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第10話 王都のクソコードを3秒でハックしたら、前世の後輩に距離感バグでロックオンされた

「ふん、地方の落ちこ落ちこぼれが。王都の基幹システムを前にして、まともにログインのプロトコルすら分からんか」


王都の謁見の間。国王をはじめとする重鎮たちが見守る中、俺の横でバルトがクツクツと嫌らしい笑い声を漏らしていた。 俺たちの前に展開されているのは、この国の魔導網を制御する巨大な立体魔法陣――王都中央サーバーだ。


「カイトさんやら、どうした? さっきまでの大口はどこへ行った。地方の、ちっぽけな領地結界とはわけが違うんだよ。この神聖なコードを読み解くことすらできないからこそ、お前のようなエンジニアは、使い捨てと呼ばれるんだ」


俺はあえて冷ややかな笑みを返した。


「先輩、ご心配なく。片手間でやりますので」


その言葉を聞いた瞬間、バルトが鼻で笑った。

彼が嘲笑を重ねようとした、まさにその瞬間だった。

赤黒く濁っていた王都中央サーバーの魔法陣が、突如として眩い純白の輝きへと一変した。 絡み合っていたスパゲティコードが一瞬で解きほぐされ、美しく最適化された幾何学的な魔法文字へと、目にも留らぬ速さで並び替えられていく。


「な、何が起きた……!? 制御術式が、一瞬で書き換わって……インフラの負荷が、完全に消えていく……!?」


バルトが魔法陣を見上げて呆然と呟く。 玉座で退屈そうに頬杖をついていた国王が、ガタッと凄まじい勢いで立ち上がった。


「おお……! なんということだ! 『不治の呪い(バグ)』じゃなかったのか?」


(――あいつ、そんな嘘を言って、納期を延滞してたのか)


バルトの青ざめた顔には、はっきりと『やばい』と書かれている。俺はフッと息を吐くと、国王へと一礼した。


「陛下、ご安心ください。片手間でしたが、これで解決です」


「国の予算をどれだけ投じても、バルトをはじめとする王都の魔導官たちが数年かけて一文字も直せなかったあのシステムを……! この若者は、呪文の詠唱すらなく、わずか数秒で完璧にリペアしてみせたというのか!?」


「へ、陛下! それは……その! 何かの間違いで、一時的なエラーでして――!」


バルトが必死に言い訳をしようとするが、国王はそれを一瞥すらしない。


「黙れ! お前こそがこの数年の国のリソースを無駄にしておったのだ。カイト、見事だ! 礼を言うぞ。そしてバルト、この責任はとってもらう」


謁見の間が、割れんばかりの歓声とどよめきに包まれる。バルトが血の気の引いた顔でガクガクと震える中、国王の傍らに控えていた一人の女性が、静かに歩み出てきた。

洗練された国王付きの高級女官服に身を包んだ、凛とした佇まいの美女。だが、その顔を見た瞬間、俺の脳内コンソールが激しく明滅した。


(……は? アイツ、前世で俺の部下だった、後輩の『愛』か!?)


国王直属の筆頭魔導分析官(最高エリート女官)らしい。それも、名前まで同じ『愛』。 彼女は俺の顔を見るなり、ふと不思議そうに足を止め、その大きな目をパチクリとさせた。どうやら前世の記憶はないようだが、俺の仕事のやり方で、魂のレベルで何かを感じ取ったらしい。

愛は戸惑うように首を傾げながらも、吸い込まれるようにツカツカと俺の真横まで歩み寄ってきた。


(ま、待て……! 相変わらずこの子はパーソナルスペースが狭い……!)


ふわりと、前世のオフィスでもよく嗅いだ、愛のつけている優しい香水の香りが鼻腔をくすぐった。 愛は俺の肩越しに、展開されたコンソール画面を覗き込む。

初対面の男相手にしては明らかに近すぎる。彼女の小さな顔が俺の肩のすぐ近くにあり、頬が目と鼻の先だ。ショートカットのふわふわした髪が俺の耳を微かにくすぐる。


「あ! ここ……」


愛が身を乗り出した拍子に、服越しに彼女の柔らかな感触が腕に伝わり、俺の心臓がドクンと跳ね上がった。


「ここって何かコメント残ってますか? カイトさん」


――デジャブだ。 これは、俺が前世のブラック会社で死んだあの夜と、まったく同じことが起こっている。

あの過酷な職場で、この後輩だけがいつも俺の味方だった。 胸の奥から、強い既視感と、たまらないほど懐かしい思いが込み上げてきて、視界が熱くなるのを感じた。


「ん?」


答えのない俺を不思議に思ったのか、愛が下から覗き込んでくる。その目は大きくて、吸い込まれそうだ。 この、男を無自覚に狂わせる天然の人たらしスキル。それも前世とまったく同じだった。きっとこの王都でも、愛にメロメロな男は多いんだろう。

案の定、横から引きつった悲鳴のような声が飛んできた。


「は、離れろ! カイト、近すぎるぞ!」


近寄ってきたのは彼女の方なのだが。 俺と愛は、揃って声の主――バルトの方を見た。

バルトは顔を般若のように真っ赤に変形させ、凄まじい嫉妬の視線を俺に投げつけてきている。 前世であれだけ俺を使い捨て扱いし、いたぶってきたクソ先輩が、今、俺と愛の距離感に嫉妬で狂いそうになっている。

その滑稽な姿を見て、俺の心にふっと意地悪い火がついた。


(へえ……バルト、お前、愛のことが好きなわけね? だったら――)


俺はあえて愛の方へと少し顔を近づけ、彼女が手に持っている書面を覗き込むようにした。 さらに、愛の華奢な肩に、そっと軽く手を置く。

愛は一瞬驚いたように瞬きをしたが、拒絶するどころか、どこか安心したように表情を緩めた。俺はバルトに見せつけるように、最高の笑顔を浮かべて彼女に言った。


「安心してください。俺が全部綺麗に片付けましたので、もう徹夜で泥水をすする必要はありませんよ」


前世で、彼女に言ってあげたかった言葉を乗せて。


「あ、ああ……うあ……」


国王からの大絶賛によって社会的地位を失い、さらに一目惚れして崇拝していた愛から完全に無視され、あろうことか初対面のはずの地方エンジニアに一瞬で落とされている。

その残酷な現実を目の当たりにしたバルトは、ついに謁見の間から逃げ出したのだった。

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