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第11話 合法のストーカー

 王都の謁見の間が、張りつめた静けさに包まれていた。

 バルトが泡を吹いて逃げ出した後も、重鎮たちは誰もが息を潜め、玉座の空気を固く凍らせていた。

 その重苦しい沈黙を、ゆっくりとした足音が切り裂いていく。


 ──カツ……カツ……カツ……。


 階段を一歩ずつ降りてくるのは、金髪の長髪を優雅になびかせた国王ルイ。

 完璧に整った美貌は神々しくさえあるが、その瞳だけが一切の感情を宿していない。冷たく、底知れぬ闇を湛えた目だった。

 国王は俺のすぐ前に立ち、短く言った。


「カイト。見事だった」


「は、ありがとうございます」


 俺は礼を言われることに慣れていない。短く息を吐いた。

 ほとんど片手間とはいえ、我ながらいい仕事だったと思う。自分はどんなブラックな職場だって常にベストを尽くす。まあ、今回は周りが揃いも揃って役立たずだったから、自分がやるしかなかっただけだが。


「あ」


 ふと、声が漏れた。  王の片眉がぴくりと上がる。


「なんだ。報酬が不服か?」


「いえ、そんなことはまったくありません」


 首を振る。ただ、俺は至近距離で王の顔を見ているうちに、強烈なログがフラッシュバックしたのだ。


(……この目は、忘れられない)


 前世で俺をボロ雑巾のように扱い、最終的に過労死させた『ブラック企業の社長』と、完全に同じ目。  社員の命などただの使い捨ての消耗品、自分の利益を生むためのリソースとしか見ていない、冷徹な支配者の目だ。


「しかし……これで終わりではないな?」


「と、いうと」


 俺は内心で(キタキター!)と思い始めていた。

 脳内コンソールが、前世のトラウマを検知してアラートを鳴らす。あのクソ社長が、まさに次の一言の前に浮かべていた、あの顔だ。

 王が口元にかすかなシワを寄せた。微笑みのつもりらしいが、目が一切笑っていない。


「王都全域の防衛結界システムを、今夜中にリファクタリングしてくれ。もちろん、徹夜で構わない」


(や、やっぱりね! こう来ると思った!)


「朝までに終わればいいよ」 「まだ時間があるな(夜10時すぎ)」

 前世の社長から、耳にタコができるほどよく聞いた名セリフ(悪魔の格言)だ。  あまりの再現度の高さに、俺は笑いを堪えて身体を震わせた。だが、仕事ができる嬉しさに武者震いしていると勘違いしたのか、王はさらに言葉を重ねてくる。


「お前なら、片手間でできるだろう?」


 俺は立ち上がって、王と目線を対等に合わせながら、深く頷いた。

 デスマーチなら前世で嫌というほど慣れている。だが、王が次に放った言葉は、俺の想定の枠を完全に超える「致命的なエラー」だった。


「それから……お前の婚約者、リアナという令嬢を王都に呼ぼう」


「っ……!?」


 心臓がドクンと跳ね上がる。

 国王は、俺の個人ログを値踏みするような、じっくりとした視線を向けていた。どうやらこの国では、王のアクセス権限は絶対で、臣民のデータは誰のものでも閲覧できる仕様らしい。


「大切な人材には、相応の『保護』が必要だからな。私の目が届く、すぐ近くの最高級宿舎に。そうすれば、お前も安心して仕事に集中できるだろう?」


「いや、彼女は領地にいなきゃいけません。領主様は病床の身ですよ」


「ふむ。美しい令嬢だな」


 俺の反論など最初から聞いていない。王はコンソールに映るリアナの顔写真を眺めながら、不気味に目を細めた。

 俺の胸の奥で、冷たい怒りが静かに、しかし激しく燃え上がった。


(……なんだこいつ。リアナに何をするつもりだ)


 ごくりと生唾を飲んだ。

「気に入ったら後宮ハーレムに入れる」──そんな絶対権力者特有の、傲慢で汚い下心が透けて見えた。

 だが、今の俺の権限ではこの場での強制シャットダウン(反逆)は不可能です。  不安とドス黒い殺意を押し隠し、俺は笑顔のまま、深く頭を下げた。


「御意にございます、陛下。喜んで引き受けます」


(……クソ国王。お前には、リアナに指一本触れさせない。絶対に、その綺麗なロン毛を掴んで玉座から引きずり下ろしてやる)

 ◇

 その夜、王都の最高機密魔導執務室。

 窓の外には王都のきらびやかな夜景が広がっているが、室内の空気は酷く孤独で、冷え切っていた。

 俺は椅子に深く沈み込み、すぐにリアナへの連絡を試みた。脳内ログ経由の緊急プライベート回線を開く。


【カイトの脳内ログ:緊急通信】

 送信先: リアナ・フォン・ローゼンシュタイン

  内容: ちゃんと説明したい。心配かけてごめん。でも一方的に婚約延期しないでくれ。


 しかし、数秒後。


【通信拒否されました】

【リアナの返信】 「今忙しいの」


 短く、あまりにも冷たい一文だけ。  俺はぐっと唇を噛んだ。

 前回のすれ違いから、彼女はまだ完全に怒っているらしい。

 これはただのビジネス(契約)の不具合なはずなのに、何故か胸の奥がひどく痛んだ。

 何度か再送信を試みたが、全て無慈悲な既読無視。

 処理できないフラストレーションが、胸の中にどんどん溜まっていく。


(……くそ。リアナ、俺は本当に──)


「お疲れ様でーす、カイトさん」


 背後から、不意に甘い声がした。

 振り返ると、いつの間にか愛がすぐ後ろに立っていた。トレイに淹れたばかりの紅茶を乗せている。

 高級女官服に身を包んだエリートなはずなのに、距離感がおかしい。パーソナルスペースが完全に無視されている。隣に座った彼女の小さな顔が、俺の肩のすぐ隣にあった。


「愛……近すぎる」


「えー? そうですかあ?お砂糖いれます?」


 愛は大きな目をパチクリとさせて、不思議そうに首を傾げる。


「仕方ないですよーだって、陛下から『カイトさんの24時間監視任務』を直々に命じられちゃいましたから」


 「ははは、面白いこと言うね」

 

 彼女はトレイを置くと、ごく自然な動作で俺の椅子の背もたれに寄りかかり、俺の肩に小さな頭をそっと預けてきた。

 国王からの「スパイ(監視)しろ」という命令はありえないわけじゃないんだよな。でも、リアナは冷たいし、ミサは音信不通だし、王城という知らないところで、愛のくったげのない笑顔は、正直、心に沁みる。


「だから……朝まで、ずっとそばにいなくちゃいけないんです。他の誰にも、カイトさんの隣は譲りません……ふふ、24時間、ずっと公認で一緒にいられますね?」


「よろしく頼むよ。しっかり働けってことね」


 「はい!極近い距離で監視させていただきますね」


 愛はにっこり笑った。俺も一緒に笑っていた。まだ気づいていなかった。彼女は自分にとって最高に都合の良い『合法ストーカー権限』へとシステムをフルハックし、心底楽しむことを。前世の記憶はないはずなのに、俺をロックオンする執着心だけはバグレベルで最適化されていた

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