第53話 南原宇宙技研、ヤタガラス参型試作開始
「推力、データ通りです」
「まさか三日で作れちまうとはな……」
南原宇宙技研株式会社の代表、南原秀一は最初のテストで資料通りの数値が出たことに驚きを隠せなかった。
《KR-BG1 反応制御型ホウ素ゲル化ケロシン燃料》
通常の高精製ケロシンを母材に、微量ホウ素系高エネルギー添加剤、擬似相変化ゲル制御材、燃焼触媒、熱分解抑制剤を加えた複合燃料である。南原が開発したKR-X2ゲル化燃料と比べ、推力比で八パーセント増。貯蔵安定性と燃焼安定性も大きく改善している。
銀河そらから資料を受け取って三日。少量のテスト製造とはいえ、必要な試料の用意から始めて、たとえ事細かな製造指示があったとしてもあり得ない速度だ。
「ヤタガラス弐型には使えそうか?」
「制御や設定は変える必要はありますが、燃料自体は問題なく運用できるはずです」
しかしKR-X2ゲル化燃料は三〇回分の使用予定があるから製造ラインに余裕はない。普通のロケット燃料に比べてKR-X2は扱いが難しい。量産して保存するにも手間がかかるので、ベースとなるケロシン燃料だけ確保しておいて必要な分だけ随時生産という形を取っている。自社生産できる強みである。だからラインは使えないこともないのだが、さすがに使う度にラインを転換するなど無理がありすぎる。
どちらか一方を作るか。それとも新規ラインを作るか。
「弐型で使えるなら燃料のコストも下がるんだが」
KR-BG1はKR-X2よりコスト面でも生産性でも優れている。もちろん性能面でも優位な完全なる上位互換なのだ。
「しかしテストもなしはさすがに……」
「それだなあ」
次回からの弐型の打ち上げは大手通信会社の通信衛星である。いきなり新しい燃料を使うなどというリスクは取れないし、参型の製造を始めるから完成すれば弐型は退役。テスト用の機体を作るのも無駄になる。
「いっそ他所にテストの依頼でもしますか?」
「それなら参型の完成を急ぐほうがいい。とりあえず燃料の製造は保留にする。製造ラインの切り替え計画だけは立てておいてくれ」
続けて他の部署の報告も聞く。最初の報告は、《TGG-1 トポロジカル型半導体チップジャイロセンサー》である。
「TGG-1の生産ですが、半導体型のジャイロセンサー自体が研究室レベルで、実用品の生産はまだどこも無理そうです」
「トポロジカル構造に関しても、理論があるというだけで生産以前の問題ですね」
「もらった品だけで当面は凌ぐしかないか。スペックのほうはどうなんだ?」
南原は部下の報告にそう質問を返す。
「TGG-1はオーパーツですね。性能もオーバースペック過ぎます」
「改良型ジャイロセンサーで性能は十分過ぎますから、メインはそちらにしてTGG-1は一台に付き一つ載せればいいと思います」
「改良型ジャイロセンサーを見せたら先方がライセンス生産をぜひとも検討してほしいと」
「そっちは任せる。しっかりと吹っ掛けろよ?」
倒産危機は逃れたとはいえ、経営は厳しいままだ。もらった技術で金儲けするのは気が引ける南原だったが、資金の当てが増えるのは素直にありがたい話である。
「GRAL-1(グラル・ワン)の生産は目処が付きそうか?」
《GRAL-1 グラフェン強化アルミリチウム合金》Graphene Reinforced Aluminum-Lithium、略してGRAL。これもモコスから提供された新金属である。
「明日にはテスト製造が完了します。性能試験でも問題がなければそのまま生産体制を構築できます!」
「設計班、ロケット本体はどうだ?」
「欠陥、欠点は見当たりません。考え尽くされた芸術的な機体です」
「シミュレーションの結果も良好です。というか……」
「どうした?」
「こいつ、月どころか火星も行けますよ」
