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咲良さんは恋を自覚する

久しぶりの連日投稿です




 ーー待って


 たった一言、されど一言。その三文字を口に出す勇気は、私にはなかった。


 私が躊躇っている間に、玄関が閉まって完全に隔てられる。言うタイミングは何度もあった。花火が終わった瞬間から、今の今まで。


「紫音?どうしたの?」


「⋯なんでもない。お風呂入ってくるね」


 私は逃げるようにお風呂に駆け込み、いつもより長めに湯船に浸かった。




「上がりましたー」


 風呂を上がり、少しだけのぼせた状態でふらふらとソファに座る。すると、お母さんがこちらに寄ってきて、私の隣に腰を下ろした。


「花火どうだった?」


 お母さんはこの時を待ちわびていたかのように質問する。


「⋯楽しかった」


 色々感じたことはあるが、それ以上の言葉が出てこない。それほどまでに楽しい時間だった。


「⋯そう。本当によかったわね」


 お母さんはそれだけ言うと優しく微笑んでキッチンに戻っていく。私も続いて立ち上がり、階段を上って自室へ戻る。


「あっ、お姉ちゃんおかえり」


 階段を上り終えたところで、部屋から出てくる蒼とばったり会う。


「ただいま」


「楽しかった?お兄さんとの花火デート」


「ーっ!?」


 私は自分の心が見透かされたかのようなバツの悪さを感じ、足早に部屋へ逃げ込んだ。






「デート⋯」


 蒼に言われたことを口に出し、再び顔が熱くなる。


 言われてみればそうだ。高校生の男女が二人で花火を見に行く。誰がどう見ようがデートでしかない。


 逆になんでこれまでその言葉が出なかったのか不思議なくらい。もしかしたら、音無くんも気を使ってくれて話題にしなかったのかも。


(今日、音無くんは気づいてたのかな)


 私の頭は花火大会へシフトする。人混みを避け、私たちは暗い砂浜の境目に座った。周りには数組しかいないし、ゆっくり花火を見れるはず⋯だった。


 少し経つと暗闇に目が慣れ、周りがじっくりと見えるようになってくる。そしてもう一度見渡してみた時、私は心臓が飛び出るかと思った。


 ーー周りにいたのは、全てデート中のカップルだったのだ。


 年代はバラバラでも、しっかりカップルだった。その証拠として、みんな手を繋いだり、食べさせあっていたり⋯き、きすをしている人までいた。


 私にそれを凝視できるほどの耐性はなく、すぐに音無くんの方へ向き直る。その瞬間、私は私たちを客観的に見てしまった。


 私たちもデート中のカップルに見られてる?音無くんはデートだと思ってる?もしかしたら周りがしていることをしたいって思ってる?そもそもそのつもりでここを選んでる?


 色んな疑問が浮かび、頭の中を埋めつくしていく。音無くんが名前を呼んでくれなければ、思考がショートしていたに違いない。


 おかげで、私はその後純粋に花火を楽しめた⋯なんてことはなかった。


 一旦思考をリセットしても、すぐに忘れられるほど人間の脳は甘くない。無言で花火を見続けるその空間は、余計なことを考えるのには最適の時間だった。


 ーーカップルってなんだっけ。


 ーーデートってなんだっけ。


 ーー最後に恋をしたのは、いつだったっけ。


 音無くんは一人だけの異性の友人で、一緒にいると楽しい。自然体でいれるし、安心できる。


 しかし、それが友情なのか恋なのか、私には分からない。それはそうだ、比較する対象がいないのだから。


 花火が終わったあと、音無くんはすぐに帰ろうと提案した。私は今の気持ちを知るためにもう少しゆっくりしたかったが、お母さんの名前を出されるとおとなしく帰るしかない。




「そして今に至る⋯かあ」


 悩みと疑問が溜まる一方で、答えは何ひとつとして出ていない。


 誰かに相談する?するとしたら陽乃か凛かな⋯。いや、無理無理。二人とも真面目に聞いてくれそうだけど、私が恥ずかしくて話せる自信ない。


 ーっていうか、恋するタイミングなんてあった?自称恋愛漫画好きの私、ヒロインが恋に落ちる瞬間はずっと見てきた。


 まず出会いは⋯傘を貸してくれた。自分は濡れちゃうのに。


 宿泊研修は⋯夜、相談に乗ってくれた。二日目、トラウマ克服のために手伝ってくれるって約束してくれた。


 夏休み前は⋯テスト勉強に付き合ってくれた。そして先輩たちから助けてもらった(何もされてない)。


 二人で家で遊んだこともあるし、二人で遊びに行ったこともある。


 たまにほろ苦い思い出もあるが、最終的には全部いい思い出として刻まれている。


「⋯あれ?」


 そして私は気がつく。恋に落ちるタイミングばかりなことに。


 ーーやばい。急に心臓がドキドキする。苦しいし、不安になる。⋯だけど、暖かい。これって⋯


 この症状を私は知っている。私の大好きな恋愛漫画の中で同じ心理描写を読んだことがある。だからこそ、私は自覚した。




「⋯音無くんが⋯好き?」




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