第5話 そんな態度でいいのかよ。ゼノスを公開リファクタリング
【カイトの脳内デバッグ・ログ:09:00】
[状態] 休息完了・リソース完全回復
[バフ] 膝枕による『癒やし』効果:魔力回復速度+800%
[処理] 蓄積された全魔力をシステム・アップデートへ転送開始。
「5分、経ったか」
俺はリアナの膝からむくりと頭を上げた。
魔力は全回復。脳内は最高にクリアだ。 膝枕の柔らかい感触と名残を振り払うように、空中に浮かぶホログラムのコンソールを叩く。
「カイト……? 本当にやるの?」
「ああ。リアナさん。『素人扱い』されたままで終わるほど、俺はお人好しじゃないんだ」
最後に一文字。そしてエンターキーを叩き込む。
【カイトの脳内ログ:システム・アップデート】
[対象] 領地全域
[処理] 『聖域級・多層防壁ネットワーク(サブスク型)』展開開始
[ステータス] パッチ適用率:100%……適用完了。
その瞬間、領地を包む空気が変わった。
目に見えない高密度の魔力が、領地の境界線に沿って幾重もの防壁を編み上げていく。 それは単なる物理的な壁ではない。俺が鉱山から引き出した莫大な魔力を基点とし、領民一人一人のバイタルを識別する「次世代のセキュリティ・ゲート」だ。
「……何、これ。空が、綺麗……」
リアナが窓の外を見て息を呑む。 夕闇に染まりかけていた空に、薄くオーロラのような輝きが走っていた。俺の「パッチ」によって、領地内の不純な魔力が全て浄化されたのだ。
だが、俺の仕事はこれだけでは終わらない。
「さて、次は『不要なファイル』の削除だ」
俺はダッシュボードから、管理人の屋敷をロックオンした。 地図上では、毒々しい赤色で表示されている。
「リアナさん、管理人の屋敷まで歩くのは面倒だ。……『管理権限』で、こっちに呼ぼう」
「えっ、呼ぶって……あんな大きな屋敷を?」
「いや、屋敷ごとじゃない。管理人だけでいい。あいつのセキュリティ結界はザルだからな」
俺が空中に描いた「隠しコマンド」をスライドさせる。 次の瞬間、リアナ家の前庭の空間が歪み、悲鳴と共に「中身」が放り出された。
「ひぃっ!? な、なんだ!? 何が起きた!?」
地面に尻餅をついたのは、絹の服を着た、背が高く目の細い男。
リアナは「善人に見える」と言っていたが、間近で見れば強欲さが顔に張り付いている。管理人、ゼノスだ。 あいつは、豪華な寝椅子に座り、高級なワインを飲んでいた姿勢のまま、庭へと「強制送還」されたのだ。
「ゼノス……!」
リアナが鋭い声を上げる。
「リ、リアナ様!? なぜ私がここに……いや、それより今の魔法は何だ! 私の屋敷のセキュリティはどうした!」
「お前が組んだ『ザルなコード』は、さっき俺がリファクタリングした」
俺は冷たく言い放ち、一歩前に出る。
「な、なんだお前は! 素人が何を知ったようなことを! 衛兵! 衛兵はどこだ!」
「無駄だよ。この領地の『防壁権限』は、今この瞬間から、俺とリアナさん以外にはない。お前の雇った衛兵たちは、今ごろ結界の外側に『不正パケット』として強制排除されてるよ」
ゼノスは顔を真っ赤にして立ち上がった。
「ふん、こざかしい真似を……! だが、私がいないとこの領地の運営は立ち行かんぞ! 帳簿も、地代の計算も、私にしか分からん暗号をかけてあるのだ!」
ゼノスは勝ち誇ったように笑った。
細い目の一見人の良さそうな顔が、醜く崩れる。
「どうする? お前に何かできると思うか? リアナ家の資産は実質、私の手のひらにあるようなもんだ!」
俺は、ため息をついた。 これだ。前世の山本(クソ上司)も言っていた。「俺がいないとこのプロジェクトは回らない」と。 だが、そんなものはただの「保守性の低いクソコード」に過ぎない。
俺はゼノスの手紙を、わざとあいつの目の前で開いてみせる。
「ゼノス。お前、さっき手紙で『泣きついても知らない』って言ったよな」
「あ、ああ、言ったとも!」
俺はその紙をはらりと床に落とし、ぎゅっと踏みつけた。
「……泣くのは、お前の方だ」
俺が指をパチンを鳴らす。 空中に、巨大なホログラム・スクリーンを展開した。 それは領地中の広場、酒場、街道——さっき張った「全域結界」の全端末に、強制的に配信される。
「今から、お前が『暗号』で隠していた全ログを、領民全員にパブリック・アクセスで全公開する」
「……な、なんだと?」
画面に映し出されたのは、ゼノスが書き換えた「隠し帳簿」の原本。 そして、彼が「枯渇した」と嘘をついて私物化していた鉱山の売上推移。 さらには、愛人に贈った宝石の購入履歴までが、ご丁寧に「ゼノスの署名付き」で領民たちの目の前にリストアップされていく。
『——管理人のゼノスが、俺たちの税金を盗んでやがった!』
『鉱山は枯渇してなかったぞ! あの詐欺師め!』
遠くの村々から、領民たちの怒号が地鳴りのように響いてくる。
ゼノスは顔面蒼白になりながらも、必死に笑い声を上げた。
「ふ、ふざけるな! その程度の帳簿など、どうにでも書き換えられる!」
あいつは震える指で虚空に魔法陣を展開しようとした。
しかし、俺の多層防壁が即座にそれを弾き、魔法陣は火花を散らして消滅する。
「ば、馬鹿な……! 私の『管理権限』が……!?」
「もうお前の権限は全部無効化した。言ったろ? ザルなコードだって」
ゼノスは後ずさりながら、声を裏返した。
「待て、待ってくれ! リアナ様、私はただ……領地を良くしようとしただけだ! お前のような若造に何が分かる! この領地は、私がいなければ明日にも破綻するんだぞ!?」
その言葉に、ホログラム画面の向こうから領民たちの怒声がさらに大きくなった。
「ひ、ひぃ……! 消せ! 今すぐその魔法を消せ!」
「消さないよ。これは『パブリック・アーカイブ』に大事に残しておく。お前の悪事は、この世界のサーバーが滅びるまで消えないように、俺が永久保存しといてやったから」
膝から崩れ落ちるゼノスを、俺は見下ろした。
エンジニアとしての制裁。 それは、暴力を振るうことではない。
「隠蔽されていた真実を、仕様通りに公開する」
ただそれだけで、悪党は再起動不能するのだ。
「カイト……」
リアナが震える手で俺の袖を掴む。その瞳には、恐怖ではなく、深い感謝と信頼が宿っていた。
自分の仕事に、ここまで深い感謝を寄せられたことはない。
俺も彼女の瞳を見つめたまま、込み上げる喜びとともに、彼女の手を握り返した。
だが、その瞬間。
俺の脳内に、再び「あの音」が聞こえていた。
視界の端に、真っ赤なプロンプトが明滅する。
【カイトのデバッグ・ログ:緊急異常事態】
[警告] 外部世界からの『強制同期』を検知。
[侵食率] 30%……32%……加速中。
[解析] 送信パケットに『強い執着』を確認。
[音声] 「み……つけた……。カイト……くん……」
予感があった。ミサだ。
あの、可愛かったはずのミサが、何か邪悪なものに形を変えて近づきつつある。




