第37話 技術支援の提案
ガチの宇宙人。今朝設計して、物質合成機で作った高性能ジャイロセンサー。挙句は宇宙怪獣である。
いくら今日のミッションの奇妙な完璧さを持ち出されても、本物にしか見えない設計の、喉から手が出るほど欲していた優秀なジャイロセンサーを見せられても、南原社長にも限度というものがあった。
「ほんとうーにっ、真剣な話なんです! 最後まで聞かないと絶対に後悔しますから! あ、これ。これも渡せって言われてました。ジャイロセンサーの譲渡書と特許関係の書類です。そのジャイロセンサー、今なら無料なんですよ! だからお願いしますっ」
応接ブースはパーティションで仕切られただけで部屋には社員もまだ残っている。銀河そらが興奮して大きな声になるのを社員が何事かと覗きに来たので南原社長はそれを追い払い、しぶしぶ腰をおろした。
しかし出された書類を改めて見て、真剣に見る気になった。
ジャイロセンサーを正式に無償譲渡するという書類はいい。だが特許関連の書類というのはこれがとても面倒で複雑で、素人に作れるようなものではないのだが、南原社長見た感じ、それがこのまま提出できそうなほど完璧に書式が揃えられていたのだ。最初に見せられた設計図はあくまで設計図。実際に作れなくてもそれらしいものをでっち上げることは可能だ。
だがロケット関連の技術というのは最先端技術の塊だ。自分たちで特許を取得するし、他所の特許を使わせてもらうことも多い。それで特許権に関する書類には南原社長は詳しかったし、それが遊びや冗談で作れるほど簡単ではないことを知っていた。
銀河そらの言葉より、この書類に整えられた書式に、この件の真剣さが南原社長には伝わり、本気で話を聞く気になったのだ。
「ジャイロも気になるが、まずは今日の打ち上げの話だ。君たちが何かした、そういうことでいいのか?」
私は高度な技術力を持つ宇宙人で、ロケットの改良のお手伝いができる。今朝方モコスが語った言葉を南原社長は思い出していた。
「モコス様は今日の打ち上げが失敗する。成功したとしてもそれは偶然上手くいっただけで次が続かないと言ってました」
南原社長は渋々ながら頷いた。
「でも打ち上げは成功したほうがいいだろうと、ロケットに手を加えたんです」
「制御プログラムか?」
銀河そらは驚いた顔をしてコクコクと頷く。
「それと燃料にナノマシンを入れて燃焼を安定させたと言ってました。あ、ナノマシンはもう分解されて見つけることはできないと思います」
立ち上がった南原社長に銀河そらが言う。
「他に手を加えたのは? わかった。制御プログラムを確認してくる。少し待っててくれ」
そう言い置き、南原社長は厳しい顔で管制官のパソコンへと向かう。ロケットの制御プログラムは打ち上げ前に何度も、複数人でチェックした。しかしチェックプログラムを走らせたり、入力して正しい出力が出るか、地上からの操作を受け付けるかどうかであって、生のコード自体を確認などはしないのだ。
開いたコードを確認していく。南原社長の目にはコードは正常に見えた。膨大なコード全部を見るのは無理がある。少し考え前回の打ち上げで使ったコードを探し出し、差分を取ることにした。すると出るわ出るわ。コードの容量は三倍にまで膨れ上がっていた。どうやったか直前に書き換えられたのは確かだろう。でなければさすがに担当の者が気がつくはずだ。
「誰か! ちょっとこっちに!」
その声で何人かがやってくる。
「こいつはヤタガラスの新しい制御プログラムだ。誰かわかるやつ、これの動作評価をしてくれ」
南原社長はそれだけ社員に言うと厳しい顔で応接ブースに戻った。ナノマシンを加えたという燃料も調べたかったが、それが入った第一段ロケットはいま海路で帰還中だ。だがそれも、毎回今回のような打ち上げが可能なら、直接打ち上げ地点に戻すこともできるかもしれない。そうすれば大幅な時間とコストのカットができる。そんなことを考えながら応接ブースに戻る。
「このセンサーは持っていっても?」
「も、もちろんです。どうぞ……」
銀河そらはびくびくしながらそう答える。南原社長はそれを二つ掴むと、手近な社員にテストするように命じてすぐに戻った。
「コードは書き換えられていた。信じられんが、今日の打ち上げの精度はそのコードのお陰だった可能性がある」
銀河そらがコクコクと頷く。
「ありがとう、とそう言うべきなのか? だがなぜ……違うのか。君は普通の人間? やったのはあのお嬢ちゃんで君は関わってない? それでもう帰ったって? 呼び出せないのか?」
「一応連絡は取れますが。け、警察!? はい、ただちに! だから警察は勘弁してください!」
プログラムの外部からの改変は立派な犯罪行為である。しかも対象は衛星を打ち上げるロケット。それはもはやテロと言ってもいい。銀河そらは大慌てでぽちぽちとスマホで連絡をし、すぐに来た返答を恐る恐る読み上げた。
「え~、私から全部説明して、それでも納得できなかったら戻って顔を出してもいいとのことです……」
「じゃあさっさと頼む」
そう言って南原社長は応接ブースのソファにどっしりと腰を下ろした。
「ええと、まずは映像を見てもらったほうが早いですね」
モコスの事情に関してはいくつも切り抜きが作られている。銀河そらはその中でもよくまとめられているものを二つ選んだ。両方小惑星帯までの配信分をまとめたもので、核テロリスト逮捕の件は扱ってないまとめである。核テロ事件までやると話がさらにややこしくなりそうな気がしたからだ。
