第13話 服の下にそれがない仕様を自覚してほしい件
「よりによって、インフラ(下着)の概念が『未実装』の世界なのに……!?」
女官長を目の前にして、前世の常識の崩壊に、俺の脳内コンソールは完全にフリーズしていた。
視界のすぐ真下に。 この世界の仕様の違い(未実装)によって、形をはっきりと主張する豊かな膨らみが、すぐそばまで迫っていた。
「……っ」
布越しでもわかる迫力である。かなりのボリュームが、両腕を使って俺のボタンを外しているのでさらにぎゅーっと寄せられている。 両手を降参状態にして、しばし見惚れていた。
「いやいや」
(待て待て待て、俺にはリアナがいるだろ! 徹夜明けの脳にこの入力は毒性が強すぎる、強制終了だ!!)
途中で我に返って、必死に理性の壁を再起動し、彼女の手を止めた。
「ボタンはセルフサービスで間に合ってます!」
「あ、そうですね」
愛は素直に身をひいた。 ほっとするのも束の間、すっと彼女はしゃがみこむ。
「じゃ上お願いします。下を担当しますね。効率化です。ほら、動かないでください」
え、と思う間もない。 彼女の小さな頭頂部が俺の真下にある。そしてその手がズボンのベルトへと伸びて────
「ちょっと待て!」
慌てて愛の両腕をつかんで引き上げ、立たせた。 そんなことをさせるわけにはいかない!
「待て待て待て!」
【カイトの脳内ログ:異常事態アラート】
※【致命的エラー】下部ストレージのセキュリティパッチが未適用です。
※【警告】認証されていないユーザー「愛」による、ベルト・プロトコルの解除命令を検知。
※【状態】理性の壁:応答なし(フリーズ寸前)
※【再起不能】現在の視覚バッファ:下着未実装・高出力仕様のデータが限界値を突破。脳内CPUの温度が180℃を超えました。強制冷却が必要です。
(危ねぇ……! なに自然な動作で下部ストレージのセキュリティを解除しようとしてんだこの女官長!?)
バクバクと心臓がうるさい。やばい、本当にドキドキしている。さっさと仕事を終わらせなきゃいけないのに。片手間で仕事(魔法陣構築)ができるなんて、よくあんな大口を叩けたものだ。視覚的トラフィックが多すぎて、脳のCPUが完全に焼き切れそうだった。
愛は不満そうに頬を膨らませ、俺を見上げた。
「こんなの効率的じゃないです」
「効率の前に倫理コードがクラッシュするんだよ!」
「効率化って言ってるじゃないですか。任せてくれてたら、もうお風呂休憩だって終わってたんですよ?」
「終わる代わりに俺の理性が永久停止するわ!」
シトラスハーブの甘い匂いと、真っ白なスチームが満ちる浴室の中で、俺らは言い合った。ぽんぽん軽口がでるのは、あれだ。前の世界での、職場の記憶だ。
深夜のデバッグ中に「そこは仕様書通りに書けよ!」「こっちの方が効率的だからいいじゃないですか!」なんて、愛と、先輩後輩としてこんな風に言い合いをしたな、と急に懐かしい気持ちになった。
過酷なデスマーチのはずなのに、不思議と居心地の良さを感じている自分に気づき、少しだけ口元が緩む。
──と、そこでハッとした。
止めるために愛の両腕を掴んで立たせたせいで、俺たちは今、ほぼ抱き合うような至近距離で静止している。 しかも、浴室の熱気で、愛の白いシャツはさっきよりも確実に水分を吸って、じっとりと肌に張り付いていた。 掴んだ腕はほっそりとしている。肩も薄くて華奢なつくりだ。それなのに、すぐ目の前にある、未実装が生み出す究極のプロポーション。
俺の心拍数、本日最大級の急上昇。
(あ、まずい。この状態は──あの『聖女』を召喚してしまう……!)
そう直感した、次の瞬間だった。
ド、ド、ド、と浴室の浴槽の水面が、地震でも起きたかのように激しく波立ち始めた。
「きゃっ!? な、何ですかこれ! 湯船の魔力が暴走して──」
シュウウウウ!と魔導温水器から異常な量のスチームが噴き出し、視界が真っ白に染まる。
間違いない、聖王国にいる元カノの「嫉妬の遠隔パッチ」だ。俺の心拍ログを検知して、魔導通信経由で嫌がらせの割り込みをかけてきている!
(落ち着け、俺。落ち着けば心拍数が下がって、ミサの探知網からも外れるはず……!)
究極のパニック状態に陥った俺は、冷静な判断力を失っていた。
「すまん!」と叫ぶや否や、俺はシャツもズボンも履いたまま、ザパーン!!と勢いよく浴槽のお湯の中に飛び込んだ。
じっと膝を抱え、お湯の中で目を閉じて深呼吸をする。
フゥー、フゥー。よし、落ち着いてきた。
「……カイトさん。あの、奇行がすぎませんか?」
お前が言うか、と思いながら俺はお湯の中で膝を抱いたまま、ふるふると首を振る。
「違うんだ。わかりにくいかもしれないけど、これは必要なことなんだ」
「いくら疲れているからって服のまま入浴するのはちょっと。お湯の回復魔力が効くかしら?仕様書にありませんが……」
愛が浴槽のフチから、心底困惑した顔で俺を見下ろしている。
「だ、大丈夫大丈夫。効いてる効いてる!」
俺はやぶれかぶれで叫んだ。
「まあ、お湯に浸かってくれれば効果は出ますから。結果オーライかな」
と納得したらしい愛は、そのままフチに腰掛けて、待機モードに入った。端末をだして何やら確認し始めた。
だが、それが第2の災害を引き起こす。
大量のスチームと跳ね返ったお湯のせいで、愛の濡れたシャツの「透過率」が先ほどよりも明らかに120%ほど跳ね上がっていた。下着未実装の世界。肌に張り付いて透けた生地は、ほとんど服の意味をなしていなかった。ダイレクトに俺の網膜に焼き付く。
「ぶふっ……!」
(落ち着けない! むしろログが破壊される!!)
俺は慌てて水面に沈んだ。ぎょっとする愛。
「カイトさん?肩まで浸かればいいんです!死にますよ!」
顔だけを出して視線を逸らし、この異常事態の根本原因を打ち明けることにした。
「あ、愛、聞いてくれ。実はさっきの暴走……聖女の仕業だと思う」
「聖女様は、カイトさまの仕事を通じて天変地異を収めてくれたと聞いていますが、どういうことでしょう」
「うーん。複雑なんだよ」
「今はカイトさんのお仕事の邪魔を試みているんですか?」
「まあ、その愛女官長、君も巻き込まれるから、今のうちにここから逃げた方がいい」
真剣に諭す俺に対し、愛は一瞬だけ目を見開いた。 だが次の瞬間、彼女の瞳の奥にエリート女官長としての冷徹で重い光が灯る。
「……なるほど、聖女様ですか。ですが、私は陛下から24時間の監視と、カイトさんの業務効率化を命じられています。国の最優先事項なんです」
愛は濡れたシャツの胸元を隠すこともせず、むしろ堂々と胸を張って、不敵に微笑んだ。
「仕事を放棄するわけにはいきません。聖女様といえど、これは国のための業務なんですから、背くことになれば、王の威厳に関わります。相手が聖女だろうが何だろうが、王命と私のプライドにかけて、徹底|抗戦します」
湯気の中で、愛の背後に底知れない暗黒のオーラが見えた気がした。
美女の元カノ(聖女)vs 可愛い元後輩(ヤンデレ女官長)のバトルが超高火力そうで、俺は震えている。




