された内容でへぇ、優しくしてもらったのかな、とおもったくらいだからだ。
祖父に向いてないなと苦笑交じりでもなく真顔でいわれた。
そのため、余計な言質をとられぬため黙って微笑んでいるように厳命された。もともとレティシアは控えめな女性として認識されていたのでそれでもよかろうということらしい。
ここでの控えめなというのは、気配のない、取るに足らない、空気のような、の暗喩であるそうだ。
貴族、怖くね?
それは、さておき。
このお茶会にエスコートしてくださるのは祖父たる先代の侯爵閣下。建前の話としては高齢の祖父の付き添いにレティシアがやってくるという形だ。祖父がレティシアの添え物ではない。
儂の付き添いならば付き合ってくれるかもしれませんなと先に言ったからである。
レティシア単体で呼ばれるのは避けたかったので、譲歩したように見せて落としどころを提示したのだそうだ。強固に断るよりも条件を出せる状態で応じたほうが後々良かろうと。
というわけで、あたしと祖父の特訓が始まってしまったのである。
祖父、祖母が亡くなったあと誰もエスコートをしていない。未婚の娘がいる場合ならエスコートすることもあるらしいが、その時点では皆、嫁いだ後だったそうだ。
少し前にあたしにしてくれたのはかなり異例だったらしい。そういえば、お屋敷の方々が驚いていたような気がしなくもない。
そんな久しぶりのエスコートは家の中で歩くにはいいが、外で見せるには少々ぎこちなく見えたらしい。執事が恐れながらと指摘するくらいだからよほどである。
エスコートされ慣れないあたしと久しぶりの祖父。
王族相手に突っ込まれないように、特訓である。
エスコートの基本。
1.女性の立ち位置は男性の利き腕側の半歩後ろ。
2.90度に曲げた男性の腕の肘の内側、または前腕部分に、自分の右手をそっと添える。
以上。簡単そうに聞こえる。
左手で優雅にというのが少し難しい。逆ならばという話をしたのだけど、マナー上許されないらしい。
利き腕側なのは、いざというときに剣を扱う必要があるからだそうだ。剣というのは利き腕の反対側に吊るされるもので、剣を抜くときに邪魔にならぬように、女性は利き腕側と決まっているらしい。
そういう騒ぎが過去にあったりもするので、外せぬマナーである。
現実問題として、護衛を二人ほど同行させるので祖父が出る幕はないし、そこまでだったらあたしがぶん回したほうが良さそうではある。
……ちょいとそういう立ち回りも練習しておこう。女性の武器所有は認められていないのでいざというときの武器調達は大事。
ぎこちなさとは別に歩調の合わなさ、ドレスの裾捌きが上手くなくヒヤッとするところもある。
レティシアの素の力に頼っていたが、あまりにもエスコートされな過ぎてこれはマスターしてなかったようだ。記憶をたどっても数少なく、すぐにいなくなるので意味がない。
不憫だ。
そりゃあ、愛されぬ婚約者、お飾りの妻とみなされる。
「……なにやら怒っているようだが?」
「いえ、レティがエスコートを知らないようなので、イラっとしただけです。
慣例的に未婚の娘のエスコートは父親の仕事でもあるのですけどね!」
無骨一辺倒のあの父親には荷が重かった。わかってはいる。が、腹が立つのは仕方がない。
祖父は苦笑いをして、あたしの手を撫でた。宥めるように。
「儂が生きている間は相手役は勤めよう。
そのあとは、少しばかり身の振り方を考えておいた方が良かろう。義兄になる孫たちも慣例的には許されるが、血縁としてみなされるかは微妙なところではある」
「婚約くらいまでなら妥協しますけどね……」
したくはないが、この貴族社会でしばらくいるなら必要な措置だ。白い結婚も要求する。そうなると相手は限られるが、相手が良いという見通しは限りなく低い。
それ以上に、数年も残っていられるかというところもある。
死亡フラグの多さたるや……。それもあってはやめに領地にある日記を回収して対処して結末の行方を見たいのだけど。
「おふたりとも、休憩はおしまいです。
日数がございません。体力の続く限り、今日はがんばってもらいます」
……。
鬼のようなマナー講師である。祖父も表情を引きつらせつつ、頼むと言っていた。
その結果、それなりの成果と筋肉痛を手に入れた。体力のある若いあたしはそれで済んだが、祖父が、一日寝込んだ。甲斐甲斐しく世話をするという名目で、授業などをサボろうと思ったのだけどちょうどいいと王族講座が始まってしまった。
現在、王家には5人の王子と3人の王女がいる。
