第50話 観奈月あかり復帰配信
「リスナーのみんな待たせたな! ボクが戻ってきた!」
:うおおおおおおおおおおおお
:観奈月先生!
:復帰?復帰なの?
オープニング画面が切り替わる。執筆部屋を模した背景にあかりのアバターであるメガネっ娘が登場し、そう挨拶をするとコメント欄が一気に盛り上がった。
「そして読者のみんな。待たせて済まなかった」
打って変わってあかりは静かに、真剣な声で言う。
「時期はまだ未定だが……」
そう言って焦らすように言葉を切った。
「連載を再開する。なる早でだ!」
:わああああああ
:ずっと待ってました
:復帰おめでとうございます!
:病気は無事治ったの?
「病気ね。一時期はボク死んじゃうの? とかガチで思ってたんだけど、なんか治りましたね。これも治療に尽力してくださった方々のお陰です」
むろんモコスに一番の感謝をしているあかりだったが、それもガンの治療に真摯にあたってくれた医療関係者たちが居なければ病状が進行し、モコスと出会う前に死んでいてもおかしくなかった。
「というわけで今日は復帰宣言と、原稿をやりながらの配信となります」
アバターがそのままに、背景がイラストアプリに切り替わり、さらに操作されてラフな線画が表示される。主人公とヒロインが魔物と向かい合っている一枚絵だ。連載用の原稿だとネタバレになって見せるのが難しくなる。だからこれは物語の内容に影響のない扉絵用のイラストの作成である。
「入院中は大型の液晶タブレットを持ち込むわけにもいかないし、ネームとかは描いてたんだけど、戻ってきて本格的に描く前に、今日はリハビリも兼ねてって感じだね」
あかりがそう話しながらもラフを補強するように線を描いていく。
:相変わらずうっま
:描くの早くない?
:あかり先生、このうまさで手も早いんだよね
「まだ下絵だしね。最終のペン入れはもっともっと時間かけるよぉ」
:下絵でもう売り物になりそう
:あまり無理はなされないでくださいね
:そうそう。健康で長く描いてくれるのが一番
「うん。健康には本当に気をつけるよ。みんなも健康診断とか行かないとダメだよ。特にボクみたいな仕事だと定期検診もないから」
病気の発見が遅れたのは無理をした結果だった。個人事業主の健康診断は自己判断だ。本人に行く気がなければ行く必要もない。当然あかりも忙しさにかまけて行かなかったし、日常的な体の酷使で病による不調にも気づけなかった。そうして体が限界を超えた頃にはもう手遅れ。そんな感じのことを絵を進めながらつらつらと話すあかり。
「体はもう大丈夫。今は体調がすごくいいんだ。もちろん無理するつもりはなくて」
ガンの完治に関してはもう疑う余地はないとあかりは考えている。体感でガンが治ったかどうかの判断などできるはずもないのだが、体調の異常なまでの良さに加えて他の部分も明らかにおかしいのだ。
まず入院生活で落ちた体力が元に戻っていた。高校生くらいの、一番体力があった時期まで戻っているかもしれない。そしてガリガリになるほど体重も落ちていたのがなぜか太りすぎず痩せすぎずのすっきりした体型になっていた。
慢性的な腰痛や腱鞘炎は静養中に治った可能性はあるにせよ、全身のどこにも痛みを感じない。リハビリのつもりだったが指も驚くほどスムーズに動く。ここ一ヶ月ほどはペンを持つことすら苦痛だったのにだ。
「せっかく治ったんだし、体は大事にするよ。あー、連載ね。アシさんたち、ボクの復帰がいつになるかわからなかったから、一旦辞めてもらったんだよね。ガチで死ぬこともある病気だったし、本当に覚悟はしてたんだよ? いやー治ってほんとに良かった」
あかりの説明にリスナーたちからも安堵の声があがる。
「それでねぇ。自分でも背景まで全部描けるし以前は描いてたんだけど、週刊連載ペースじゃアシさんの手がないとどうやっても間に合いそうにないんだよね。まあそのあたりはこれから編集さんとも相談して決める感じかな」
決定的だったのは視力の回復である。あかりの視力は0.5かそれ以下。裸眼で日常生活がギリギリのラインで仕事中はずっと眼鏡をしていたのが、眼鏡なしでも驚くほど視界がクリアになっているのだ。絵を描こうと仕事用の眼鏡をかけてようやくあかりはそのことに気がついた。眼鏡をするとかえって視界がぼやけるのだ。
以前は裸眼では細かなラインが見づらかったのが、眼鏡なしでもやけに鮮明に見えるのだ。もしかすると1.5くらいはあるのではないか。原因は宇宙人だと自称するモコスの、ナノマシンによる治療しか考えられない。ガンだけでなく、あかりの体の不具合を一切合切治してしまった、そういうことなのだろう。
