第54話 狭山史郎の受難
狭山史郎は窮地に立たされていた。大量の新しい小惑星の発見。中には地球に接近する危険な小惑星もあった。狭山の提供したデータを元にした、JAXAとNASAの共同観測計画。
そして数日後、未発見の太陽系第九惑星を発表。もちろんモコスから提供されたデータ内にしれっと存在したものだ。モコスが新しく用意したデータ検索システムはものすごく有能で、狭山の希望するデータを瞬時に探し出し、整理して見せてくれるのだ。
狭山は第九惑星公表前にモコスにお伺いを立てた。
『地球人が宇宙に目を向けるのは良いことです』
狭山は国立天文台に連絡を取った。第九惑星の詳細なデータを送った。座標、大きさ、自転周期、公転周期。
宇宙研究をしている大学助教授で話題の小惑星の発見者からの連絡だ。すぐに第九惑星があるという地点を精査、そして数時間でその痕跡を見つけた。可視光線では捉えられない暗さだったが、惑星内部に残留する僅かな熱が最新の機器により観測されたのだ。
惑星だとは断定はできない。しかしそこには確実に惑星規模の天体が存在した。
【「幻の第九惑星」を発見か またもお手柄!狭山史郎助教授、外縁天体の観測から存在を確認】
世界中で話題になった。新聞、ニュース。テレビ特番。狭山史郎は一躍時の人となった。
「すごいじゃないか! 狭山君」
「ありがとうございます、教授」
狭山の上司でもある教授からも称賛の言葉が投げかけられる。
「しかしどうやって小惑星や第九惑星まで観測していたのかね?」
狭山の所属する大学にはそれなりに立派ではあるが、世界的に見れば貧弱な望遠鏡しかない。
「それは……」
迷った末に狭山は話した。
「宇宙人? Vtuber? 君は私を馬鹿にしとるのかね? それとも私には観測方法すら話す価値はないと? 何年も君の面倒を見て、目をかけてやった私がそこまで信用できないとは……君には失望したよ」
「そ、そんな! これは全部本当のことで!」
「取材では一言もそんなことを言ってなかったではないか。本当のことを言えない、他に何か理由でもあるのかね?」
「こ、この映像をご覧ください教授! いま地球の近傍には宇宙怪獣が接近していて……」
SF映画のような映像だった。宇宙怪獣と称するものと宇宙艦隊が派手に戦っている。
「もういい。どうやら君は頭までおかしくなってしまったようだ。来年、いや明日から大学に君の席はないと思うのだな!」
呆然とする狭山に教授は追い打ちをかける。
「どうせ小惑星や第九惑星データもどこかから剽窃したものだろう。せいぜいテレビやマスコミにちやほやされていたまえ。すぐに化けの皮を剥がしてやるからな!」
そう言うと激怒した教授は去っていく。
「待ってください! 違う、違うんです……」
狭山のその言葉は尻すぼみに消えていく。Vtuberから得たデータ。宇宙人。宇宙怪獣。すべて本当のことだ。何も違いはしない。剽窃だけは違ったが、教授にどれほど詰められたとしても、それ以外の答えを狭山は持たなかった。
こうなってしまってはもはや大学に身の置き場はない。抗弁するにせよ、モコスや宇宙怪獣のことを持ち出して学長や教授会が信じてくれるだろうか?
