第16話 ローブ一枚きりの俺たち、現行犯逮捕
素肌にバスローブ一枚だけの圧倒的無防備感。
──いや、愛は、俺なんかよりもっとオープンに、その空気を感じているはず。
後ろにいるので俺の視覚からは直接は見えない。
見えないが──論理的に考えて、肩にふわっと掛けているだけの彼女のバスローブは、その前面が完全にオープンな状態であるはずだ。
布一枚隔てた向こう側は、俺と同じ、いや、それ以上の無防備の極み。 遮るもののない彼女の滑らかな生肌が、今、この部屋の張り詰めた空気とダイレクトに同期している。
が、彼女は、寒さで小さく震えている。
緊急に【下からルート】のスモークテストを開始しなくては。
「ちょっと失礼します……」
愛のバスローブの裾を、ベッドに触れている部分からおそるおそる数センチだけ持ち上げてみる。
(──ストップ!! 描画範囲(お尻の境界線)が完全に露出寸前! 即座にプロセスを強制終了だ!!)
網膜に焼き付きかけたグラフィックに鼻血を吹きそうになりながら、俺は即座に裾を戻した。危険すぎる。
ならば【上からルート】の検証。
襟元から手を滑り込ませようとすると、ずるりと滑らかな生地が動いた。
(わあああ! 摩擦係数ゼロかよ! 肩から滑り落ちて全データ開示の一歩手前!!)
慌てて両手でローブの肩を抑える。
愛はトロンとした目で「カイトさん……?」と俺を見上げる。熱でも出始めたのかも。
俺の心臓のタスクマネージャーは、すでにCPU使用率100%で煙を吹きそうだった。
「愛、頼むから自分でローブの前をガッチリ押さえててくれ!」
「は、はい……こう……?」
愛が胸元を引っ張って、両手でギュッと押さえる。幸いにも王宮仕様のバスローブは肉厚でふかふかだ。これなら上から布越しに背中をさするだけで、十分に水分は吸収できる。
物理的な直接接触を完全に遮断した状態のまま、俺はベッドの布団を愛に横たわってもらい、布団を掛け直した。
しかし、愛はなおも「さむい、です……」と歯を鳴らす。
「カイトさん……熱伝導率の観点から言えば……衣服という絶縁体をパージし、人肌同士を密着させるのが、最も効率的な『温めプロトコル』かと……(混濁)」
「こ、効率だけを重視した最適化コードは危険だ!! 予期せぬ致命的なバグ(俺の理性の崩壊)を引き起こしてシステムが全損することだってあるんだよ!!
俺は必死に首を横に振った。
「ふ、 布団、 もっとふわふわの布団持ってくるから!その上で全力で高速摩擦して暖めてあげるから!!」
俺は予備の羽毛布団を引きずり出し、愛の上にふわりと重ねた。
そして、高速タイピングスキル(秒間30打鍵)を応用し、布団の上から彼女の体を「シュシュシュシュッ!」と超高速でさすり始めた。摩擦熱による外部からの熱供給だ。完璧な論理である。
「……カイトさんの、手の動き……すごく、あったかい、です……」
布団の向こうで、愛が安心した声を漏らす。
「良かった。さて仕事再開しないと。休憩が長すぎて、王に叱られそうだ」
愛はうっすら微笑んだ。
だが、その時。
「──カイト、さん……」
暖まって少し意識がはっきりしてきた愛の手が、布団の隙間から、するりと這い出てきた。 その白く細い指先が、俺の着ているバスローブのすそを、生存本能のように『ちょん』と掴んだ。
「な、なに?仕事終わらせないと──」
そう言った、まさにその瞬間。 部屋の防音ドアが、一切のシステムエラー警告なしに、静かにスライドして開いた。
「おい、カイト。定期アップデートがタイムアウトしているぞ。一体どういう──」
部屋の入り口に立っていたのは、絶対零度の目を爛々と輝かせた、この国の最高権力者──王様(最高CEO)だった。
「あっ──」
驚いた俺が、条件反射でバッと王様の方を振り返る。 しかし、その瞬間に致命的な物理演算のエラーが発生した。
愛の手は、まだ俺のバスローブのすそを掴んでいたのだ。 俺が急激に回転したことで、帯が「スルスルッ」と引き解け、肉厚なバスローブが、俺の肩から『ずるん』と滑り落ちた。
「しまっ──!?」
慌てて掴み直そうとしたが、時すでに遅し。俺のバスローブは完全に右肩からおへその下まで落ちた。
愛は背後でまだベッドに横たわっている。
完璧な、言い逃れ不能の『現行犯逮捕』だった。
王様は、静かに眉間を揉みほぐした。その背後から、凍りつくような威圧感が立ち上る。
「……なるほど。我が国の魔導防壁のアップデートという国家機密案件だけじゃ不満なようだな。バルトから、仕事が放置されていると報告があった」
「あいつ!いや、そうじゃなくて」
悔し紛れに報復じみたことをしやがって。
王はすっと手をあげて、俺の言葉を遮った。
「言い訳は、却下だ。簡単すぎて暇だったんだな」
王様の冷徹な声が、俺の部屋の空間に響き渡った。
「もっと重要任務を任せよう。──本日付で貴様を、王宮で最も過酷なドロドロの魔窟、『後宮での人事データ管理』の担当に任命する。今まで誰も成功したことないが、死ぬ気で全員の愚痴とデータベースをクリーン化してこい」
王様が冷たく部屋を出ていく。バタン、とドアが閉まる音が、俺の処刑宣告のように響いた。
「……終わった(システム強制終了)」
俺は、はだけたバスローブのまま、ベッドの下の床へガクリと膝を突いた。
バキバキにへし折られた『エンジニアとしてのプライド』だった。
【カイトの脳内ログ】
【エラーコード】408:クライアント要求タイムアウト
【例外処理】社会的プロ意識の全損を検出。
【現在のステータス】王宮の変態サボり魔(確定)
【システム警告】エンジニアとしてのプライドが深刻なダメージを受けています。リカバリーは不可能です。
前世でどれほど過酷なデスマーチを生き抜いてきたと思ってんだ。 仕様変更、無理な仕様策定、徹夜の連続……どんな地獄だって、俺は絶対に『即納品』だけは落とさずに這いつくばってきたんだ。それを、異世界に来て、お風呂と看病という完全な不可抗力のバグのせいで、プロとして一番やってはいけない「クライアントを待たせる」ということをしてしまった。
あまりにも重い致命的なエラーログとなって、俺のプライドと身の上に生々しく降りかかるのだった。




