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第9話 元カノの重すぎる愛をデバッグしたら、婚約者の態度がマイナス180度になりました

「……カイトくん、待ってた分の、全部……今から、返してもらえる?」


「か、返すってどうやって……」


プライベート・ルームの眩いばかりの白い大理石の床。その中央に鎮座する大階段の数段上にミサは腰掛け、両腕を後ろについて、小首を傾げながら甘くねだる。

聖女の象徴である純白のローブは、その姿勢によって深く刻まれたスリットから、いまにもはだけそうな、はだけなさそうな、絶妙な境界線を維持していた。スリットは贅沢にも両側に入っており、そこから綺麗に伸びた両脚のラインがはっきりと見える。


彼女が長く伸びた両脚をこちらへ揺らすたび、薄い生地が擦れ合い、露わになった肌の白さがチラチラと視覚センサーを刺激する。衣装の神聖さと、そこから覗く艶やかな影のギャップに、俺の理性が悲鳴を上げた。


「ミサ、お前……その格好、さすがに刺激が強すぎるというか……」


【カイトの脳内ログ:感情バッファオーバーフロー】

[心拍数] 190BPM(危険領域)

[視覚コア] 純白法衣によるコントラスト比が限界を突破。

[理性制御] サーマルスロットリング発生中。これ以上の負荷はシステムダウンを招きます。


俺はたまらず口元を押さえた。完全に目が泳いでいる。3年付き合った彼女だからこそ、その腰のカーブも、柔らかい場所も、すべてが記憶のメモリから自動的にロードされてしまうのだ。

同時に、どうしても外の状況が気になって仕方がなかった。この一方通行の空間のすぐ向こう側。光の柱のすぐ目の前には、リアナを先頭にして、大勢の領民たちがこの部屋を完全に取り囲んでいる状態なのだ。ミサのこの色っぽすぎる姿態は自分以外には見えていないとシステム的に理解していても、さすがにこの状況でのドキドキは止まらない。


「まだ? まだ私を待たせるつもりなの?」


ミサが少しだけ不満げに眉をひそめ、さらに上半身を後ろへ倒す。俺は覚隔を決めて、大理石の階段を上り、彼女へと近づいた。

半ば仰向けで横たわるような形になったミサの上に、ゆっくりと身体を屈める。ミサは潤んだ瞳でじっと俺を見つめ、やがて、その長いまつげがゆっくりと閉じられた。俺の指が、吸い寄せられるように、そっとミサのローブの合わせ目へと伸びていく――。

しかし。十数秒が、そのまま静かに過ぎた。

いっこうに唇に触れる気配がないことに気づいたミサが、片目をうっすらと開ける。


「何してるの!」


「ごめん。めっちゃ気になって。外に見えたらと思って。だってみんなそこにいるし」


俺は唇を奪う代わりに、彼女の開きかけていた胸元のローブの合わせ目を、きつめに閉じようとしていた。


「見えないって言ってるでしょ! 集中して」


「いや、ちょっとここじゃ……」


「なぜ? あの子が気になるの? リアナと言ったかしら」


ミサの細い眉がきっとなって、鋭い視線を外のリアナの方に向けると、それに同期するように、隔離空間の外の空にドゴォンと激しいイナズマが走った。まずい、また嫉妬データによる高負荷攻撃(落雷)が始まる!


「お、落ち着いて、ミサ。そうじゃなくて。待たせたことは謝る。いつも待っていてくれて、本当にありがとう」


俺の必死のセリフに、ミサの目がまたきゅるんと潤んだ。


「でも、二人きりになりたいだけなんだ。リアナがどうのこうのじゃなく、見えないとわかっていても、こんなに周りに人がいるのは、やはり気になる」


そう言いながら、俺は大きく開いていたスリットも丁寧に閉じてやり、美しい両脚を純白のローブで優しく隠した。ミサの身体を、いたわるように衣装で丸ごと包み込んでやる。


「わかるだろ? 今は領民もこの天変地異で騒いでいる。西のダムにも被害が出たんじゃないかな。そんな中で……」


俺が彼女の長い髪をそっと撫でると、ミサはこくんと小さく頷いた。その健気で愛らしい頭に、俺は優しくキスをしてやる。


「……じゃあ、もう少しだけ我慢する。静かなところで、待ってるね」


ミサの言葉と共に、空間のあちこちで光の粒子がちらつき始めた。

眩い光の柱がパッと霧散する。気づけば、俺は領民たち、そしてリアナの目の前に立っていた。


「おお……! カイト様が……!」


領民たちが感動の声を上げる。彼らにとって、ミサは国を滅ぼしかねない天変地異を一瞬で制御した、畏怖すべきパワフルなEntity《実体》。そして俺は、その神のごとき存在と直接コミュニケーションを取れる唯一の男。その評価は完全に固定された。

