第41話 銀河そら、公式アンバサダー就任
「なあ、これって……」
「しっ。ダメだって」
モコスの資料を渡されてかなりの時間が過ぎ、ようやく南原宇宙技研の社員、エンジニアや研究者たちはヤタガラス参型の設計の異常さに目を向け始めていた。そしてその目線の先は応接ブースで南原社長と、何か話し込んでいるVtuber銀河そらである。分厚い資料と二種のジャイロセンサーに金属素材が入ったらしき箱を応接ブースに持ち込んだ人物でもある。
「設計図は本物だ。情報の出処も問わない。だがもう少し社長の考えを聞かないことにはどうにもならないと思わないか?」
社員の一人が言う。外部から持ち込まれた設計図である。どれほど高度で精密であろうと信用しきることは到底無理だ。社長からは見ろとだけ言われて渡されただけでは、さすがにこの資料をどう捉えていいのか不明瞭すぎる。このままの設計図で作るのか。それとも試験や検証を経てのち、製作に移るのか。あるいはこの設計図をたたき台に新たな設計を組むのか。
「銀河そらってのは何者なんだ?」
「宇宙に詳しいVtuber……普通の動画配信者だったはずだ。前から知っているが怪しいところはない」
広報担当の社員がそう発言する。銀河そらに案件を持ちかけ、実現した社員である。案件を投げるに当たって調べられるだけ調べたが、ただの個人Vtuber以外の何者でもないはずだった。裏もない。地に足を付けた堅実な活動をしている配信者のはずだった。
「じゃあもう一人の娘は?」
「モコス・イクシスか……」
「そっちのほうはもう帰ってるみたいだけど何かあるのか?」
「俺も今日ゲストに呼ぶからって初めて名前を聞いたくらいなんだけど、自称宇宙人なんだよ」
広報担当もモコスに関してはまったく知らなかった。銀河そらに関しては以前から知っていたが、どうやらモコス・イクシスというVtuberは最近デビューしたばかりで、ここ最近の南原宇宙技研は打ち上げの失敗が続き、新しい情報を得る機会などなかったのだ。当然他の社員も誰も知らなかった。
「ファンの間じゃ本物の宇宙人だって派閥と、宇宙人なはずがないって派閥が真っ向から論争してる」
広報担当がざっとネットを調べてみると真っ先に論争がひっかかった。
「ちらっと見たけど人間の女の子だったぞ?」
「めっちゃ可愛かったな」
「配信も普通にしてた。ロケットの知識は結構豊富だったが……」
だからといってあの小さい子がこの資料の出処というのは到底あり得なさそうな話であるし、社長が月往還をぶち上げてからもう一時間以上応接ブースで話し込んでいるのは銀河そらのほうである。
もう少しモコスのほうを調べてみるかと、広報担当がノートパソコンに目を向けたところで、ようやく社長と銀河そらが応接ブースから出てきた。
「よーし。手を止めて聞いてくれ。この度、この銀河そら君にはうちの企業アンバサダーとして活動してもらうこととなった」
ざわめく社員たち。好奇の目が一斉に銀河そらに注がれる。
「銀河そらです。非才の身ですが、南原宇宙技研の今後の発展と打ち上げの成功に、微力ながら協力したいと思っております。よろしくお願いします」
そう言って、えらく注目されていることに少しびびりながらも、それでもしっかりと頭を下げる銀河そらである。
「じゃあ銀河そらさんが……」
広報担当が銀河そらを見て、会議テーブルの上に並べられている資料やセンサーを見る。
「ち、違いますから! 私はそれには一切関わっていませんから! 本当ですからね!?」
銀河そらは必死に、顔色を変えて抗弁する。確かにこの銀河そらが月往還ロケットの設計をしたというのは少々無理がある話だと、広報担当は思う。なら誰が。あるいはどこから?
「詮索はするなと言ったはずだぞ? それでだ。銀河そら君は今後、うちへの出入りを自由にするし、情報の閲覧許可も与えるから、希望したら全部見せてやってほしい」
「全部って機密情報もですか?」
「そうだ。機密から会計まで、銀河そら君の希望があればすべて、完全にオープンにしろ」
やっぱりだ。そういう目線が銀河そらに集中する。ただの企業アンバサダーに社内の機密どころか会計まで見せるわけがないのだ。
特別な入場カードの用意。内部情報への完全なアクセス許可。そして年間一二〇〇万円(経費自由)の契約に、この打ち上げ施設と本社工場の両方に、銀河そら専用の個室まで用意するのだという。社長は銀河そらには相当に気を使っていて、要望があればすべて対応しろとまで言われる始末。アンバサダー就任の発表は月往還計画の公表と同時に行われる予定だという。
「モコス? あのお嬢ちゃんは銀河そら君が呼んでゲストで来ただけだし、さっさと帰っちまったしな。もしかするとまたゲストで来るかもしれんから、銀河そら君が連れて来るならしっかりと便宜を図ってやってくれ」
一応モコスのほうも何かあるのかと社長に聞くが、何もなさそうなこの返答である。
「なあ、やっぱり……」
「しっ。ダメだって。うちの機密保持契約を違反するとガチなんだぞ?」
明らかに怪しい存在であるモコスに気がついた者が居たとしても、社員同士で話すことすら禁じられてはその情報は広まることもないし、月往還計画の始動により限界まで働くことになっては、ネットサーフィンや動画視聴をする暇などあるはずもなく。
「それに俺たちは月へ行けることを感謝すべきで、社長が情報提供者を詮索無用というなら、喜んで黙っているべきじゃないか?」
こうしてモコスへと一瞬向けられた疑惑は銀河そらがすべて持っていき、彼らが真実を知るにはもう少し時を待つことになるのだった。