「描けるようになって、ボクはほんと幸せ者だよ」
視力の回復に気付いた時は動揺したあかりだったが、体力や視力の回復も漫画を描くため。あまり深く考えないことにして、イラストの製作に取り掛かった。そうしたら視力の回復もあってかひどく調子良く描けて、中断したくなくて今に至る。
「ほんとみんなにも連載中断で心配かけたし、関係者にもずいぶんと迷惑をかけたよ」
アニメ二期の放送決定の矢先に原作者が倒れる。復帰未定どころか死亡などになれば二期の放送にも影響が出かねない。しかも原作は未完。当然アニメも続編が望まれたところで未完で終わる。
せめてネームだけでも完結まで。あかりはその思いで治療中もペンを握ったが、進行する病に体は蝕まれ、治療の副作用で頭もぼんやりする時間が続き、やがてペンを持つのすら苦痛でままならなくなった。
「あー、うん。病名は内緒。でもお医者様も覚悟はしておいてくれって。弁護士さんも呼んで遺言書まで書いたんだからね?」
それは焦燥と絶望、怒りと諦め、そして後悔の日々だった。そこに救いが、天使が舞い降りた。
「大丈夫。ボクはもう大丈夫」
リスナーの心配する声に入院中のことを思い出して胃がきゅっとなったあかりだったが、モコスをちらりと見てすぐに心が落ち着いた。
「漫画を描くんだ。ボクはこれしか取り柄がないからね」
そこであかりはイラストの全体を見るために手を止めた。
「うん。いい出来かな? 完成まではまだまだだよ。細かい修正もいるし、背景もいれてないから。アシさんが居れば、ここからの作業は半分くらいは任せられるんだけどね」
後ろで待機していたそらは、ちらりとモコスのほうを見た。モコスのオープニングエンディング作成動画は当然そらも見ていた。モコスは自分で何かを創作する能力はないとモコスは言っていたが、実写からCG、アニメ調のイラストまで。どうやってかリスナーの要望に応えて爆速で描いて……作って見せたのだ。ならアシスタントもできる能力もありそうだ。だけどそんな要望、地球を守る使命のあるモコスに出すなどあり得ない話だ。
モコスは地球防衛の唯一の希望、最終防衛線。それに漫画のアシスタントをさせるなど、考慮する以前の話だ、そうそらは考えていたのだが……
「つまり連載の再開にはアシスタントが居ればいいのですね?」
突然のモコスの発言が配信に乗り、コメント欄が騒然とする。
:誰?
:今日はコラボなんだっけ?
:オフコラボなのか
:この声は……?
:そらちゃん?
「それはそう」
あかりは少し戸惑ったように言う。
「あっ、紹介するね。本日のゲスト~。銀河そらちゃんとモコス・イクシスちゃんでーす」
:そらちゃんと、誰?
:モコスたんだ!
慌ててそらの操作により準備されていた二人のアバターが表示される。
「なんと今日は、私の復帰祝いということでお家に来てもらっています!」
わー、ぱちぱちぱちとあかりが拍手をする。
「ご紹介に預かりました、宇宙にちょっとだけ詳しい系個人勢Vtuber、銀河そらです。先日の南原宇宙技研のロケット打ち上げの実況配信とかやらせてもらってますので、よければご視聴くださいー」
そらが淀み無く自己紹介を行う。
「そらちゃんのチャンネルは概要欄に貼っておきますね。そしてもうひと方は~」
「宇宙怪獣と戦う(予定)《かっこよてい》、銀河美少女!モコス・イクシスでーす」
感情の籠もってない声でモコスが言う。
:わー、ぱちぱちぱち
:誰?
:棒読みは草
:なんだこの自己紹介
:宇宙怪獣ってなんぞ
:でもかわいいね
「それでモコスちゃん、アシスタントの話なんだけど」
本来ならここで雑談をして、二人のゲストの紹介をしっかりとする予定だった。こんな名前と一言だけの自己紹介だけでは、あかりのリスナーには「誰?」のコメントの嵐である。
「はい。私、アシスタントも少し出来ます」
「ほんと!?」
これはモコスが適当なことを言っているわけではない。観奈月あかりのコミックを精査した上で、アシスタントの担当部分を確認。モコスの描画能力ならおおよそ代行できるとのシミュレーション結果である。
「ただし、あかり先生の要求レベルに達しているかのテストは必要ですが」
だができる、というのはあくまでモコスと頭脳体の判断にすぎない。実際にアンドロイドや頭脳体を使うかどうかの判断はどこまでも雇う側に委ねられる。なによりできるからといってアンドロイドは自然人の仕事をみだりに奪ってはならない。それは人に奉仕するために生み出されたモコスたちの、守るべき絶対の掟なのだ。
「天使な上にアシスタントもできるとか、神か。いや天使だった」
:天使?
