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第12話 服の下にそれがないのは仕様ですか?

「──そろそろお風呂に入りますか、カイトさん?」


「な、何を言っているんですか愛女官長!?」


驚きすぎて、思いっきり敬語になった。

そして──「一緒に」とは一言も言われていないことに気づいて、俺は自分の頭を殴りたくなった。さっきの「24時間ずっと一緒」という愛の言葉が、強力なウィルスのように俺の脳内ログを侵食している。

愛は不思議そうに首を傾げた。


「……変なカイトさん。私は陛下から『24時間監視』を命じられているんですよ? 監視です。それに、効率的に体力を回復することも立派な業務の一環です。ほら、最高級のバスオイルも持ってきました。リラックスできますよ」


愛はトレイの上の小さな小瓶を嬉しそうに掲げてみせた。


「いやいや、リラックスの問題じゃなくて! 徹夜で仕事しろ、と言われているんですから、もう業務に戻らねば」


「いいえ、効率的に、と私は言いました。お風呂に入りながらも業務は行えます。魔法陣が描ければいいんですから。近い方がいいですが」


「は、入りながら、かよ……」


「ほら見てください。この最高機密執務室は、お風呂も横になれる簡易寝台も完備です。回復しながら24時間働けますよ?」


(さすがあの冷酷な王に仕える女官長……。単に休ませてくれはしなかったか!)


「働く以外、選択肢はないわけね……」


「はい! では、まずお紅茶をどうぞ。その間にお風呂の支度をしますね」


「まあいいけどさ。人使い荒いんだから、もう……」


愛はふふっと楽しそうに笑うと、俺の文句をすべてバックグラウンド処理で握り潰し、パタパタと浴室へ向かってしまった。

しばらくすると、扉の向こうから魔導温水器が稼働する低い音と、シュウウウという心地よいスチームの音が聞こえてきた。同時に、爽やかなシトラスと甘いハーブが混ざり合った、極上のバスオイルのいい匂いが部屋の中に漂ってくる。


(あぁ……いい匂いだな……)


その香りを嗅いだ瞬間、どっと身体の芯から重い疲れが押し寄せてきた。

あまりの心地よさにソファでウトウトしかけた、その時。


「カイトさん、用意できました。どうぞ」


浴室から、愛が顔を覗かせた。


「あ──」


その瞬間、俺の視線が、ある一点で完全にフリーズした。

湯気を避けるためだろう。愛は上着の堅苦しい高級女官服を脱ぎ捨てて、薄手の白いインナーシャツ姿になっていた。

熱気と水分をたっぷりと吸って、白い生地がうっすらと柔らかな肌に張り付いている。


──シャツの、下。

──下着が、ない……?


【カイトの脳内ログ:画像データの解析中】


もともと前世の時から、愛の『その部分』は規格外のボリュームを誇る高出力仕様だった。

それが、ノーブラのせいで遮るものもなく、形がそのままダイレクトに浮き出ているわけで。自然に、その中心にあるだろう淡い輪郭を追いそうになる自分を、必死に理性でシャットダウンする。

視線を彷徨わせながら、俺の脳内コンソールが激しく明滅した。

そういえば──と思い出す。

婚約者のリアナ。最初に結界を回復させた時、嬉しさのあまり抱きつかれた腕に伝わってきたあの異常な柔らかさと、その先端に感じられたツンとした感触。あの時も、リアナは『それ』をつけていなかった、と思う。

さらに、魔導通信の向こうの元カノ、ミサ。 密室に閉じ込められた時、彼女が纏っていた法衣服は合わせ目が緩みやすく、俺は死ぬほど焦った。そのものが見えたわけでも触ったわけでもないが、まさに豊かな果実がこぼれ落ちそうだった。思わず、彼女のために襟元を直してあげた記憶が鮮明に蘇る。


(待てよ……まさかこの世界、下着のコンセプト自体が『未実装』なのか……!?)


これは文明の、仕様の根本的な違いだ。

前世の常識に縛られていた俺の認識プロトコルが、異世界の文化バグによって完全に書き換えられようとしていた。


「……あの、カイトさん?」


俺のあまりに熱烈な(固まった)視線に気づいたのか、愛がハッと自分の胸元に手を当てた。

シャツが張り付いているせいで余計に形状が強調されていることに気づき、彼女の白い頬が一気に林檎のように真っ赤に染まっていく。


「な、何を見てるんですか、えっち……!」


「ち、違う! 違うんだ愛! 下心じゃなくて、これは技術的、文化的な考察というか、その、世界の仕様について考えていただけというか……!」


「言い訳が苦しすぎます!」


「いやほんとに。仕様が違うんだな、と。仕様研究だよ」


いやほんとに、俺は疲れすぎているに違いない。あまりの頭の悪すぎる言い訳に、俺は反省で深く頭を垂れた。


「そんな風にじっと凝視されたら、私だって恥ずかしいです……っ」


愛は涙目で自分の両腕を交差させ、縮こまった。大人なのに無防備で艶っぽい。


「す、すみません! すぐに視線をシャットダウンするから!」


「うぅ……もう、カイトさんのせいで私まで変な汗がでました。……ほら、お湯が冷めちゃいますから、早く入ってください」


「はい」


俺は素直に頷いた。

──しかし、十数秒経っても。

 俺と愛は正面に向かい合ったまま、ピクリとも動いていない。


「ん?」


「はい? カイトさん、どうぞお風呂へ」


「もしかして……俺がお風呂に入る間、君はここに居座るつもりなの? まさかだよね?」


「陛下からは『一挙一動を逃さず監視せよ』と仕様書(命令)をいただいています。カイトさんが湯船で溺れたり、浴室に隠された転移陣から逃亡する可能性を考慮すると、同じ空間に常駐するのはセキュリティの基本です」


大真面目な顔で、とんでもない詭弁システムハックを述べている。


「それに──」


愛は少し声をトーンダウンさせ、じっと俺を見つめた。


「あの、カイトさんのお仕事を邪魔するつもりはないんです。でも、早く業務が終われば、カイトさんはリアナ様の領地に帰れますし……私も、この監視業務から解放されますから」


はっと気づいた。  あのクソ国王に理不尽な負担を強いられているのは、俺だけじゃないのだ。愛だって、この深夜に付き合わされている被害者エンジニアなんだ。


「なるほど……。悪かったな、付き合わせちゃって」


「じゃ、さっさと終わらせましょう!」


愛はぱっと表情を明るくすると、俺のシャツの第一ボタンにその細い指先をかけた。迷いのない手つきで、ボタンを外し始める。


「ちょ、自分でできるから!」


慌ててその手を止めようと、俺がガバッと見下ろした、その瞬間──。

視界のすぐ真下に。  世界の仕様の違い(未実装)によって、形をはっきりと主張する豊かな膨らみが、すぐそばまで迫っていた。

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