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亡国のドラゴンライダー ~竜が狩られた時代。没落した一族の少女は、危険な荷を運びながら生きていく~  作者: キリーロフロフ


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3/6

夜明けを運ぶ

昼の光は、夜間飛行をした体には眩しすぎる。


格納庫の硬い寝床から這い出すと、帳場でガロが、例の封書を皺だらけの指で抽斗の奥へ押し込むところだった。封蝋は、もう剥がされている。


「なんて、書いてあったの」


「竜乗りは月が変わったら、港の徴募所に顔を出せ、とさ。名と、飼ってる竜の数を、軍に届け出ろと」ガロは煙管に火を入れた。「ただの呼び出しだ。出てこい、ってだけ。今すぐ戦に引っぱるとは、どこにも書いてない」


「いつまで?」


「半月先だ。それまでは、いつもどおりさ」


いつもどおり。リンはその言葉を、温かい湯みたいに飲み込んだ。飲み込めるうちは、まだいい。


昼の港は、夜よりもよそよそしい。荷役の男たちは、黒翼便の戸口の前だけ、わざと半歩、遠回りに歩く。竜の匂いを避けるように。夜には荷を頼みに来るくせに、陽のもとでは目も合わせない。もう、それで傷つくほど若くはない――つもりでいる。


その「いつもどおり」は、昼のうちに扉を叩いた。痩せた老人が、汗で湿った紙幣を両手で差し出して、深く頭を下げた。「娘が、島で産気づいた。逆子だってんだ。産婆を、夜明けまでに渡しちゃくれねえか」


検問海域の向こう、嵐が来る前に渡らなければ、もう船も出ない離島だという。鉄道は通らない。まともな船頭は、海に帝国の気球が浮かんだ夜には、舫いを解こうともしない。竜にしか、抜けられない。


報酬は、老人の全財産にしては軽く、命がけの便にしては論外に安かった。ガロが煙管の先で、断れ、と小さく首を振る。


リンは、にっと笑って首を振り返した。「断ったら、誰が運ぶのさ」


受けた。こういう無茶は、昔から、嫌いじゃない。


「また、いちばん危ない便を」ノエルが膏薬の手を止めて、何か言いかける。リンは飛行手袋を嵌めながら、その先を引き取った。「竜にしかできないことが、まだあるって話でしょ」


ノエルの言葉は、また途中で錆びついた。


日が落ちてから飛んだ。背に乗せた産婆は、思いのほか若かった。竜の背が大きくうねっても、悲鳴のひとつも上げない。


「竜の背中って、思ったより静かなのね」


「……怖くないんですか。竜も、あたしも」


「赤ん坊を取り上げる手はね、血も、肉も、死にかけた体も、ぜんぶ見てきたの。今さら、鱗くらいで」産婆は笑った。リンの飛行手袋に添えた手は、震えていない。触れた指を、汚れ物のように引っ込めもしない。そういう客ばかり乗せてきたリンには、その温もりが、妙にこそばゆかった。


「あなたみたいな人がいるから、島の子は生まれてこられる」産婆は、暗い海を見ながら言った。「国の偉い人は、きっと名前も知らないでしょうけど」


リンは、何も答えなかった。答えれば、声が滲みそうだった。


検問海域。係留気球の光の腕を、波頭すれすれで二度かわす。誰も、竜が波に紛れて来るとは思わない。父の教えは、今夜も正しかった。


背中で、産婆が小さく息を呑むのがわかる。リンは、ちょっとだけ得意になった。「ね、竜乗りも、たまには役に立つでしょ」


島の入り江に、ヴェルの脚を着けた。その、瞬間だった。


闇から、いくつもの影が立ち上がる。手にした銛と、鉤縄が、月明かりに鈍く光った。狙いは、リンではない。ヴェルだ。空にいる竜は撃ち落とすしかないが、地に降りた竜は、狩れる。爪も、鱗も、心臓も。機械を回す呪われた工場が、高い値で買い取るのだ。


影の頭が、ゆっくりと前に出た。その顔に、リンは見覚えがあった。


ガレス。リンがまだ洟を垂らしていた頃、空の風の読み方を教えてくれた一人。かつては、リンの父と肩を並べて黒翼便の空を飛んだ男だ。それが今は、竜を手放し、竜を売る側に立っている。


「……『黒い翼で、夜を渡る』」


低く、鼻歌がこぼれた。昔、黒翼便の乗り手なら誰でも口ずさんだ、あの歌だ。


「よう、リン。久しぶりだなあ。腕は、鈍ってねえか。……この歌、まだ覚えてるか。お前の親父も、よく歌ってた」


男は、昔馴染みみたいに、目を細めて笑う。けれど、目の奥だけは、笑っていない。


「悪く思うなよ。竜を一頭売りゃ、村のガキが、何人も冬を越せる。……誇りじゃあ、飯は食えねえんだ。なあ、リン。お前も、こっち来りゃいいのに」


そこで、ふとガレスは、口をつぐんだ。何か言いかけて、飲み込むように。ただ、値踏みでもするみたいに、リンを、しばらく見ていた。


また、低い鼻歌が、こぼれた。


昔、空の風を教えてくれた男の、変わり果てた横顔。その奥に、今は何が棲んでいるのか。リンには、わからない。わからないから、うなじの毛が、ぞわりと立った。


「黙って」


リンは、それだけ言った。そして、産婆を竜の腹の陰へそっと伏せさせ、立った。


これは、我が身のための戦いじゃない。背中で、ヴェルが低く喉を鳴らしている。守るものが背にあるとき、人はたぶん、いちばん強くなれる。


奥歯の裏で、何かがぎりと鳴った。けれど今夜は――その怒りを、どこへ向ければいいのか、はっきりしていた。


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