第14話 お風呂は危ない
「相手が聖女だろうが構いません!王命と私のプライドにかけて、徹底抗戦、開始!」
シトラスハーブの甘い熱気が満ちる浴室の中で、すっくとたちあがり、愛は濡れたシャツの胸元を隠すこともせず、むしろ堂々と胸を張ってみせた。
「頼む、座って……!」
服の下に何もつけてないのがこちらの仕様なので、その力強い躍動に合わせてこれでもかと独自の存在感を自己主張している。水分を吸って半透明になっているのだ。下からのアングルでうっかり見てしまい、俺は湯船の中で慌てて、ばしゃばしゃと暴れた。
「いつでもこい、です……! 私の処理能力を、なめ、ないで……くだ、さ……」
ビシッとカイトを指差し、不敵に微笑む愛。まさに臨戦態勢、常駐型ファイアウォールとしての威厳がそこにはあった。が、声が途切れる。
「あ、愛、女官長?」
だが次の瞬間、フッと彼女の瞳から光が消えた。
激しい湯気の中で急激に立ち上がった代償が、一瞬で彼女の脳へとフィードバックされる。視線が左右に激しく泳ぎ、ドヤ顔のまま、システムエラーを起こしたPCのように挙動がおかしくなる。
「……あれ? 視界のグラフィックボードが、急に暗転……立ち、くら、み……っ」
「おい、ちょっと待て!?」
言うが早いか、愛の身体が糸の切れた人形のように、くわっと前傾姿勢でこちら側に倒れ込んできた。
「おわっ、危ねぇ!?」
慌てて浴槽から身を乗り出し、正面からその華奢な身体を両腕で受け止める。 ザパーンとお湯が派手に跳ね返ったが、無事に受け止めた。
「大丈夫?どこか打ってないか?おい、愛!」
【カイトの脳内ログ:緊急システムアラート】
※【致命的エラー】接触オブジェクト「愛」の表面温度が異常上昇中。過剰なスチームによる『のぼせ(熱暴走)』、および急激な起立動作による『脳血流の一時的パケットロス(立ちくらみ)』が同時発生しました。
「徹底抗戦の構えから一瞬でダウンすんなよ! どんだけ無理してたんだ!」
慌てて愛の膝裏と背中に腕を回し、お姫様抱っこの形で抱え上げる。
お湯から引き上げた愛の身体は驚くほど軽かった。熱いバスルームから連れ出すのは簡単だった。完備してある簡易ベッドにおろそう。
が、その途中で自分の異変に気づく。
「くっ、俺まで頭がクラクラして──」
俺もまた、湯船から急激に立ち上がって愛を抱え上げた身だ。
一気に脳の血圧が急降下する。視界の端がチカチカとホワイトアウトし、処理落ちを起こしたように足元がおぼつかなくなる。
(まずい、脳内CPUのクロック数が一気に下がって……視界のレンダリングが追いつかない……!)
バクバクと警告音を鳴らす心臓を無視し、気力だけで脱衣所を駆け抜け、寝室のベッドへと彼女を緊急搬送した。 シーツの上にそっと愛を横たえる──と同時に、俺の限界も訪れた。
「あ、限界……」
愛をベッドの奥へ置いた勢いのまま、膝がガクリと砕ける。 抵抗する術もなく、俺の身体は愛のすぐ隣、同じベッドの上へとバタッと倒れ込んだ。 そのまま俺らの意識は、一時的なメモリリークを起こしたように、深い闇へと急速に沈んでいった。
◇
「……っ!? さむ!?」
どれほどの時間が経っただろうか。 数分か、あるいは数十分か。意識がバチッと強制起動(再起動)された。 のぼせと立ちくらみのパニックから回復した脳が、今度は全く逆の「異常ログ」を感知して悲鳴を上げている。
寒い。異常に、寒い。くしゃみがでた。またでた。連発である。
「ガチガチガチ……なんだこれ、極冷状態か……!?」
シャツもズボンも、あの時浴槽に飛び込んだせいで、完全に水を吸ってずぶ濡れのままだ。寝室の冷気にさらされた濡れ衣は、すでに体温を限界まで奪い去る即死級のデバフアイテムへと変貌していた。
「はっ、愛!?」
慌てて隣を見ると、愛もまた、あまりの寒さに意識を部分的に覚醒させていた。
「う、ぅぅ……さむ、い……カイトさん……」
【カイトの脳内ログ:生存危機アラート】
※【警告】濡れた衣服による『持続的な冷却ダメージ』が発生中。このまま放置すれば、数分以内にシステムが完全凍結(風邪による戦闘不能)します。今すぐ濡れた衣服をパージしてください。
「このままじゃ本当に2人とも倒れる! 健康問題だ、今すぐ乾燥プロトコルに移行する!」
俺はまた脱衣所に震えながら戻った。クローゼットに入っていた高級なフカフカのバスローブを二着、そして乾いた大判のバスタオルを引っ掴む。
「よし、まずは自分の環境をクリーンにする!」
俺は死に物狂いで、水を吸って重くなった自分のシャツとズボンを脱ぎ捨て、乾いたバスローブをバサッと羽織って帯をきつく締めた。
極上のタオル生地によって、カイト側のシステムは一気に安定する。
問題は、ベッドでガチガチと震えている愛だ。
いくら緊急事態とはいえ、意識が朦朧としている女性の服を俺が全部脱がせるのは、エンジニアのコン理性的にも、なろうの倫理規約的にも流石にデッドロックを誘発する。
「愛! 聞こえるか!? 服が濡れてるからまず着替えよう。できる?」
「うーん、めまいします」
ベッドの上に体を起こしかけて、額を抑えた。
しかし俺に背をむけボタンを外している。慌てて俺はローブを後ろからかけてやった。
「う、ぅぅ……カイト、さん……? 背中濡れてるから、拭いて?アクセス、許可……します……」
愛は濡れたシャツを脱いで、肩にかけたローブの下からぽとりと落とした。
俺は怯んだが、確かに濡れたままより乾かした方がいい。
「よし、背中拭きを開始する……!」
と声をかけたその時、愛はもぞもぞと動いて脱いだスカートをローブの下から、またぽとりと落とした。
「こ、これは」
これは現在の彼女のセキュリティ状況は、俺が後ろから掛けたバスローブ「たった一枚」ということか……?