会議室がざわめいた。
「複数回の使用を前提にしているので、性能にかなり制限がかけられているんです。だから衛星軌道投入はもちろん、月往還でもかなり余力があります。本気で噴射すれば、火星への直接軌道での到達も一応は可能です」
「一応?」
「このままの設計ですとロケットが噴射の熱に耐えきれませんから、片道の使い捨て前提ですね」
戻すことを考えなければ火星どころかその先でも行けると設計部の主任は話す。木星、あるいは太陽系からの脱出まで。
「つまりこのままの設計でも火星に探査船くらいなら送り込めるのか?」
「余裕ですね。設計の変更ができるなら、耐熱性能を上げるか、ロケットを大型化する。それともいっそ宇宙で宇宙専用の船を作る」
会議室がしんと静まり返った。
「軌道上か?」
「本気でやるならラグランジュポイントかと」
月と地球の間にあるL1に人を送り込める恒久基地を建設する。だがすぐに南原は首を横に振った。
「一体何台参型が必要だ? 火星のことは一旦は忘れろ。予算がない。まずは衛星打ち上げで金を稼ぎながら参型の製造。そして当面の目標は有人月往還だ。いいな?」
予算が今はない。火星どころか月も今の段階では予定すら立てられない。数日前まで会社自体が倒産の危機にあったのだ。それが打ち上げ成功でようやく通信衛星ビジネスでの資金の目処がついただけ。参型の建造費すらまだ確保できていないのが現状だ。
だが資金調達の方法はある。それにはモコス・イクシスに連絡を取らねばならない。そう南原は考えた。
「というわけなんだが、そら君。モコス君に連絡を取れないか?」
南原はすぐに銀河そらに連絡を取った。そうして資金難を訴えたのだ。
「はあ? いきなりモコス様にご迷惑をかけようって言うんですか?」
「違う違う。モコス君に資金調達を手伝ってくれって話じゃない。もらった技術があるだろう? あれを売っぱらって宇宙開発の資金にしたいんだ」
モコスは提供した技術に関しては好きにしろというスタンスだ。だがそれを売って資金にする。さらにはこちらのほうが重要だが、技術を世界的に公開するということになる。それは確認が必要だろうとそらも頷く。
「資金さえあれば宇宙開発は前倒しで実行できる。月どころか火星も行けるぞ」
「火星!?」
銀河そらも宇宙系Vtuberを名乗るだけあって、火星到達が月に比べてどれほど難易度が高いかよくわかる。
「ヤタガラス参型は回収して再利用するために意図的に出力が抑えられている。それを使い捨てにすれば火星でも到達可能だ。まあ片道なんで探査機を送り込むくらいになるが」
そらはモコスの技術力に感心をした。衛星打ち上げから火星到達まで。たった一つの設計でやってしまう、恐ろしいまでの汎用性だ。
「もう一つ利点がある。この技術をばら撒けば、地球全体の宇宙開発が一気に加速する」
「それだとモコス様のことがバレませんか?」
モコスのリスナーなら絶対に関連を疑う。
「いっそ匂わせるくらいのことをしたほうが良くないか?」
「宇宙人説を補強するためですか? あんまり良くない気がしますけど……」
むしろ陰謀論、巨大組織がバックにいる説が強くなりそうだと、そらは考える。それに銀河連盟のことがある。モコスが地球の宇宙開発に介入したとなれば、大問題になるだろう。モコスの身の危険がある。
「だから俺の一存では決められないんだ」
「連絡を取ってみます」
ここのところモコスはあかりのところへと入り浸っている。連絡はすぐその場で取れた。
『構いませんよ。好きにしてください』
三人での通話で南原の話を聞き終えたモコスの返答はシンプルだった。
「いいのか?」
『渡した技術に関しては私は関知はしません』
「でもモコス様の関与が疑われますよ?」
