↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
契約したのは1300年前の神官でした  作者: 回路図 碧


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/8

第二話 契約せよ

老人は俺を見ていた。

 いや。

 見ているというより。

 確かめているようだった。


「まだ続いておったか」


 そう呟いた


「意味分んないんだけど」


 返事はない。


 リブだけが低く唸り続けていた。


「爺さん、あんた幽霊か何かか? 神様とか?」


「……」


 老人は黙ったまま俺を見る。


 不思議と恐怖はない。


 なぜだろう?


 ようやく口を開く。


「名は」


「朋也だけど。葦原朋也」


 老人は静かに頷いた。


 何なんだこいつ。


 どこか必死なものを感じた。

 だから思わず名前を教えてしまった。


 もういいや帰ろう。


 そう思った。


 ところが。


「契約せよ」


「は?」


 思わず聞き返した。


「わしと契約せよ」


「契約?何の?」


「後ろに祠が見えるじゃろう」


 老人が顎で示す。


「わしはあの祠から出られん」


「故に」


「これからわしと共に在る契約じゃ」


「お主がワシの祠となる」


「嫌に決まってんだろ」


 即答だった。


 老人は少し黙る。


「何故じゃ」


「いや何故って」


 こっちが聞きたい。


「神様か幽霊かボケた爺ちゃんか知らんけど」


「リブはあんたに警戒しよるし」


「そんなんで契約する奴おるか」


「というか俺、霊感とか無いはずなんやけど」


「わしだから見えておるのじゃろうな」


「はぁ?意味分からん」


「そうじゃろうな」


 老人はあっさり認めた。


「・・・じゃあ聞くけど」


「あんた俺にとって何なんよ」


 老人は答えなかった。


 代わりに何かを呟く。


「かけまくも」


「なつきまくも」


「葦原朋也、リブ」


「ひそみしものよ」


「でよ」


「はぁ?」


「何つった?」


 その瞬間だった。


 空気が変わった。


 肌に刺さるような冷たさ。


 境内に薄い霧が広がる。


 嫌な気配。


 本能が警鐘を鳴らす。


 リブの唸り声が消えていた。


 代わりに恐ろしく震えている。


 こんなリブ初めて見る


「……なんなん?」


 老人も本堂へ目線を向いた。


 初めて表情が変わる。


「あ」


 短く声を漏らした。


「まずいの」


「ちと脅かす程度のつもりじゃったんだが」


「何言ってんだよ」


「失敗した」


 その瞬間。


 本堂の扉が静かに開く


 奥から何かが現れた。


 巨大だった。


 闇が形を持ったような影。


 獣に見える。


 狸? 

 

