第51話 アシスタント採用テスト
「え? そんなに無理しないでも、ボク自分でなんとかするよ?」
「すいません、本当はアシスタントの仕事にとても興味があります」
モコスは働くために生まれてきた存在だ。アニメや漫画を見る時間も好きではあるが、やはり仕事をして認められたいという思いが根底にはある。だからアシスタントの話を聞いて、即座に可能性を考え、自ら提案したのだ。
「さいよおおおおおおおお!」
「採用、じゃないでしょ、あかり……」
「だって。モコスちゃんとお仕事したい~」
「お気持ちはうれしいのですが、いきなり採用では配信を見ている方々が納得しないでしょう」
それもそうだと、真面目に面接っぽいことをすることにしたあかりである。
「モコスちゃんはイラストが描けるのかな? 漫画を描いた経験は?」
「イラストは描けるかもしれません。漫画を描いた経験はありません」
「描けるしれません?」
モコスのよくわからない言い方にあかりは首を傾げる。
「説明するより昨日のモコス様の配信を見たほうがいいかも。配信に使うオープニングとエンディングの動画を配信で作ってたから」
「ポートフォリオがあるんだね」
ポートフォリオ、クリエイターの実績や制作した作品のことだ。実際に作ったモノがあるなら、それを見せたほうが実力は測れる。
すでに切り抜きもあったので、配信で視聴者たちと鑑賞をすることになった。
最初にモコスが作ったオープニング映像が配信に流れる。
『なかなか良い出来になりましたね』と過去のモコスが満足そうにうんうんと頷く。
「完成度は高いけど、漫画向きかというとちょっと方向性が違うね」
そうあかりが映像を見て論評する。最初のオープニングはイラストというよりCGに属するものだ。あかりの漫画はファンタジー作品である。SFとはジャンルも違う。絵柄の毛色も違う。切り抜き動画は進んでいく。
【では製作過程を見ていこう】とテロップ
『自分で作ろうと思ったんですが……こう、思ったより難しくて』
高名な作曲家であるNeo-T氏から提供されたオープニングとエンディング用の楽曲。モコスはそれに自分で映像を付けようとしたのだが、創作能力の無さっぷりから即日製作は頓挫した。事件や引っ越しなどの忙しさもあった。時間があればモコスとてなにがしかの成果は出せたはずだ。
【案を出すか!】
そのリスナーの一言で事態は加速する。配信上で映像を作っていくことにしたのだ。モコスはリスナーの意見を拾い、出された案をまとめながら映像を形にしていく。
そうして二〇分ほどで六〇秒の最初に流れたオープニング映像が完成したことがテロップにより示される。
「二〇分でこれが出来るものなの!?」
切り抜きを見たあかりが驚いている。
「どのような映像が必要か、明確な指示があればさほど手間はかかりません」
あかりの言葉にモコスが答える。
「もうこれだけで食べていけるんじゃない?」
「私は指示がないと動けません」
そうあかりに答えるモコスにタイミング良く動画のテロップが入る。
【おわかりいただけただろうか? このモコス・イクシス、指示がないと一〇〇パーセント動けないのである!】
:全部リスナーのアイデアで草
:ちょっとくらいは自分で……え? まったく? ゼロ? ナッシング?
