第68話 戦場での食べ物
友田雨請山城を陥落させた蒲生、脇坂両軍は休むことも無く田矢伊予守城という山城を攻撃した。
忍び達はやはり必死に抗戦したが、すでに忍びとの戦いの呼吸を会得した武士達の前には全く歯が立たなかった。
だが彼らの多くは討ち死にを選ばずにすぐに撤退していった。
先の友田雨請山城とは違って女子供、老人などは籠っていないからだろう。
非力な足弱を守る為に決死の抵抗をしなければという悲壮な決断をする必要は無かったのだ。
「彼らは比自山城、あるいは平楽寺に籠るつもりだと思われます」
織田に寝返り道案内を務める忍びが説明した。
比自山城と平楽寺が伊賀山中で最も巨大で堅牢な建物だからとのことである。
「左様か」
蒲生忠三郎賦秀が頷いたが、全く覇気のない表情であった。
主君がこの戦に全く勇猛心を振るい起こす気になれないのは明白であった。
家臣の士気を下げる訳にはいかないから決して口にはしないであろうが、
(つまらぬ戦、不毛な戦いだ)
と思っているのが勝成には手に取るように理解出来た。
何故なら勝成自身もそうなのだから。
(シノビという特殊な戦士だからさぞ恐るべき相手に違いないと期待していたのだがな……)
だがやはり彼らが最もその異能を発揮するのは隠密行動、諜報活動といった類のものであり、奇襲や暗殺であれば恐るべき武勇を振るのだろうが、やはり正面からの戦いであればサムライに劣るのは明白であった。
それに何と言ってもこちらは圧倒的大軍であり、シノビたちは寡兵に過ぎないのである。
シノビ達に歯応えが無いなどと吐き捨てるのはあまりに酷であり、理不尽な話というものだろう。
見れば伊賀の山中のあちこちから炎が、煙が上がり、悲鳴が湿った空気を切り裂く。
他の経路から攻め寄せた織田軍が焼き討ちを行い、根切を決行しているのだろう。
蒲生、脇坂両軍にほとんど損害が出ぬまま、日が落ちようとしていた。
「「陣触れを出せ」
蒲生賦秀と脇坂安治は命じた。これ以上の進軍は止め、ここで宿営するという意味である。 武士共は河原で一夜を過ごすべく陣屋を設けて炊事に取り掛かった。
「奴らここで一夜を過ごすつもりらしいな」
石川五右衛門は獲物を窺う野生動物のように草叢に身を潜めながら、やはり近くに身を潜めているはずの小川新左衛門に声をかけた。
極めて小声で囁くような声であったが、シノビとして鍛え上げられた聴力を持つ小川新左衛門であれば正確に聞き取っているはずである。
「忍びどもは夜襲を得手とする故、警戒せよと厳しく命じられているが……。ふふ、武士共め厳めしく警戒しておるようだが、心の底では最早忍びなど恐れるに足らず。いつでも返り討ちにしてくれると驕っているのがはっきりと顔に出ておるぞ」
「ふむ」
寡黙な小川新左衛門の同意の言葉を石川五右衛門の耳が拾い取った。
「己等は圧倒的大軍に対して忍びの者らは少数。しかもこれまでの戦いでは全く歯応えを感じることが出来なかった。所詮は天下の半ばを制した我ら常勝の織田軍の敵では無い。一度こう考えてしまっては敵を侮る気持ちはどうしても抜けぬ。いくら上から決して油断するなと戒められてもな」
「そういうことよ」
石川五右衛門が闇の中で獲物を視野に捕らえた飢虎の如き獰猛な笑みを浮かべた。
「驕りし織田の者共よ。今こそ思い知るがよい。多くの犠牲を払ってでも敵に油断の心を生じさせ、闇に乗じて喉笛に牙を突き立てる。これこそ忍びの本領だという事をな」
勝成は主君忠三郎賦秀の本陣の側で食事を取っていた。味噌を塗った握り飯と干し魚である。
(当初はジャッポーネの戦争中の食事に関してはヨーロッパに劣ると思っていたが、慣れると意外にそうでもないかも知れんな)
かつて勝成が聖ヨハネ騎士団の騎士ジョバンニロルテスとしてオスマン帝国と戦っていた時、戦場で食べていたのは主に堅パンや塩漬け肉、チーズにオリーブ油などであった。
一見すると豪華に思えるが、肉の味は非常に塩辛く、またパンは固くてとても食べにくかった。
それに消化にかなり時間がかかったように思える。
それに較べてサムライの戦場食は一見粗末で貧相に思えるが、食べやすくてとても消化が良いという特徴があるようであった。
(特にこの味噌を塗った握り飯がたまらぬ)
ローマ近郊の小貴族ロルテス家の次男として生まれ、主にパンとチーズを食べて育った勝成は当初米を握って味噌を塗っただけの食べ物など野蛮人が食う物だと軽蔑していたが、今ではすっかり大好物となり、合戦以外の日常でも食するようになっていた。
(だがやはり、たまにはワインとチーズで食事がしたいものだ)
ジャッポーネ最大の国際貿易都市である堺であれば、それらを手にする事は容易であろう。
この戦を終え、また主君の供をして千宗易に茶を習いに行く時には必ず購入しよう。
握り飯を食べ終え、指に着いた米粒と味噌を舐めながら勝成はそのようなことを考えていた。




