第四話 お人形は腕の中で愛される
僕は純白のドレスに身を包んだ美しい彼女の体を抱き上げ、まるで本当に精巧なビスクドールでも扱うかのように、丁寧に、優しく腕の中に収めた。ひどく軽く、華奢な体だった。少しでも力を込めれば折れてしまいそうなほどの脆さが、僕の庇護欲と支配欲をどこまでも満たしていく。
「ほら、泣かないで、シャル。僕がこんなにも綺麗に着飾ってあげたのに」
僕の腕の中で身を縮こまらせて震える彼女に、甘く甘く囁きかける。
「やめて……私はお人形じゃない……!私から、何もかも奪わないで……っ!」
シャルロットは必死に僕の胸を叩き、抵抗した。しかし、そんな小さな拳は痛くも痒くもない。むしろ、逃げ場を失った無力な小鳥の羽ばたきのように、どうしようもなく愛おしく感じられた。
「奪う?違うよ。僕は君に『与える』んだ。君が望む、最高に可愛くて、安全で、甘い世界をね」
僕は泣きじゃくる彼女の額に誓いのような深い口付けを落とすと、彼女をしっかりと横抱きにしたまま、かつては二人だけだったおままごとの部屋を静かに後にした。
一歩廊下へ出ると、そこには青ざめた男爵家の使用人たちが壁際に並んで控えていた。
仕えていた男爵令嬢が強引に連れ去られようとしている異常事態。しかし、誰一人として声を上げる者はいなかった。息を潜め、ただ怯えたように床を見つめて道を譲る彼らの姿は、この屋敷の絶対的な主人が誰にすり替わったのかを雄弁に物語っている。
それは、廊下の奥で控えていたあの少年――フィンであっても同様であった。彼の姿を視界に捉えた瞬間、僕の腕の中でシャルロットが弾かれたように顔を上げた。絶望の淵に垂らされた一本の蜘蛛の糸を見つけたかのように、彼女は必死に腕を伸ばす。
「フィン……!お願い、助けて……!」
涙でぐしゃぐしゃになった顔で、かつてのお気に入りに助けを乞う。
けれど――シャルロットの白い手は、ただ虚しく空を掴むだけだった。
フィンは、助けようと駆け寄るどころか、その場から一歩も動こうとしなかった。ひどく青ざめた顔で目を伏せ、公爵令息である僕に対して恭しく、深い一礼をしただけだ。彼のその姿を見て、シャルロットは息を呑んで絶句した。
無理もない。今のフィンは、つい昨日まで彼女に着せられていた可愛らしい服など着ていないのだから。彼の身を包んでいるのは、男爵家の他の使用人たちと何一つ変わらない、簡素で地味な燕尾服だった。
彼女の我が儘を聞き、彼女に可愛く着せ替えられていた『お人形のフィン』はもう、この世界のどこにもいない。彼はただの、逆らうことなど許されない無力な一介の使用人に戻ったのだ。
僕が事前に手を回し、フォンテーヌ男爵家が抱えていた莫大な負債をすべてヴァルデマール公爵家が肩代わりした。その絶対的な事実を、彼らも、そして男爵自身も知っている。僕の機嫌を損ねれば、この家は明日にも潰れるのだ。つまり、この瞬間からシャルロットは名実ともに、誰の手出しも許されない『僕のもの』になったということだ。
「どうして……フィン……」
すべての希望を絶たれたシャルロットの瞳から、ぽろぽろと大粒の涙が零れ落ちる。純白のドレスを涙で濡らして震える彼女は、どこまでも可哀想で、とびきり可愛い。
けれど――僕の腕の中にいながら、他の男の名前を呼ぶのはいただけないな。
僕は彼女の泣き顔を独占するように顔を寄せ、その絶望の吐息ごと飲み込むように、唇を深く重ねた。
「んんっ、んんぅ……!ん、はあ……っ」
嫌がって身体をよじる彼女を腕の中で逃げ場なく抱きすくめ、乱暴に、けれどとろけるように甘く舌を絡ませる。
「っは……ふふ、だめだよ、シャル。僕の前で他の男の名前を呼ぶなんて。僕、嫉妬して君を食べちゃいたくなるんだから……」
「ひっ……!」
僕が唇を離して甘く囁くと、シャルロットはまるで恐ろしい魔物にでも睨まれたかのようにビクリと大きく身体を揺らし、僕の胸元で小さく身を縮ませた。怯えて完全に僕の腕の中に収まってしまった彼女は、ますます僕の理想とする『お人形』のように愛らしかった。
「さあ、帰ろうか。僕たちの新しいお城へ」
屋敷の前に停めてある、ヴァルデマール公爵家の豪奢な紋章が刻まれた馬車へと彼女を乗せる。太陽の光が降り注ぐ庭園のネモフィラ――『あなたを許す』なんて花言葉を持つあの花も、彼女が我が儘に振る舞えた『お人形遊び』の自由も、すべてはこの薄暗い男爵邸に置いていく。これから彼女が生きるのは、僕が用意した完璧なドレスと、僕の狂おしいほどの愛だけで満たされた、美しくも逃げ場のない鳥籠の中だ。
馬車がゆっくりと動き出す。車内の柔らかなシートの上で、腕の中で震え続ける純白のお人形を強く、絶対に逃がさないように抱きしめながら。僕は、かつて彼女に向けていたのと同じ、甘くて無邪気な笑みを浮かべた。
「愛しているよ、シャル」
――僕がどれだけ君を愛しているか、これから永遠の時間をかけて、ゆっくりと教えてあげる。
つづく