:驚いたなあ
:いやでもこの速度で作れるってだけで
あかりの配信を見ているリスナーもそんな驚きの声をあげている。
『はいはい。次はエンディングを作りますよ。アイデアを出してください』
切り抜きのモコスがリスナーにそう促す。
【これだけ作成速度早いんだし、いっそ何パターンか作ってしまえば?】
『まあいいですけど。その代わりきっちりアイデアは出してくださいよ?』
【なんやその言い草は】【せやせや。お前のチャンネルのための映像作りやぞ】【そんなことよりアイデア出すぞ!】【アニメもいけるってマジ?】
『もっと具体的で詳細な指示が必要です。それが貴方たちの役目です』
切り抜きの中のモコスがどこか他人事のように指示を要求する様子が流れる。リスナーはそれに対して文句を言いながらも次々と具体的で精度を高めた案を出していく。
そうして三時間後。各六〇秒。五パターンのエンディング映像が完成した。
【マジで全部完成した】【アニメMVってこんなに簡単に作れたんだな……】【いやいやいやいや。こんなの絶対おかしいよ!】【だから宇宙の技術だろ】【うちのチャンネルのオープニングとエンディングの依頼もできませんか?】
『依頼は受けません。これ以上タスクは増やせないので』
『それに映像が完成したのもリスナーのみんなのお陰で、私には映像を作る才能がないようです』
【三時間で六本の動画を作って才能がないとは?】【確かにアイデア出しは一〇〇パー俺ら任せではあったが】【こんなアンドロイドが一人うちに来てくれればなあ】【銀河連盟のアンドロイドってすげえんだな】【だからあり得ないって。あり得ないよな? 絶対事前に仕込んでたんだ。そうに決まってる……】
「これマジ?」
「切り抜きはダイジェストとなっていますが、正真正銘三時間と少しで作成したものです」
実際の映像の一部切り抜きではあるが、確かにリスナーの意見をリアルタイムに形にする様子がよく分かった。事前に仕込みがあった、作っておいたんだろうという声も、二つ作り、三つ作りとしているうちに完全に消えてなくなっていたのだ。
「なるほどぉ。確かにイラスト作成とも漫画製作とも違う。けど指示があればいけるのか」
少し考えてあかりは言った。
「じゃあさっきのモコスちゃんのイラストに背景をつけてもらおうか。液晶タブレットの使い方はわかるかな?」
「使うのは初めてですが、使い方は調査しました」
「さっきの動画は何で作ったの?」
「連絡艇の頭脳体のシミュレーターです」
「なるほど?」
詳しい方法に関してモコスは説明しなかった。モコスがやっていることはシンプルだ。銀河連盟で普通に使われている汎用シミュレーターで出た要望を再現するだけ。アニメ絵やイラスト風はそこから必要な変換を行う。銀河連盟の製品に再現できないシミュレーション状況はない。
「指示があればいいんだね。天使が居るのは病院。死にそうな入院患者を覗き込んでいる。深夜。月明かりで薄っすら明るい」
モコスはすぐにあかりが入院していた部屋だとわかった。だがそのままはまずいだろうと、似たような部屋を参考に病室のモデルを作成。天使のイラストの下層レイヤーに仮配置して視点や配置を調整していく。最後に線画化モノクロ化して確認する。そのままでは違和感がある。一般的に漫画には遠近法が使われている。イラストの比率を調整し、不自然に見えないようにする。良さそうだ。
「どうかな? できそうかな?」
液晶タブレットを前に動きを止めているモコスにあかりがそう声をかける。ここまではまだ頭脳体のデータ上だけでの操作だ。ここから地球のシステムに情報を送る必要がある。
自分の配信ではできた動画をそのまま配信に流せば良かった。しかしすぐ横に雇用主であるあかりがいるし漫画は芸術作品だ。ここは地球人のやり方に倣うべきだとモコスは液晶タブレットのペンを手に持った。直接のデータ転送、機器やアプリケーションの直接操作は便利であるが、地球人にチート行為だと受け取られる可能性もこれまでの経験でわかっていた。
「お、おー。早いね。迷いがない」
モコスの手によりペンタブに線が引かれ、背景が形になっていく。地球人の方法論で言えば模写を行っている。だがアンドロイドがやるとトレースと同意義になる。記憶したイメージが完璧だからだ。ただ手書きなのでその出力に差が出る。さすがに完璧とはいかない。手の動きに関してはゲームをやっていくうちに操作性を最適化できた。だがやはりわずかながらブレが出る。
モコスはそのブレは修正しなかった。人間の目ではほとんど違いは見分けられないだろうし、完璧ではないことが味になるからだ。
:はっや
:倍速で流してる?
