第4話 からぶり食わせられたけど社畜は恨みを忘れない
「……カイトくん。その子、だれ?」
耳元で囁かれたような、あまりに生々しい声。
俺は弾かれたようにリアナから離れた。
「カイト……? 急にどうしたの?」
「いや、ちょっと……」
困惑するリアナを置き去りにして、俺は部屋の外へ飛び出す。だが、静まり返った廊下には誰もいない。
「ミサ? ……そこにいるのミサか?」
呟いてみるが、返る言葉はない。俺は何度も耳をすましたが、やはりそれきりだった。
【カイトの脳内ログ:検索】
[詳細] 外部音声ログ……該当なし。
[推論] 脳内への直接パケット通信、あるいは極度の過労による幻聴。
「……やっぱり、ミサはこの世界にはいない。元の世界にいるはずなのに、まさかこっちのサーバーにまで『ログイン』しようとしてるのか?」
得体の知れない寒気が背中を走る。どうやったらそんなことができるのか。ミサが、俺の知っているミサではない別の「何か」に変質しているような気がしてならない。
「でも、誕生日の約束、すっぽかしちゃったからな」
胸の奥を、ぎゅっと締め付けられるような痛みが走る。だが、今は目の前の重大案件が先だ。
こうなったら、直談判だ。リアナを通じて管理人に連絡を入れ、二人で「乗り込んでやる」つもりだったのだが――。
「『主人は不在でございます』……か」
「いつのまにか、あんな豪邸に住んでいるなんて」
返ってきたのは、にべもない拒絶だった。
リアナには召使の一人もいないというのに、管理人の屋敷には多くの使用人が傅いている。
「リアナ様ではいらっしゃいませんか。まあ徒歩でこちらまで。次回からはお知らせくだされば、馬車で迎えにやらせますのに」
と使用人が慇懃無礼に指し示したのは、広い前庭に停められた、金に縁取られた立派な馬車だった。
「結構です!10キロくらいならアタシ、余裕ですの!」
きっとなって答えるリアナ。……10キロはすごいよ、リアナ。
「ま、いないのなら仕方ない。その間にこっちの領地マップを完成させてしまおう」
俺は徹底的に「領地マップ」を仕上げにかかった。
だが、現地の魔力整合性を取れば取るほど、あまりの「ひどい仕事」に呆れ果てる。
「なんだこれ……。住所録は文字化けしてるし、税収の計算式には『不明な変数』が入りまくってる。前任者はデバッグって言葉を知らないのか?」
俺は領地全域を網羅する『リアルタイム・ダッシュボード』を構築した。 ホログラムの地図上には、小さなキャラクターが生成され、今の領地の姿を映し出す。一区画ごとに人数が数値され、葡萄畑の育成状況も一目で分かる。
住民一人一人のキャラがぴこぴこ歩き回り、 赤ちゃんを抱っこする母親の後を、ちびっこたちが追いかけていく。
それを見ているうちに、俺の胸に熱いものが込み上げた。
(……この人たちを守らなければ)
管理人の家もリアナ家の領地にあるのだが、あまりの巨大さに反吐がでる。
「やっぱり納得いかねえ。なんでこいつ、こんなにいい暮らしをしているんだ?」
没落したリアナ家が狙われている今、この領民たちの安全も保障されていない。 真面目に、こつこつと頑張っている彼らを、まるごと守ってやりたい。
「そうだ! 俺は領地全域をくまなくカバーする結界を張る!」
ひとりごとだったが、声が大きすぎたらしい。
リアナが聞きつけて首を振った。
「そんな大規模な結界、いくらなんでも聞いたことがないわよ!?」
「まあ、今すぐホラっと出すわけにはいかないけど……ちょっと時間をくれる?」
社畜の悲しい性で、つい徹夜で作業に没頭してしまう。
「寝るんだったら死ね」と怒鳴る上司・山本がいるわけでもないのに、染み付いた癖は恐ろしい。
気づくと、鳥のさえずりが聞こえてきた。また、一晩ごりごりに働いてしまった。
案の定、俺の目の下には酷いクマができている。
「カイト、そんなところで寝ちゃダメ」
絨毯の上に伸びていた俺に、リアナがぴしりと指摘する。
ベッドへ行けばいいのだが、もう一踏ん張りしたい気もある。それに疲労で身体が言うことをきかないのだ。 それを見たリアナが、見かねたようにそばまで来ると、そっと僕の前で膝をついた。
「ん?」
「顔色が悪いわ。……当然よ。私のために、無理をしすぎなのよ」
リアナは俺のの両頬を柔らかな手で包み込んだ。何か反応する間もなく、頭を抱えられ、強引に彼女の膝の上へと引き倒された。
「膝枕……!?」
「5分だけ、ね。5分だけここで寝なさい」
硬直する俺に、リアナが顔を近づけ、耳元で甘い吐息を漏らす。
俺だって起き上がろうとした。
リアナは詰まるところ雇い主である。ここはいわば職場である。
これは不謹慎である。
しかし柔らかいももの感触と、俺の髪を撫でる彼女の優しい手の間で、俺は言葉もなく、溶けてしまった。もっとその感覚の中にたゆたっていたいのに、眠りに落ちてしまったことだけが悔しい。
あっという間に5分は終わってしまった。
そんな密やかな時間の最中、一通の手紙が届いた。 不在だったはずの管理人からの、不遜なメッセージ。
『拝啓、リアナ様、例の鉱山の枯渇の件は、私のせいではありません。土地の呪いです。何も分かっていない素人を雇ったようですが、お金と時間の無駄ですよ。今のうちに解雇すべきです。後で泣きついても知りませんからね』
ここから鉱山までは切り立った山を越えねばならず、すぐには辿り着けない。 管理人はそれを見透かし、足元を見てあざ笑っているのだ。
「……何も分かってない素人、か」
鼻で笑っていた上司・山本の顔が脳裏をよぎる。 いや全く別人なのだが、どうしても重なってしまうのだ。
そして俺の理性が、冷たく静かにブチ切れた。
(てめえ、見てろよ。……一瞬でリブート(再起動)できないくらいに、完膚なきまでデバッグしてやるからな)