:実物はそんなにかわいいの?
:モコスたんのリアル姿を見たい方はメンバーシップで!
:うっ……月面飛行……
:実物はアバターよりかわいいぞ
:ほう。それほど興味はないけど念のために見てみるか
「モコスちゃんは! 見た目も天使なんだけど! その心! 精神性が天使そのものなんだよ!!!!」
:声でか
:へー、見てみたいね
イラストの画面がホワイトのキャンパスに切り替わり、あかりが猛烈な勢いで線を引き始めた。デフォルメされた羽根を生やしたモコスの姿絵が一気に描きあげられる。
:かわいい
:天使だ
:精神性とか以前にまんま天使じゃん
「ああっ~」
「ど、どうしたの?」
ラフ天使絵を描いたと思ったら突然机に突っ伏したあかりを心配してそらが声をかける。
「本物のほうがもっとかわいいよぅ」
:そんなにか
:モコスたんはかわいいんだよ!
そらも確かにと、頷く。
「ありがとうございます。それでアシスタントの話ですが」
:さらっと流された
:あかり先生が情緒不安定すぎるんよ
「んー、じゃあ試しに何か描いてもらおうか!」
「待って。モコス様、アシスタントなんてやってていいの!?」
あかりの言葉にリスナーからも色々な声があがる。
:アシスタントなんて?
:モコスたんは本業があるので
:宇宙怪獣と戦ってもらわないかんのや
:なんだその設定
「私も本職がありますので一時的なお手伝い、ということになるでしょうね」
:本職ってVtuberか
:地球防衛の防衛だよ。宇宙怪獣と戦う銀河美少女だよ
:元の元は宇宙交易商人の助手じゃ?
「モコスちゃんは地球防衛のためにお仕事をしているんだよ。だからアシスタントはやっぱり難しくない?」
そらがなおも言う。たとえ一時的といえど週刊連載のアシスタントは仕事量が多い。そして毎週。連載終了まで終わることはない。
「私がお手伝いをしている間に、元のアシスタントに戻ってもらうか、新しいアシスタントを探してもらいます」
モコスがアシスタントをする。せっかく有望な漫画の権利を手に入れたのだからモコスとしても続きを描いてもらいたい。もちろん一時的な処置だ。地球防衛のための時間を削れないし、ずっと地球に居られるわけでもない。モコスがアシスタントを勤めながら新しいアシスタントを探す。元のアシスタントに戻ってもらう。モコスはそれまでのつなぎだ。
アシスタントができる人物はこの日本にたくさんいるはずだ。だがそのマッチングができない。だからモコスが探す。モコスの情報力でその人の能力はもちろん、人物人柄経歴まで。モコスならおおよそ調べ上げられる。
先ほど思いついてから調べ始めてすでに数人の目星はついている。まずは実際にアシスタント業務をやっていたことがあって、今は仕事をしていない、あるいは漫画から離れている人物。それは出版社や漫画家の銀行のデータを漁れば簡単に出てくる。そこから必要な能力をスクリーニングしていくだけだ。量産を始めた偵察機で実際の人物を確かめに行ってもいい。
情報収集はモコスの得意分野である。そして色々な事情が重なってモコスの情報網は地球全土を覆いそうなほどにまで成長しつつある。現地治安組織からの許可もある。むろん本来の目的外での情報収集はよくないのだが、これは地球防衛にも関連する活動だし手心を加えるつもりはないモコスである。
「もちろん地球防衛活動に関しての時間は一切削りません。ですが時間のリソースは有限です。何かを成すためには何かを削らねばなりません」
「それはダメだよ!」
あかりが咄嗟に声をあげる。時間が足りない時に真っ先に削られるのは何か。睡眠、休息の時間だ。
「眠る時間を削ってまで仕事して、それでボクは病気になったんだ。それはダメだよ……」
悲しそうにあかりが言う。自分のために他人が、それも愛するモコスが犠牲になるなどあってはならないことなのだ。
「私は眠る必要はありませんから睡眠時間は削ることにはなりません」
「そうなの?」
異星人でアンドロイド。異星人であることには納得したあかりでも、その設定はモコスを眼の前にすると実感はまったくない。髪の毛はさらさらでほっぺもぷにぷにして柔らかそう。モコスは可憐な人間の美少女にしか見えないのだ。
では何の時間を削るのか。深刻な声でモコスが語る。
「苦渋の決断ですが、アニメの視聴時間を当面の間削ることとします……」
:思ったよりしょうもない決断だった
:なんて辛そうな声だ
:アニメ視聴と比べてて草
:アニメよりアシスタントを優先してもろて
:でもアニメ見て地球助ける気になってくれたしね
:そもそもアシスタントなんかできるのかって話なんだが




