第7話 聖域防壁にノイズが走る ~ときめいたら即・世界滅亡なのに、リアナに無理やりときめかされる件~
「待って、こんな夜更けに外に行くつもり?」
リアナが俺の肩に乗せていた顔をぱっと上げた。近い。
身長差はあるが、今この瞬間、彼女が背伸びをしたら唇が触れそうな距離だ。
それを想像しただけで、耳の先が熱を持って、まるで結界の警告灯が自分に移ったみたいだった。このままだと、くらりと無意識に、俺の方から唇まで顔を下げてしまいそうだ。
「耳、赤くなってる」
リアナがふふっと笑った。……俺、完全に煽られている。
意識の右半分が、リアナに持っていかれる。なにしろ、この可愛いリアナが俺の右肩にちょこんと頰を預け、見上げてきているのだ。やばい。
顔の表面温度が、急に冷却ファンを失ったCPUのように上昇する。
だが、残りの半分もやばい。
不気味な紫色の電光が、結界の膜をチカチカと叩いている。本来、俺の組んだ『聖域級ネットワーク』は、こんな気象現象ごときでエラーを吐くようなヤワなコードじゃない。だが今この瞬間も、視界の隅で警告ダイアログが狂ったようにポップアップを繰り返していた。
「ふふっ。カイトが一生懸命私を無視しようとする顔、意外と可愛い……でも、無駄よ」
リアナが話すたびに、耳元に熱い吐息が直接響く。彼女は俺の腕をさらに強く抱きしめ、ふんわりとした柔らかい感触が右腕を完全に包み込んだ。
「ひっ……リアナさん、近い。近すぎる!」
【カイトの脳内ログ:緊急更新】
[心拍数] 140BPMを突破。オーバークロック状態。
[警告] 冷却ファンが機能不全を起こしています。
その時だ。
ドォォォォォン! と大地を揺らす雷鳴が轟いた。ただの雷じゃない。空から降り注いだのは、燃えるような「真っ赤な雹」だった。
「きゃっ!?」
「危ない!」
一瞬身体を引いたリアナを、俺は咄嗟に右手で腰を引き寄せていた。
リアナは瞳をいたずらっぽく輝かせ、今度は腕ではなく俺の背中に両手を回してしがみついてくる。
その瞬間、脊髄に直接低電圧が流れたような震えが走った。
柔らかい圧力と甘い花の香りが、脳内の優先順位キューをめちゃくちゃに書き換えていく。
(……まずい。このままじゃ本当に、冷却不能になる)
しかし、それだけを見ているわけにはいかない。
左手でコンソールを叩き、上空に局所防壁を展開する。真っ赤な雹が結界に衝突するたび、物理演算の衝突音のような不自然なノイズが空間に響き渡った。
「カイト、怖い……離さないでね?」
ますますぎゅっとしがみついてくる。首筋に彼女の唇が触れたような、ぞくりとする感触があった。
守らなければならないという騎士道精神と、柔らかい感触への動揺で、俺の頭は複雑な入れ子ループに陥ったように真っ白になった。
(……待て。おかしいぞ)
ふと違和感に気づいた。リアナが密着すればするほど、上空の紫色の雲の回転速度が上がっている。
<み……つけた……。カイト……くん……>
まただ。ミサの声。今度は風の音ではなく、物理的な気圧変化として大気が直接「ミサの形」を象ろうとしていた。
【カイトの脳内解析:仮説構築】
[オリジン] 外部侵入者の同期条件を特定。
[条件] カイトの情緒不安定、および特定の対象への好意パケットの発生。
[結論] リアナがデレる = カイトの心が揺れる = ミサのアクセス回線が太くなる。
つまり、この天変地異は世界規模のヤンデレ・ハッキングだった。俺がリアナにときめけばときめくほど、ミサが「嫉妬」という高負荷データを流し込み、物理エンジンをオーバーヒートさせている。
「どうしたの? カイトの鼓動、ずいぶん早い。大丈夫?」
また、俺、煽られている。リアナが上目遣いで俺の唇を見つめてくる。それと同時に、空から巨大な隕石のような火球が、結界に向かって真っ逆さまに落ちてきた。
「ちょ、ちょっと待ってリアナさん! 今はダメだ! 死ぬ! ときめいたら死ぬ!!」
「えっ……? 死ぬほど、私が好きってこと?」
「違う! そうじゃないけど、そうなんだけど! あああ、もう! 集中しないと!」
俺は迫りくる火球を相殺するため、コンソールを猛烈な勢いで叩き始めた。
過去の罪悪感が空から降り注ぎ、現在のご褒美が横から攻めてくる。
俺の異世界エンジニアライフは、ついに「恋愛感情」そのものが世界を滅ぼす致命的なデッドロックになってしまったらしい。
<カイト……。その女の人……、だれ……?>
上空の紫色の雲の中に、一瞬だけミサの巨大な顔が浮かび上がった——怒りの形相で。
俺は今、二つの「同じ顔」に責められている。
一つは空間に浮かぶ、元の世界に残してきたはずのミサ。
もう一つは、俺の胸の中で熱い呼吸をしているリアナ。
頭がおかしくなりそうだ。
「あ、あああああもう! どいつもこいつも仕様外なことばかりしやがって!」
理性の多層防壁に、ひびが一本入った。
嵐の中、俺は完全に混乱していた。
外も嵐、俺の心も嵐。
このままじゃ、世界の物理演算が「恋の重さ」に耐えきれずに強制終了しちまうぞ!
なのにリアナもミサも、俺への攻めの手をゆるめようとしないのだった。