「ダイジェストの一〇分版がいいですか? それとも詳細な三〇分版がいいですか? 私としては三〇分版がおすすめです」
銀河そらがタブレットを出してそう言ってくるのを、南原社長は三〇分版を選んだ。自分の知識がない分野では、詳しい者の勧めに従ったほうが大抵上手くいくことを経験上知っていたからだ。
三〇分、時折銀河そらのコメントを聞きながら視聴を完了した。
「見応えのあるよく出来た映像だった」
少なくとも引き込まれる内容と映像だったことは認めざる得ないし、銀河そらとモコス・イクシスの事情はわかった。宇宙怪獣によって地球がピンチだということを事実と認めるかどうかは別としてだ。
「映像は実写でCGでは断じてありませんし、モコス様は本物の宇宙人です。私はリアルタイムで全部見ていたんです」
コメントに反応していたし、予め作った映像というには説明できないことが多すぎるのだと、銀河そらは主張する。
「だがこんな話をハイそうですかと信じろと?」
南原社長もSFは好きだしモコスの配信のまとめ映像も楽しめた。だが南原社長は小説のネタのようなこんな話を受け入れるには責任のある立場すぎた。
「話の本題はこれからなんです」
銀河そらが言いかけたところで社員の一人が戻ってきた。
「社長! このジャイロすごいですよ! JAXAが使っているやつ以上かもしれません! これ、次回から使えるんですよね!?」
それに適当に受け答えして、南原社長は気がついた。このジャイロセンサーは今回使っていないという。ならば打ち上げの異常な精度は改変された制御プログラムとナノマシンが原因ということになる。そのままコードを調べている社員のところへと出向く。
「制御プログラムはどうだ?」
「このコードを書いた人は天才ですね。ヤタガラスの燃焼エンジンの特性を理解して、その性能を限界まで引き出している。なんてエレガントなやり方なんだ……」
「今のところおかしい、欠陥らしき部分はないんだな? なら調査とテストを続けろ」
どうやらどちらも本物だという事実に南原社長は社員のように手放しに喜ぶことはできなかった。宇宙人や宇宙怪獣という話は信じるには荒唐無稽すぎた。何か巨大な陰謀に我が社は巻き込まれつつあるのではないか? そう南原社長は疑い始めていた。
「警察には連絡しない。それで本題というのは?」
眼の前の銀河そらは人を騙すように人間には見えなかったし、自身もただの人間。使いっ走りだと言っている。黒幕はあのいかにも怪しげな雰囲気の少女。モコス・イクシスだと南原社長はとりあえず銀河そらとの話を進めることとした。
「銀河連盟に所属するには人類が宇宙に生存圏を確立する必要があります。南原社長の目標でもありますよね? ですが現段階ではそれは夢物語です」
「まあな。俺が現役のうちに月くらいはいけると踏んでいるんだが……今日使ったナノマシンも次に使わせてもらえるのか?」
恐らく燃料の流れ自体を制御、整流するナノマシンだ。それがあれば……本物だとすれば月程度、簡単に行けてしまうかもしれないと、疑いつつも南原社長は期待を持っていた。
「ナノマシンは地球の技術レベルから逸脱していますから提供は無理だそうです。今日の 打ち上げはとにかく成功させる必要があったんですよね?」
「そうだ。失敗すれば我が社の株式は大手通信会社に握られてしまう」
そうなればロケットの運用は商用衛星打ち上げに大幅に舵が切られ、有人ロケット開発からは何年も遠ざかることになるだろう。
「だから勝手にコードを書き換え、燃料にナノマシンを投入したと? だが今のヤタガラスじゃ月へすら行けないぞ」
「ですから人類の宇宙圏への進出を現実の計画とする必要があると、モコス様は考えました」
宇宙怪獣は地球やモコスの力では倒せない。銀河連盟から戦力を派遣して貰う必要がある。もし地球が銀河連盟加盟に近い段階にある文明だと判断されれば、地球が助かる確立は大幅に上がるはずだ。そうモコスが言っていたと語る銀河そら。
「だがヤタガラスで有人飛行は無理だ。宇宙怪獣は数年でやってくるんだろう?」
こんな話、真面目に議論するのもどうかと思う南原社長だったが、頭から拒否したところで話は進まなくなる。
有人打ち上げ、あるいは月への無人探査機。それがどれほどの難問か、南原社長は宇宙開発の最先端に居る者として実感として知っている。だからこそ見せられた映像は作られた虚偽のものだと断言するのだ。
「有人ロケット、ヤタガラス参型の設計図です」
もはや何が出てきても驚かないぞと、銀河そらが足元に置かれた段ボール箱から分厚い紙の束を出そうと格闘しているのを南原社長も無心に手伝い、小ぶりな岩が入ったガラスケースに目を止める。
「月の石、ナンバー101?」
「あげませんよ!? これは私がモコス様から貰った月の石なんです。このプレートは小惑星帯で採取した本物の金なんですよ!」
「なるほど?」
「もし資金が不足するなら小惑星帯から採取した金が一山あるから援助してもいいとも言ってました」
机に並べられた怪しげな材質のプレートや用途のわからないシリコンチップを前に、
やはりモコス・イクシスは財閥のお嬢さんで、有り余る財力でこのような常識外れともいえる技術提示や仕込みをしたのだ。宇宙人も宇宙怪獣も居ないのだ。その考えに一縷の望みをかけて南原社長は言った。
「さて。全部説明してもらおうか」
今日は長い一日になりそうだと考えながら。