この国は王家のみ一夫多妻制をとっているので皆の母親が同じではない。王妃一人に側妃三人という構成だが、残っているのは王妃と側妃一人。
王家のみ一夫多妻なのは、昔、他国から後継者を選ばねばならないという事態に直面したあと変更されたらしい。かつての血縁とはいえ、他国の流儀に染まっており、国益を優先するという形ではなかったそうだ。
その時の後継者は後継者のままに亡くなった。
闇。めっちゃ闇。
ま、まあ、それはさておき。5人いる王子のうち、既婚が2人。婚約ありが2人。婚約なしが1人という内訳。最初に打診されたのは、すでに婚約済みの二人。婚約を解消させるから、という前提で話をされたらしい。
なんか、恨まれそうな話だ。
断ったあともちくちく言われたので、婚約を解消せねばならぬ立場の女性の気持ちがわかるので断るのだと言い返したらしい。あたしがそう言っていたと捏造された。
それで断れるならいいけどね。
さて、それで諦めたかというとそうでなさそうであるらしい。残念ながら候補が一人だけ残っていた。
「国境の砦に一人いてな」
「国境、ですか?」
「母親の身分が貴族ではなかった。母親のほうは貴族家の養女となり、身分を整えられたが数年で病気で亡くなった、ことになっている」
「ことになっている」
思わずオウム返ししてしまった。なにその怖いの。その怖いのがいる巣窟にいくの? あたしが?
「安心せよ。今、レティシアを害すればどうなるかくらい王はわかっているであろう。
首を落とされたくもないであろうしな」
ちなみに、この世界にはちゃんと断頭台が実在し、人道的な処刑道具として運用されている。下手な首切り役人に首落されるよりましでしょ? という意味合いで。王族や貴族は基本毒杯ではあるが、よほどのことをしたら断頭台である。
詳しい理由? そりゃあ、レティが何度か喰らったからさ……。ほんとなんなの。
「一連のことに関わりもしないどころか知りもしない相手ならばどうだと言うところだろう」
「はぁ……。
嫌です」
「断るが、すぐには断れないかもしれない。付け込ませぬようにな」
「無理そうですが、がんばります……。
その殿下のお名前は?」
「イライアス殿下だ」
「………どこかで、聞き覚えが?」
あるようなないような。あたしは首をかしげる。こういうときに天啓があるといいのだけど。
レティシアに直接は関わらないが、記憶に残るなにか重要なことが……。
「御使い殿でも思い出せぬか?」
「膨大な時間を過ごしてまして、中々……」
本筋じゃないが、今関わってくるなら思い出したいところ。戻って考え直してみますと部屋を出ることにした。いい口実だ。
外で護衛についていたイルクに王子様について聞いてみる。
「イライアス殿下、ですか?」
「知ってる?」
「武人ですね。噂だけですが、傭兵や一般兵とも気軽に付き合うようです。その話は、ユーリクスのほうが詳しいでしょう」
ふむふむ。
では、とそのままユーリクスのもとに向かう。本日は、けいこ場にいるらしい。そっと覗こうとするとやっぱり皆がこっちを見ており……。
ビビっているあたしの前に庇うようにイルクが立ってくれた。従兄殿、申し訳ない。
「ユーリクス、お呼びだ」
「ん。
今日のところはもうおしまい。あとは自主練」
ユーリクスはけいこ場にそう言って出てきた。鍛錬なんてしてませんがというような涼しい顔をしている。やはり化け物じみた体力。
「なにか御用ですか。お嬢」
「知っているか聞きたい人がいて」
イライアス王子の名と縁談になるかもしれないという情報も付け加えておく。
「直接付き合いはありませんが、俺たちの中では評判がいいですね。
縁談は断られるのでしょう?」
「最終的には。その前の政治的な話は皆目見当がつかない。
それより、辺境の砦とかあのあたりってなんかないのかな。記憶にひっかかりがあるんだけど、思い出せないの」
「あのあたりは、隣国が定期的に侵攻してくるので砦があると聞いています。
何年か毎の災厄みたいなものでしょうか」
ユーリクスはそう言ったが、なにかあったような、と呟いている。
一部記憶ありっぽい人にもなにかある、と引っかかるのだから、なんかありそうだ。
問題は、思い出せないということ……。
「会ってみればわかるでしょ」
一縷の望み過ぎるが、他に当てもない。まあ、一応、辺境のことを調べてみることにするけど。お茶会でお会いするかもしれないしと図書室に籠城した。
週一の更新予定です。よろしくお願いします。