「無理だ……」
小惑星も第九惑星も本当にある。だが指導教授に睨まれ、剽窃の疑いをかけられて追放されては、もはや宇宙研究の界隈では生きていくことはできない。
「終わった」
こうなるとマスコミもどう動くだろうか。データ剽窃の疑い。大学を追放。データの出処をマスコミに突かれても狭山には答えられない。正直に答えたところで個人Vtuberから得たデータだ。宇宙怪獣で地球が滅亡の危機などという与太話、まともな大人なら絶対に取り合わない。
狭山はモコスが宇宙人だと信じていた。大量のデータがそれを示していた。だからモコスにだけは、自分がどうなろうと絶対に迷惑をかけられない。モコスの活動が滞れば、地球が終わってしまう。
そして地球が終わるより先に狭山のキャリアが終わってしまった。
教授の動きは早かった。その足で根回しをしたのだろう。その日のうちに狭山は聞き取り調査という名目で呼び出され、教授とその仲間たちに囲まれた。
情報の出処は? 答えられない。情報提供者に迷惑がかかる。
どこかから盗んだのだろう? 違う。
証明しろ。できない。
「観測情報は絶対に本物なんです。国立天文台やNASAも確認しています」
「認めるのは残念な話ではあるが、当大学には外惑星どころか近隣の小惑星の観測すら可能とする設備はない。外部から得た情報だと狭山助教授は言うが、その出処を話すこともない。それは後ろ暗いことがあるからに違いないのだ」
観測機器は小惑星帯にある銀河連盟の偵察機を改造したものだ。映像もある。だがそれを言ってここで見せたところでどうなるのか。狭山は完全に諦めていた。
「狭山助教授はこれほど貴重なデータを個人で秘匿している。本来なら所属する大学とも共有すべきでそれが筋というものだ。それをここまで育ててやった恩も忘れて、強情にも一切話そうとしない」
ああ、なるほどと狭山は思った。教授は自分も狭山の業績にあやかりたいのだ。
「観測データは特殊な機器により観測され、その詳細は今のところ話すことはできません。しかしそのデータは所有者の許可をもって、僕に提供されたものです。後ろ暗いところはありません」
「その提供者とは誰で、その特殊な機器とはなんだと聞いているのだ!」
「今は話せません」
「どこかの機密情報なのか?」「いいえ」
モコスの情報、観測方法は動画で堂々と公開されている。
「秘密保持契約を結んでいる?」「いいえ」
そんなもの当然してないし、モコスとはチャットで話したことがあるくらいで会ったことすらないのだ。
「ではいつなら話せると?」
そう言って教授は鼻で笑った。狭山が答えなかったからだ。
それはいつか。地球が本当に滅亡の危機になった時。
「すべての情報を開示できたらその時は、きっと貴方がたは後悔することになる」
そう言って狭山は立ち上がった。
「狭山助教授。君には自宅謹慎をしてもらう。処分は追って通達する」
「わかりました。お世話になりました、教授」
「世話になったと言いながら、後ろ足で砂をかけるようなやり方だったな、狭山君。君には本当に期待していたのだがね。とても残念だよ」
それには答えず狭山は部屋を去った。まだできることはあるはずだと思いながら。
もちろん助教授復帰などまったく考えていない。モコスの地球防衛に少しでも足しになること。
『地球人が宇宙に目を向けるのは良いことです』
観測データの閲覧どころか、観測領域の指定権すら狭山に与えられていた。そう思うと助教授の地位など狭山にとって惜しくもなんともなかった。
私物の整理をしようと自分の研究室に戻って、マスコミ対策をしようと思いついた。先手を取るのだ。よくよく考えてみると剽窃など事実無根のことなのだ。正当に得たデータだから被害者など当然いない。
狭山の業績を妬んだ教授が、情報の出処がわからない、剽窃ではないかと難癖をつけて狭山を大学から追放しようとしている。確かに情報の出処は話せないが情報は本物だ。今後も面白い情報を特別に提供してもいい。たとえば第九惑星の追加情報などどうだろうか。本物の情報か、権威だけしかない教授か。どちらを信じるか?
同じ話を数社のマスコミや出版社に話した。学内政治は達者だが、あの教授にマスコミ対策などどれほどできるだろうか?
