↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
契約したのは1300年前の神官でした  作者: 回路図 碧


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/8

第一話 まだ続いておったか

3月10日


 中学校の卒業式だった。


 体育館の窓から差し込む陽射しは暖かい。


 けれど外へ出るとまだ少し肌寒かった。


 春は来ている。


 ただ、冬もしつこく居座っている。


 そんな季節だった。


「葦原先輩! 東温でも剣道続けるんですよね!」


 後輩が聞いてくる。


 俺は面を外しながら答えた。


「続けるよ」


「ですよね」


「俺も東温受けようかな」


「やめとけ。お前はもっと頭の良い高校行けるやろ」


「そうですね」


「やかぁしぃわ」


 道場に笑いが起こる。


 最後の稽古だった。


 卒業式の後、三年生を送り出す恒例行事。


 剣道部副主将としての最後の日でもある。


 防具を片付けながら、少しだけ道場を見渡した。


 小学校一年から続けてきた。


 高校でも続ける。


 剣道場を出る前に上座へ一礼する。


 そして外へ出たところで声を掛けられた。


「葦原」


 同級生だった。


 まあまあ可愛い。


 けれど残念な女でもある。


「なに」


「ちょっとお願いがある」


 嫌な予感しかしない。


 案の定だった。


 差し出されたのは『写ルンです』


「高校行ってからも撮ってきて」


「何を」


「成川先輩」


 出た。


 成川先輩。


 一つ上。


 女子人気が異常な人。


 顔が良い。


 性格も良い。


 運動もできる。


 しかも爽やかで良い匂いがする。


 欠点があるとすれば、モテすぎて逆に女子が萎縮してしまい、告白されないことくらいだ。


「お前彼氏おるやん」


「そういう事じゃないのよ。それはそれ、これはこれ」


「お前、東温落ちたな」


 笑って言うと、


 橋本は唇を尖らせた。


「うっさいな。もうそれ言わんとってや」


「ごめん」


「……まぁ良いけど」


 少しだけ沈黙する。


「無理にとは言わんけど」


「わーったよ」


 こいつは俺と同じ高校を受験した。


 落ちた。


 そして泣いていた。


「際どい写真は査定上がるけん」


「犯罪だろ」


「上裸とか」


「胴着脱ぐタイミングでも狙うか?」


「いいね」


「笑」


「笑」


 少し気まずい空気が流れた。


「葦原も元気でね」


「ああ」


「たまには遊ぼうや」


「ええけど、彼氏に悪いやろ」


「そんなん別にええやん……バイバイ」


「またな」


 橋本は女子更衣室へ駆け込んでいった。


 俺だけが取り残される。


 片手には『写ルンです』


 友達ではある。


 仲も悪くない。


 一年前、告白された。


 断った。


 理由は今でもよく分からない。


 照れ臭かったからかもしれない。


 今の彼氏は正直好きではない。


 あんな男を選ぶ女じゃないと思っている。


 だから少しだけ。


 振られた気分だった。


 多分、もう当分会わない。


 そんな気がした。


 家へ帰る。


「ただいま」


「おかえり」


 母親の声が台所から聞こえた。


「卒業おめでとう」


「ありがと」


 父親はまだ仕事だ。


 警察官だから仕方ない。


 夜勤もあるし休日出勤もある。


 昔からそんな感じだった。


 その時。


 ブゥゥゥゥン……


 妙な音が鳴った。


「ほら」


 母親が冷蔵庫を指差す。


「もう寿命なんよ」


「冷蔵庫?まだ動いとるやん」


「四十万あったら買えたのに」


 始まった。


「またその話か」


「高校生の防具に四十万よ?」


「ごめんて。必要やん」


「冷蔵庫も必要なんよ」


 しばらく言われそうだった。


 逃げるように風呂に入る。


 卒業した解放感もあって妙に気分が良かった。


「なんでもない〜♪ なんでもない〜♪」


 風呂場は歌手になれる。


 風呂から出ると、雄二がゲームをしていた。


 三つ下の弟だ。


 四月から俺が卒業した中学へ通う。


「お兄ちゃん」


「ん?」


「おかえり」


「おお、ただいま」


「後でスマブラしようや」


「ええよ」


 雄二は嬉しそうに頷いた。


 ボクシングを習っている。


 結構強いらしい。


 それでも俺には敵わない。


 本人も知っている。


 だから逆らわない。


 信頼している。


 少し俺のことを怖がってもいる。


「リブ、散歩行くか」


 柴犬が飛び起きた。


「雄二行くか?」


「やめとく」


「スマブラ準備しとくわ」


「はいよ」


 リードを持って外へ出る。


 住宅街。


 川沿い。


 高台の池。


 雑木林。


 最後に神社。


 家を建てた時にリブを飼い始めた


 その頃からずっと同じ散歩コースだった。


「四月から高校生だぞリブ」


 リブは嬉しそうにこちらを見る。


 決して俺の前は歩かない。


 鳥居へ着く。


 一礼する。


 誰もいない。


 三年間通った。


 人と会った事は一度もない。


 崩れた石段。


 伸びた雑草。


 朽ちかけた本堂。


 境内の隅に小さな鳥居があり、その奥に小さな祠がある。


 なぜか気に入っている場所だった。


 町の人間ですら忘れかけている神社。


 その時だった。


 リブが立ち止まった。


「ん?」


 耳が立つ。


 尻尾が丸まる。


 警戒態勢だ


 低く唸った。


 珍しいな。


「どうした」


 祠を見ている。


 じっと。


 何かを警戒するように。


 リードを引く。


 だが動かない。


 踏ん張ったまま視線を外さない。


 視線をリブへ向ける。


「行くぞ」


 その時。


「……犬か」


 声がした。


 反射的に祠を見る。


 老人だった。


 祠の前。


 今まで誰もいなかったはずの場所に、一人の老人が座っていた。


 古い装束。


 鋭い目。


 異様な存在感。


 だが。


 一番印象に残ったのは、その眼差しだった。


 例えようのない感情が幾つも混じっている。


 そんな目だった。


「良い犬じゃな」


 リブは唸り続けている。


「誰だよあんた」


 老人は答えない。


「その犬の名は」


「リブだけど」


 老人は小さく頷いた。


 そして今度は俺を見る。


 不思議だった。


 老人は落ち着いて見えた。


 なのに。


 どこか必死だった。


 たった一つの言葉を、絶対に間違えたくないような。


 そんな緊張感があった。


「姓は……」


 少しだけ間が空く。


「姓は何という」


 警戒しながら答えた。


「葦原だけど」


 老人の表情が止まった。


 本当に。


 時間が止まったみたいに。


「葦原……?」


「え? うん……そうだけど」


 信じられないものを見るような目だった。


 そして。


 その目の奥に。


 初めて感情が見えた。


 驚愕。


 喜び。


 そして――


 飢え。


 老人はしばらく何も言わなかった。


 やがて。


 ようやく口を開く。


「そうか」


 静かな声だった。


「まだ続いておったか」


 俺には意味が分からなかった。


 ただ。


 リブだけは。


 目の前の老人から、一瞬たりとも警戒を解いていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。