『それくらいは許容範囲です。どのみち月往還計画が発表されれば、それは避けられないでしょうし、その時は私は否定も肯定もしない、そういう立場を取ろうと思っています』
関与を認めない。匂わせない。しかし否定もしない。
『宇宙開発の進行が早まるというのは素晴らしいことです。私も陰ながら応援しましょう』
「ありがたい。それでいくつか質問がある。燃料の合成には成功したんだが――」
新規の技術提供はしないと言ったモコスだったが、この程度ならいいだろうと、南原の質問に淡々と、そして的確に答えていく。資料にない燃料の特性。宇宙、真空下、極低温下での挙動。火星向けへの転用。ロケットの耐熱性能を上げたい。宇宙専用機構想の是非。
『耐熱性能を上げる案はいくつか出しましょう』
耐熱コーティングを施す。重量は増えるが、排熱機構を追加する。制御プログラムにより熱限界の極限まで攻める。
宇宙専用機と聞いて、モコスはすぐに案がいくつか思い浮かんだ。ヤタガラス参型は地球人の設計の発展型だ。だが宇宙専用機となると、独自設計色が強くなる。銀河連盟寄りのデザインは使えない。相当な難題となるだろうが、それだけに設計して実際に作ってしまいたいと思うのだ。
『宇宙専用機に関しては少し考えてみます。それよりこちらからもお願いがあるのですが』
「なんでも言ってくれ」
『私のほうのプロジェクトで資材が不足していまして、廃材でいいので分けてくれませんか?』
偵察機の大量生産に、これまでの海底からの採取では間に合わなくなったのだ。何箇所か海底を移動して採取場所を変えてみたのだが、一部の物質がどうしても確保できない。小惑星帯にならあるが、わざわざ取りに行くのは面倒だ。渡りに船と、手っ取り早く南原のところを頼ることにした。
「廃材でいいのか? それならうちの工場の廃材置き場に山積みになっている。好きなだけ持っていってくれ」
リサイクルして売れる物はすでに売り払ってある。残ったのは売れない素材。外部に出したくない部品。処理に手間と金がかかって放置してある資材などの厄介物たちだ。
『ありがとうございます。もしそれで足りなければ資材の購入を頼むかもしれません』
「もちろんだ。いくらでも頼ってくれ。それで廃材はどうすればいい? どこかへ運ぶか?」
『今から取りに行きます』
「今から? 俺だけならちょうど手は空いているが……」
『では一〇分後に』
「近くに居るのか?」
『宇宙船で取りに行きますから、付近の人払いをお願いします』
一〇分後、一人廃材置き場で待つ南原だったが、特に何も起こらない。宇宙船が飛んで来る様子もない。
「!?」
突然、南原の眼の前で廃材の山が消えた。打ち上げに失敗したロケット本体の一部もある。廃材は数十トンはあった。それがきれいさっぱり無くなっていた。
目を凝らして周囲を必死に見回す。見晴らしの良くなった廃材置き場からはただ軽く埃が舞い上がっていた。
「嘘だろ……」
モコスの宇宙船は五〇メートルほどはあるはずだった。それが音もなく近くに来ていた。光学迷彩によるステルス機能のことは知っていた。だがそんなちゃちなものではない。
光、音はもちろん、五〇メートルの物体が動いて、風の動きすら感じなかったのだ。
社屋に戻った南原の顔色は青かった。本当のところ南原はモコスが宇宙人だというのを心底理解はしていなかったのだろう。だがモコスは本物の宇宙人だ。
南原はよろよろと椅子に倒れ込むように座り、そうして空を見上げた。
モコスからの許可が出た。貰ったテクノロジーの販売計画を立てなければならない。だがとてもじゃないが南原はそんな気にはなれなかった。打ち上げ成功からのどこか浮かれた気分が丸ごと消し飛んでいた。
「嘘だろ、おい……」
モコスは本物の宇宙人だ。そして宇宙怪獣もあの空の向こうに存在するのだ。




