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最終話 システム全損:無限ループ・シーケンス

「カイト! 何がなんでも今夜中にすべてのバグを直せ! お前が死んでも明日、後宮の機能が止まったら、てめえの首が飛ぶんだよ!?」


王宮の役人の怒号が、薄暗い地下のデータ管理室に響き渡る。


【カイトの脳内デバッグ・ログ】

【警告】サーバー負荷が100%を超過。

【状態】緊急デスマーチ・モード移行。

【タスク】後宮人事・備品・予算管理データの完全復旧。


目の前には、誰が組んだかも分からない、利権と横領のログでドロドロに蝕まれた偽装予算シート。一箇所をリファクタリングすれば、別の派閥から新しい不整合(バグ)が噴き出し、まるで生き物のように後宮全体を蝕んでいく化け物データ。


(……何が『奴隷としてやり直せ』だ。結局、前の世界と何も変わってねえじゃねえか……)


俺は乾ききった目で、魔導端末の画面に齧り付いていた。

急げ。急いでこれを終わらせれば、まだ間に合うかもしれない。

端末の片隅には、リアナへのメッセージアプリが立ち上がっている。だが、画面に表示されているのは、いつまで経っても『未読』のままの無機質なログだけだ。


(リアナ……お前、今どこにいるんだ? 通信制限がかかってるって聞いたけど、王宮に来ているはず。俺を待っているのか──)


かつて前世で、黒髪のロングヘアがよく似合う和風美女──ミサの誕生日をすっぽかし続けた記憶が、今のリアナの『未読』と重なって、胸の奥をキリキリと締め付ける。

いつも「大丈夫だよ」って微笑んで許してくれたミサ。

そして、この世界の王宮のどこかで、俺からの連絡を待ち続けているはずのリアナ。


「ごめん、リアナ……この埋め合わせは絶対にする。それまで待っててくれ……!」


【カイトの脳内デバッグ・ログ】

[アドレナリン] 180%(限界突破)

[罪悪感レベル] リアナ対象:89%

[精神的負荷] 役人からの罵倒:本日47件目


指が熱を持ち、目が乾き、差し入れのハーブティーはもう味がしない。それでも俺は、データの海に沈み続ける。


「あれ? カイトさん、なんでまだ作業してるんですか? 今日、リアナ様が近くまで来られるって噂でしたよ?」


ふわりと、横から優しい香水の匂いが漂ってきた。

振り返るまでもない。頭の左右でぴょこぴょこと揺れるツインテール。ドレスの裾をハサミで切り落とした、場違いなミニスカート姿のドジっ子──ミリアだ。


「今夜中にこの不正会計をなんとかしないと、明日にはすべてが破綻するんだ……」


手だけを動かしながら答える。


「リアナ様の召集日なのに、すっぽかしですか?」


ミリアが俺の肩越しに、画面を覗き込んできた。

彼女の小さな顔が俺の肩にほぼ乗っていて、頬がすぐそこにある。


「あ! ここ」


ミリアが俺の肩に手を置いて、さらに身を乗り出す。柔らかい感触が伝わってきて、ドクンと心臓が跳ねた。


「ここって何かコメント残ってますか?」


こちらを向く目が大きくて、吸い込まれそうだ。近くで見ると唇はぷるんと光っていて、目が逸せなくなりそうになる。

……ああ、既視感(デジャヴ)だ。前世のオフィスで、同じように肩に手を置いて画面を覗き込んできた後輩の『愛』の姿が、目の前の『ミリア』と完全にオーバーラップする。


「いや、そこは確認済みだ……」


そっけなく言って画面に戻る。


「そうですよね、カイトさんが見過ごすわけないです! 他の人はみんな分かってないけど、この後宮のデータはカイトさんで持ってるんですから」


その時、魔導端末が激しく震えた。

役人からの緊急通信。画面に出る不敬罪の警告。


「お前本当に真面目にやってんのか! 終わらないと後宮の予算は全部凍結だ、お前のせいだ!!」


通信の切断ボタンを押そうとして──突如、身体がガチリと強張った。


「が、は……っ!?」


胸が苦しい。

心臓が、まるで誰かに、巨大な質量で鷲掴みにされたように締め付けられる。

息が、できない。

座っているのに、体が真っ直ぐに保てない。ポタポタと、冷たい汗が絨毯に染み込んでいく。


「カイトさん!? どうしたんですか? 顔色が──」


底なしの海に沈んでいくようだ。ミリアの声が、遠ざかっていく。

あの時と同じだ。前世のあの深夜のオフィスで、愛の声を聞きながら、ミサへの未読LINEを残して意識を失った、あの瞬間と全く同じエラーコード()が、俺の肉体をシャットダウンしようとしている。

異世界へ来て、天才エンジニアとして無双して、可愛い女の子たちに囲まれて、それでも結局──俺は同じバグ(過労死)で死ぬのか。


「カイトさん! 嫌です、目を上げてください! カイトさんっ!!」


ミリアが俺の体にすがりつき、激しくツインテールを揺らしながら泣き叫んでいる。彼女の涙が、俺の頬に落ちるのを感じた。

結局、リアナには、もう二度と会えなかった。

愛ちゃんを幸せにすることも、先輩と新しいシステムを作ることも、このドジなミリアのドレスを弁償してやることも、何一つクリアできないまま。


【最終ログ】

[後悔] リアナへの未払いタスク:永遠に未解決

[感謝] ミリアへの感謝:未返済

[システム] シャットダウン・シーケンス開始……


意識が、溶けるように闇に落ちていく。

──シャーン。

電子音なのに妙に柔らかいな、とカイトは思った。これは空耳じゃないよな?


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