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第17話 奴隷に落ちて出会ったドジっ子

「じゃ、おまえ奴隷落ちな」


二人の従者が即座にやってきて両側から俺の両腕を捉えた。

床に崩れ落ちていた俺は、はっとしてその手を振り払った。


「この仕事だけは最後までやらせてくれ!」


既に足早に去っていった王が遠くで振り返るのが見えた。

床に突いていた膝に力を込め、ぐっと立ち上がる。 いつまでもシステムダウン(落ち込んで)している暇はない。

 俺はそのまま連行されるようなタコエンジニアじゃない。 魔導防壁のアップデートパッチを完全に完了させ、王宮のサーバーへデプロイする。どれほど理不尽に奴隷落ちしようが、プロとしての成果物だけは完璧に納品する。それが俺の、最後のエンジニアとしての意地だった。


さあ次だ。

王様が残していった最悪のデプロイ命令──『後宮での人事データ管理担当(奴隷)』という新しいタスクが、すでに俺のジョブスケジュールに強制コミットされている。

しかし俺ならきっとすぐに立て直せるはずだ。やり大して評判と俺のプライドを回復させてからそしてリアナのいる町に帰る!

「はぁ……」


数時間後。案内人に連れられ、王宮の最深部へと歩く俺の足取りは、鉛のように重かった。 道中、少しでも心のオアシスを求めようと、端末からリアナへ「実はかくかくしかじかで、後宮に左遷されることになった……」と遠隔通信を飛ばしてみたのだが。

画面に表示されたのは、いつまで経っても『未読』のままの無機質なログ。


「おいおい、リアナの奴、メッセージすら届かないほど忙しいのかよ……。せめて『バーカ』くらい一言返してくれたっていいだろ……」


完全にネットワークから隔離されたような孤独感に、俺のメンタル値はさらにガリガリと削られていく。


──だが、この時の俺はまだ知らなかった。リアナがすでに王の命によって城へ召集され、通信機器を含むすべての外部アクセスを一時的に遮断されていたという事実を。そして、その彼女が、この先の後宮の奥深くで「ある役割」を与えられて待ち構えているという最悪の伏線を、今の俺は知る由もなかった。


「──おい、ここから先が『後宮』だよ。奴隷には勿体なさすぎる職場だよ」


案内人の声に顔を上げると、そこにはこれまでの殺風景な魔導開発室とは一線を画す、圧倒的な世界が広がっていた。

きらびやか、という言葉すら生ぬるい。廊下には極彩色のシルクのカーテンが揺らめき、床には足が沈み込むほど上質な絨毯。空気には、甘く妖艶な香木の香りが漂っている。視界に入るものすべてが贅沢の極みだ。


「おお……」


一瞬だけ圧倒された。だが、すぐに俺のセンサーが別のログを検知する。

すれ違う豪華なドレスを着た妃候補たちや、着飾った女官たちの目が、全員例外なくギスギスしているのだ。笑顔の裏で、お互いを品定めし、派閥の力関係を計算し合うような、目に見えない殺気とマウンティングのログ(パケット)がドロドロに渦巻いている。


【環境スキャン】後宮ハーレム

【解析結果】仕様書のないスパゲティコード(泥沼)。

【危険度】極大。触れると一発でシステム全体が炎上(物理)します。


「ダメだ、ここ天国じゃねえ……。デバッグ不可能な呪いの巨大システムだ……


」 俺が再び深く深く落ち込み、どん底の気分でトボトボと廊下を歩いていた、その時。


「あわわわわわわっ!? そこ、どいてくださいぃぃ!」


「えっ──」

 

前方の角から、尋常じゃない速度の人影が突っ込んできた。両手で抱えきれないほどの大量の羊皮紙をタワーのように積み上げ、完全に視界をゼロにした状態で猛ダッシュしてくる女の子だ。


「ちょっと、危な──」 避ける暇すらなかった。


「ひゃうんっ!?」


派手な衝突音とともに、彼女の抱えていた羊皮紙が、まるで紙吹雪のように廊下へブワッと散乱する。と同時に、俺の胸元に思いきり柔らかい衝撃がぶつかり、そのまま2人で絨毯の上へと転がった。


「痛たた……」


「ふぇぅぅ……ご、ごめんなさい、ごめんなさいぃ……っ!」



慌てて飛び退いたその女の子を見て、俺は思わず二度見した。

頭の左右でぴょこぴょこと揺れるツインテールは、お妃候補にしてはかなり活動的で可愛らしい。 ──が、問題はその下だ。

格式高いロングドレスを着ているはずの彼女だが、なぜかその裾が、不自然なほど膝上でバッサリと短くなっていた。本来なら厳格な王宮の規律に反する、場違い極まりないミニスカート状態。転んだ拍子に露わになった健康的な絶対領域が、俺の網膜を直撃する。 しかし、その生足には痛々しい擦り傷や絆創膏があちこちに貼られており、頬には黒いインクがべったりとついていた。


「だ、大丈夫ですか? 怪我は──」


俺が書類を拾いながら声をかけると、彼女は涙目でツインテールを激しく揺らしながら、ペコペコと頭を下げた。


「うぅ……またやっちゃいました……。私、これでもお妃候補として連れてこられたんですけど……。歩くたびにドレスの長い裾を踏んづけて盛大に転んじゃって。昨日も、お茶を淹れようとして裾を踏んで、王の膝の上に熱々のお茶をぶちまけちゃって……」


「それは……大惨事だな」


「はい……。ドレスも破れてしまって。でも予算がないから新しいものが買えないんです」


「ドレスくらい買えないことないだろ。おかしいな」


「王の前にもこんな私はだせないってってめちゃくちゃ怒られて、ここに左遷されちゃいました……うぅ……」


「誰が予算管理してるんだ?王も意地悪だな。こんな一生懸命な子を……」


その言葉に、俺の親近感メーターが激しく反応する。 散らばった書類のタイトルをふと見ると、そこには『妃候補・女官・親族一覧、および調達備品・予算管理データ』と書かれていた。


「あの、もしかして君、この書類の仕事をやってるの……?」


「はい……。妃としての役割を剥奪されて、名前だけは『管理アシスタント』っていうかっこいい役職なんですけど、要するに誰もやりたがらない、泥沼の人事と必要品目と愚痴のデータを押し付けられた窓際族なんです……うぅ……」


女の子はガックリと肩を落とし、絨毯に指で「の」の字を書き始めた。

誰も触りたがらない、呪いの泥沼データベース。 そして、そこに送られた、お払い箱の窓際人材。


「……そっか。君も、システムから弾かれた側なんだな」


「えっ?あなたも?」


インクのついた顔で、ドジっ子ちゃんが同情に満ちた目を俺に向けてくる。

豪華絢爛で、ギスギスしたドロドロの後宮の片隅。 お払い箱の妃候補と、奴隷落ちした元天才エンジニア。


「……世間(王宮)って、本当に厳しいですよね……」


トホホな窓際コンビは、お互いの傷を舐め合うように深く深くため息をシンクロさせ、泥沼のデータベース構築へと一歩を踏み出すのだった。

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