だが、俺の視線はまっすぐにリアナへと向かう。


「リアナ……」


声をかけ、手を伸ばそうとした瞬間。リアナは、今まで俺に見せたことのないような、底冷えのする冷淡な瞳で俺を一瞥した。


「……触らないで。カイト」


初めて、彼女に明確な拒絶の言葉を突きつけられた。いつも甘えて絡みついてきた彼女の手は頑なに拒まれ、その体温は微塵も感じられない。俺を「呼び捨て」にした彼女の声音には、怒りよりも深い、裏切られた者特有の冷徹さが宿っていた。


「リアナ、これは違うんだ! その、仕様の調整というか……!」


「何が違うの? 聖女様とあんなに仲睦まじくされて。……私、お邪魔だったみたいね。どうぞ、そちらの『特別なお方』と末永くお幸せに。――婚約の件も、無期延期よ!」


冷たく言い放ち、リアナはドレスの裾を翻して、俺に背を向けて歩き去っていった。胸の奥に、さっきのいちゃつきの熱が一瞬で凍りつくような、致命的なエラーログが刻める。

呆然とする俺だったが、今は感傷に浸っている暇はなかった。西のダムが赤い雹で深刻なダメージを受けている可能性がある。一刻も早くインフラの被害状況を確認し、リペア(復旧)に回らなければ領地が死ぬ。

俺がコンソールを開き、ダムのステータスログを引っ張ろうとした、その時だ。


「おいおい、地方のゴミ結界をちょっといじったくらいで、ずいぶんと英雄気取りじゃないか、カイトさんやらよ」


背後から、ひどく耳障りな、粘ついた声が響いた。 振り返ると、そこには豪華な魔導官の衣装に身を包んだ、一人の男が立っていた。ニタニタと下品な薄笑いを浮かべたその顔、そして周囲の人間を見下すような傲慢な立ち振る舞い。


(……チッ、最悪なバグキャラが出やがった)


男の名前はバルト。前世のブラック企業で、俺にすべてのデスマーチの責任を押し付け、泥水をすすらせた挙句、有給休暇の申請書を目の前で破り捨てた、あの「クソ先輩」の魂のコードをそのまま引き継いだような男だった。現在は王都の公共魔法網を牛耳る中央の魔導官らしい。


「聖女様の気まぐれで天変地異が収まったのを、自分の手柄にするとはな。まあいい、王都の公共システムで大規模な障害が発生していてね。国王様の特命だ。お前のような使い捨ての兵隊が必要なんだよ」


俺がむっとすると、せせら笑いながら焚き付けてきた。


「さあ、不眠不休で泥水をすする準備はできているな?」


バルトはそう言って、俺のコンソールに割り込むように不穏な仕様書データを強制転送してきた。


(画面に走る文字列を見た瞬間、俺は思わず吹き出しそうになった。なんだこの化石みたいなクソコードは。前世の知識とこの世界の魔導工学を合わせた今の俺なら、こんなもの3秒で最適化できる)


画面に走る文字列を見つめる俺の視線に気づき、バルトは「恐怖で言葉も出ないか」とばかりにフッと鼻で笑った。前世と変わらない、無能な働き者特有の、中身の伴わない絶対的な自信に満ちた目だ。

俺はゆっくりとコンソールを閉じ、バルトの目を真っ直ぐに見据えた。

かつて社畜だった頃の、怯え、擦り切れていた俺の面影はどこにもない。世界をハッキングしかねない最強の後衛(ミサ)の愛と、領地を救った圧倒的なスキルを手に入れたエンジニアの眼光が、冷徹にバルトを射抜く。


「……いいでしょう。その大型プロジェクト、喜んで引き受けてやりますよ」


俺の放った予想外のプレッシャーに、バルトがほんの一瞬、怯んだように喉を鳴らした。

バチバチと火花が散るような沈黙の視線バトル。数秒の睨み合いの後、バルトはフンと不機嫌そうに顔を背けた。

冷たい態度をとるリアナへの焦燥感を抱えたまま、俺の異世界エンジニアライフは、王都に潜む巨大なバグを完膚なきまでにリファクタリング(ざまぁ)するための、新たなるデスマーチの戦場へとシフトしていくのだった。


ここまで読んでいただきありがとうございます!

誤字、脱字をあったら教えてください!助かります!

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