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第6話 聖域防壁にノイズが走る ~ミサの声が消えないまま、リアナに攻略される件~

「カイトくん……どこにいるの?」


 耳元で、風が囁くように響く。


【カイトの脳内ログ:ステータス確認】


[防壁] 『聖域級・多層防壁ネットワーク』:正常稼働中。

[負荷]外部からの干渉により0.05%のノイズ混入。

[警告] 演算リソースの40%が「過去のキャッシュ(罪悪感)」に占有されています。


 ……耳の奥で、まだ声がする。


「……ミサ、ミサだな」


 俺は空を見上げた。オーロラのように揺れる結界の膜に、一瞬だけノイズが走った。あの、少しだけ寂しそうに笑うミサの顔が脳裏をよぎる。


 心配していたのは、彼女が何か違うもの、邪悪なものに変わってないかということだったが、その笑顔はまだ俺の知っているミサのままだった。


「どうやってここに……?」


 あの日、俺がデバッグを優先して誕生日の約束を破らなければ。彼女は今、あっちの世界で幸せに暮らしていたんだろうか。それとも、俺を追ってこの世界の深淵で迷子になっているのか。

「邪悪なもの」にだけは、変わってほしくない。あれは、俺がかつて愛した恋人なんだから。


「カイト? また、難しい顔をしているわ」


「……あ、いや。大丈夫だよ」


 背後から声をかけられ、俺は慌てて表情をリセットした。そこには月光を浴びて、どこか決意を秘めた瞳のリアナが立っていた。


「お祝いしましょ! これで我が領地がこの手に戻ってきたわ。これからは我が家も安泰ね。父様もお喜びになる……早速報告しなくては!」


「そうだな。おれ、まだ当主様にご挨拶していなかったし」


「仕事に徹しているって話しておいているけれど、一度会ってほしいわ。私たちを救ってくれた英雄なんですもの」


「いやいや、まだまだやることはいっぱいあるよ」


 俺は空中にホログラムマップを展開した。 領民のキャラアバターがぴこぴこと動き、生活の様子をリアルタイムで同期している。この『聖域級・多層防壁ネットワーク』をさらに拡大し、近隣の貴族たちにも「サブスク」として売り込めれば、リアナ家の財政は一気に盤石になるはずだ。


(……でも、どうしてもミサのことが引っかかる)


 そんな俺の内心を察してか、リアナが一歩、俺のパーソナルスペースに踏み込んできた。ふわりと漂う花の香りに、俺の脳内クロックが加速する。


「カイト。あなたがいれば、この領地はもっと良くなる……父様もそう言っていたわ。リアナさんなら、きっといい領主になれる、とも」


「ああ。リアナさんなら、いい領主になれるよ」


「ええ、頑張るわ。でも……領主交代を公に認めてもらうには、『婚約者』という名のパートナーが必要なの」


 ドクン、と心臓が跳ねた。


「カイト。私の婚約者になってくれないかしら」


「えっ……!? いや、俺は……その、まだこっちの世界に来たばかりだし……」


「こっちの世界って、どういうこと?」


「こ、こっち……って、この領地のことだよ」


「うん。旅をしてまわってるって言ってたものね」


 俺は慌てて言い直す。自分のバックグラウンドも調べなきゃな。偶然安く雇われた旅人のエンジニアという設定のはずだが、どうにもこの世界の理になじみすぎている気がする。

 戸惑う俺の脳裏に、ミサの声がリフレインする。

 あっちにミサを残したまま、俺だけここで新しい幸せをインストールする権利なんてあるのか? 罪悪感が、デバッグ不能なエラーコードのように胸に居座っている。

 言い淀む俺を見て、リアナはふっと柔らかく微笑んだ。その笑顔は、俺の迷いを見透かしているようで、けれど決して責めるようなものではなかった。


「……本気でなくていいの。とりあえずは『ふり』でも構わないわ」


「ふり?」


「ええ。今のあなたは領民から絶大な人気がある。あなたが私の隣にいてくれるだけで、反対勢力は黙るし、領内の支持は盤石になるわ。……ビジネスパートナーとしての『偽装婚約』。それなら、受けてくれるかしら?」


 リアナの手が、そっと俺の腕に絡みつく。「ふり」だと言いながら、彼女の瞳は少しも笑っていない。むしろ、こうして外堀を埋めて、いつか本物にしてやるという強気な意志すら感じる。


「ビジネス、なら……。確かに、この領地を守るためにも安定した体制は必要だけど」


「決まりね。カイト様」


 リアナが満足げに、そして確信犯的に俺の肩に頭を預けてきた。やばい。ビジネスにしては距離が近すぎる。脳内の警告音がうるさい。


 その時だった。


【カイトの脳内ログ:緊急割り込み】

  [検知] 天候パッチの異常。広域環境エラーを確認。

  [警告] 天変地異の予兆を検知。


「……チッ。タイミングが最悪だ」


 俺は、顔を赤くしたまま、逃げるようにコンソールを展開した。 見たこともないコードの羅列。空の色が不気味な紫色に変色していく。この世界の物理エンジンが悲鳴を上げているような、圧倒的な天変地異。


「リアナさん、ごめん。婚約の話ダミー仕様は一旦棚上げだ。どうやら、世界そのものに『面倒なバグ』がお出ましらしい」


 俺は不敵に笑ってみせたが、内心はバクバクだった。 ミサへの罪悪感、リアナの猛攻、そして押し寄せる天変地異の予感。


 実は、この3つの感情——過去への未練、現在への戸惑い、未来への恐怖。 これらがすべて、一つの巨大な「起因オリジン」から繋がっていたのだということを、俺はこの直後、身をもって知ることになる。

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