さらに思いついて狭山は大学へと引き返した。教授の部屋へと向かう。
「何か忘れ物かね、狭山君」
「教授。もし教授が僕のことをデータの剽窃犯だと言いふらすなら僕は名誉毀損だとして法的に訴えることになります」
「なに!?」
「裁判で争いたいならご自由にどうぞ。でも剽窃の被害にあった人なり組織なりを見つけられますか? できないなら教授に勝ち目はありませんよ? そもそもそんなもの存在しませんから」
狭山としても裁判は困るが、体面を気にする教授はもっと困るだろう。実際に剽窃の証拠などない。証拠もなしに裁判を起こそうとはさすがに教授も考えないはずだ。
「ああ、こんな大学にはもう未練はありません。自主退職します」
「こ、後悔させてやるぞ、狭山ぁ!!」
遠吠えを聞きながら、退職がきちんと受理されるよう、大学の事務局に赴き、事務員さんに尋ねながら退職届けを書いて、無事提出した。理由は一身上の都合。きっと即座に受理されることだろうと狭山は思った。
他にできることはあるだろうか。そう考えてモコスに事の次第を報告することにした。
『無職になったのですか!? それは大変なことです』
「それは仕方のないことなんですが、僕の上司である教授が激怒していまして。もしかするとどこかでモコスさんにご迷惑をかけるかもしれないと……」
『教授のほうは私のほうでも少し調べてみましょう。しかし職を失ったというのはとても重大なことですよ』
アンドロイドにとって仕事がないとは、すなわち死にも等しいことだ。
『次の職の当てはありますか? ない? ではよろしければ紹介しましょう』
南原宇宙技研。先日ロケットの打ち上げを成功させ、そしてモコスが打ち上げ実況のコラボをしたところだと狭山はモコスの古参リスナーとして当然把握していた。
『南原社長は私のことをよく知っています。事情を話せばきっと力になってくれるでしょう』
「それは南原社長もモコスさんの事情を知っている、ということでいいんですか?」
『はい。そしてできることならなんでも協力すると』
ああ、それは知っている。それも信じているんだな、そう狭山は思った。自分と同じだ。
すぐに連絡先をもらい、南原社長に連絡を取った。
『狭山史郎助教授? 有名人じゃないか』
「実は大学を退職しまして。モコスさんから仕事を紹介してくれると、南原社長の連絡先を頂戴しまして」
『モコス君から? 狭山助教授……いや元か。狭山君はモコス君の、あー、協力者なのかね?』
「協力者というか、協力してもらっているというか」
どこか探るような双方のやり取り。
『第九惑星がもしかしてそうなのか?』
「モコスさんから提供してもらったデータです」
『なるほど。うちと同じだな』
「同じ?」
『まだ未発表なんだが、南原宇宙技研は月往還ロケットの製作を開始した』
「月往還!」
モコスからの技術提供とは南原社長は言わなかったが、衛星用ロケット打ち上げの成功もモコスが関与しているのではとのモコスのリスナーたちのもっぱらの噂だ。それが月までとなるとその関与は確定的だろう。
『しかも有人だぞ。これから忙しくなる。専門家が参加してくれるならありがたい話だ』
「しますします! ぜひご協力させてください!」
退職届をちゃんと出して良かった。狭山は心底そう思った。宇宙開発に携わる。それこそが狭山の希望だったからだ。
『うちは社員から宇宙飛行士も出す予定だ』
「なります! 社員!」
『そうかそうか。よろしくな、狭山君』
「よろしくお願いします、南原社長!」
宇宙開発どころか実際に宇宙に行けるかもしれない。モコスからの技術だ。間違いなく月にだって行ける。狭山は南原宇宙技研への交通機関を調べ、即座に移動を開始した。
◇◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◇
「狭山君から退職届が提出されている。これはどういうことかね?」
「学長。それは――」
「マスコミの寵児となった狭山君を追い出しただと!?」
狭山を追い出したのは教授の独断だった。
「データの出処がわからない。剽窃の可能性がある? それは本当かね?」
「は、いえ。その可能性があると……」
狭山に裁判でも受けて立つと言われて、教授は明らかにトーンダウンしていた。
「JAXAやNASAがデータの真正性を保証しているのだぞ。データの出処がわからないなど些事ではないか」
「しかし本当に剽窃なら大学の名前に傷が付きます!」
「狭山君にも事情を聞く。もし君のほうが間違っていたらその時は。覚悟しておきたまえ」
学長はその場で狭山に連絡を取った。
「剽窃というのはただの難癖。盗んだという証拠も被害者もいない? もう就職が決まった? 南原宇宙技研? 考え直したまえ狭山君。大学でのキャリアを……電車で移動中? わかった。電車から降りたら一度連絡をくれたまえ」
南原宇宙技研は教授も知っていた。ロケット開発のベンチャー企業だ。失敗続きでろくな技術力もない企業だと思っていたが、もしそこが特殊な観測技術を保持していたとしたら?
「バックに南原宇宙技研が居たのか……」
「退職届を出したその日に就職が決まったのだ。前々から交流があったのだろうな」
「私は騙されたんです! そもそも狭山が情報を共有してくれていたらこんなことには!」
「情報を共有して成果も共有かね? 君には少し良くない噂が以前からあったが……どうやらどちらを信じればいいか。私にもわかってきたようだ」
数日後。目立たないニュースが流れた。
【地方大学教授、研究費の私的流用の疑いで捜査】
匿名の通報だったらしい。
データ剽窃の疑いをかけられて大学を追放されたが、戻ってこいと言われてももう遅い
スピードざまあ回