:五倍速くらいに見える
「眼の前でちゃんと書いてるよ……」
唖然とした様子のあかりが、それでもリスナーのコメントに答えた。早すぎたか、そう反省したモコスだったがわざわざ描画速度を抑えるのも面倒だと、最後まで背景を描ききった。
「イラストの雰囲気に比べて少しカッチリしすぎているけど、文句なしの出来だね。仕事も恐ろしく早い」
天使はラフに書かれているから完成度の高い背景から浮き気味にはなっていた。その問題点はモコスも理解していたが、今回は背景のテストであるし、天使も未完成品なのでそのまま完成させたのだ。
:さいよおおおおおおおおお
:人間業じゃない
:人間じゃないし
:前もって用意してたんだろ。それをタイムプラスで見せてただけ
:天使のイラストも背景の指定もいまやったばかりだろ
:モコス「描けるかもしれません」
:驚いたなあ
「これ、カラーにできる?」
あかりはそう言っていま背景が完成したばかりの天使の原稿を指差した。
「カラー化ですか? では色の指定をお願いします」
「やっぱりそこからかあ」
あかりはそう言いながらも天使のキャラクター設定を話し始める。
「髪は銀。目は青。衣装は白を基本にして金の装飾。翼は真っ白。ただし影は少し青っぽく」
「肌の色、彩度、光源色、影の濃度は?」
「細かい……指定は絶対に必要なの?」
「ある程度はこちらの裁量でもできますが……」
それでちゃんと出来るかモコスに自信がない。カラーの資料があれば参考にできるが、あかりが描いたカラー原稿はそれほど多くもない。仕方なしにモコスはあかりのカラー原稿を参考に、不足する部分はシミュレーションに寄せることにした。
指示を待つだけが仕事ではない。融通を利かすということも大切だとモコスは地球で学んでいた。なによりモコスはずっと自分で考えて動かねばならなかった。リスナーに意見は求めるが、最終決定は自分でしてずっと活動してきたのだ。
問題は天使の部分。そこはラフ画だ。それを単純に線画にすれば元の雰囲気を壊してしまうことになる。背景の色指定はほぼ即座に完了した。
モコスは天使のラフ画をまず立体化した。ざっくりとした平面のイラストでも、情報量が十分なら立体化は難しくない。注意をするのはラフのふんわりとした雰囲気を残しながら、細部を補完していくことだ。
そうして出来たものに着色をした。出来たイラストはリアルすぎて月光に照らされた人形のようにしか見えない。色数を減らす。影のライン、シワ。アニメ調の塗り。
モコスはシミュレーション環境上で完成したイラストを眺める。悪くはない。平均点以上の出来なのは確実だ。だが果たしてプロの仕事としてあかりは満足してくれるのか。
不安を覚えながらもモコスは液晶タブレット上での作業を開始した。背景に色を置いていく。地球のアプリケーションも作画や彩色を効率化している。色を置けば線で区切られた範囲内がすべて同色で塗りつぶされる。光源からの角度。影。使う色を少しずつ変えるが、種類は少なくていい。
そして天使の部分。より柔らかな色変化が求められる。顔や髪の部分は特に細かくはなるが、アンドロイドであるモコスは速度を落とさず色を置いていく。
:早送り?
:これは一〇倍速だね
:うまい
:天使ちゃん、ラフだったのにちゃんとカラーになってる
:人間業じゃない……
:アンドロイドすごい
「手がすごい速さで動いてた……」
完成したカラーを前にあかりの動きがしばし止まる。
「いかがですか?」
「あ、あー。もう少し全体的に明るいほうがいいかな?」
あかりが感じたことをぽろっと言うと、モコスがペンを片手になにやら操作していくとイラストが変化していく。頭脳体のシミュレーターを使うまでもない。使っていたイラストアプリの機能を使っていく。地球らしくシンプルなアプリケーションであったが、必要な機能は揃っていた。
幻想的なイラストだった。月明かりに照らされて可愛らしくも美しい天使が柔らかく微笑んでいる。
「採用」
これで勝てる。そうあかりは思った。何に勝つのかは自分でもよくわからなかったが。