 いや


 デカ過ぎる


 生き物ではない。


 そう直感した。


「土地神じゃと」


 老人が苦い顔をする。


「まずいのぉ」


 リブが吠えた。


「ワンッ!!」


 次の瞬間。


 影が消えた。


 違う。


 速すぎたんだ。


 巨大な何かがリブへ襲い掛かった。


「キャウン!!」


 吹き飛ばされるリブ。


 地面を何度も転がる。


「リブ!!」


 頭が真っ白になった。


 その直後。


 何かが切れた。


 激昂だった。


「何すんぞこのクソ狸ぃ!!」


 身体が勝手に動く。


 手には傘。


 母が降るかもと無理やり持たせてくれたものだった。


 九年。


 何千回と繰り返した踏み込み。


 身体が考えるより先に動く。


 左足を引き付け。


 踏み込む。


 傘の先端を巨大な眼に叩き込んだ。


「突きぃ!!」


 鈍い感触。


 大狸が後ろへ飛ぶ。


 押さえた右目から血が流れていた。


 その顔には驚愕があった。


 信じられない。


 そんな表情


「流石は葦原」


 老人が呟く。


「あのような粗末な得物で立ち向かうか」


「殺してやる」


 老人が冷静に答える


「無理じゃ」


「ほれ」


「見てみぃ」


 大狸の指の隙間。


 抉れたはずの眼球が。


 再生していた。


「……マジかよ」


 逃げるしかない。


 リブを抱えようと視線を落とす。


 「目を離すでない」


 その時だった。


 巨大な狸が顔を上げ老人を見る。


 何かを話している。


 言葉は分からない。


 だが。


 会話している事だけは分かる。


 奇妙だった。


 少しだけ。


 狸は呆れたように。


 どこか旧知の者達のように。


 短いやり取りは終わる。


 大狸がこちらを向いた。


 その瞬間。


 分かった。


 喰われる。


 本能だった。


 今まで命のやり取りなんてした事ない。


 蝶を食うカマキリ。


 鼠を呑む蛇。


 そういった側の視線。


「朋也殿、わしと契約せよ」


 老人が言った。


「あやつに殺されるぞ」


 大狸が地面を蹴る。


 土が爆ぜた。


 巨大な影が迫る。


 動けない。


 怖い。


 身体が言う事を聞かない。


 気付けば右腕を前へ出していた。


 鋭い爪が振り下ろされる。


 何かが飛んだ。


 いや。


 俺の右腕だった。


「え」


 地面に転がる。


 自分の腕。


 大量の血。


 景色が赤く滲む。


 痛みはまだ来ない。


 脳が理解を拒んでいた。


 大狸が転がった腕へ鼻を近付ける。


 一度。


 二度。


 三度。


 匂いを嗅ぐ。


 そして。


 喰らい付いた。


 ぼりっ。


 ごり。


 骨が砕ける音。


 咀嚼。


 飲み込む。


 大狸は薄く笑った。


 不気味に舌なめずりしながら老人を見る。


 そして。


「うつほや」


「うつほうつほ」


「あわあわ」


「なよろな」


「そらら」


「うつほ」


 歌のような旋律

 

 意味が分からない。


 日本語だろうか。


 一つも理解できない。


 理解できない事が恐ろしい。


「頼む」


 静かな声。


「儂を信じろ」


 その時。


 リブがふらつきながら立ち上がった。


 俺の前へ出る。


 震えている。


 足もふらついている。


 それでも前へ出た。


「リブ・・・チクショウ」


 選択肢なんて無かった。


「分かった」


「契約する」


 老人が不気味に微笑み目が大きく見開かれる。


 次の瞬間。


 世界が止まった。


 風も。


 音も。


 狸も。


 全部。


 何も動かない。


 腕の痛みが・・・消えている


 老人だけが笑顔で軽快に歩く。


「よぉうしぃ」


 懐から紙を取り出した。


「男子がこれしきの事で泣くな」


「みっともない」


「葦原の名を汚すな」


「恥を晒すな」


地面にへたり込みながら答える


「んだよそれ」


「契約書じゃ」


「契約書?」


「契約すると承諾したじゃろ?」


「ちょっと待ってよ」


「今更断れんぞ、わしは神官じゃ」


「シンカン?」


 老人は指先を噛む。


「ここに其方の名前を書け」


「血でか?」


「そうじゃ」


「都合良く右腕から血が出ておるではないか」


「笑えねぇんだよそれ」


「チッうるさいのぉ」


「あんまり時間が無い」


「早ぅせい」


 左手で名前を書く。


 葦原朋也


 忌部景継


 文字が淡く光る。


 紙が燃えた。


 灰すら残らない。


景継「契約内容は確認したよのぅ?」


「あんまり見てないけど」


「これからお主はワシと共にこの地(伊予※現在の愛媛県)に眠る幾多の怪異を顕現していく」


「貴様はその助手であり、ワシの祠(家)じゃ」


「その対価として腕を治して進ぜよう」


 結果的に良い対価になったわ


 不気味に微笑む


 神よ、まだ私を見捨ててはいらっしゃらなかったのですね


「はぁ?何わろとん・・じゃ」


 そして。


 世界が動き出した。


 同時に。


 景継の姿が消える。


「おい」


 辺りを見回す。


 景継が居ない。


 「ジジイ」


 どこにも居ない。


『聞こえるか』


 頭の中で声がした。


「うおっぁ!?」


『騒ぐな』


「どこ・・に!?」


『おぬしの中じゃ』


「はぁぁあ気持ち悪ぃ」


 視界が揺れる。


 地面が揺れたのではない。


 身体が揺れている。


 視界が二重になる。


 吐きそうだ


「ウ”ェェ」


『慣れろ』


「うぅ・・・」


 その時。


 違和感。


「・・・あれ」


 右腕を見る。


「腕が」


 ある


 切断されたはずの腕が。


 傷も。


 痛みも


 無い。


『まず距離を取れ』


「え?」


『あの土地神から離れろ』


 慌ててリブを抱き上げる。


 ゆっくり後退る。


 そこで初めて気付いた。


 大狸が動揺している。


 明らかに。


 さっきまでとは雰囲気が違う。


 俺を見る。


 いや。


 俺の中を見るように。


 そして。


 口を開いた。


『お主・・・』


『ワシの言葉が分かるか』


 知らない言葉だった。


 なのに意味が分かった。


『景継は』


『お前の中に入ったのだな』


 土地神が静かに言う。


『事情を聞こう』


 先程までの殺意は消えていた。


 まるで。


 話し合いの席に着くように。


 土地神はそう言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。