第36話 打ち上げ、パーフェクトミッション
『――スリー、ツー、ワン、ゼロ。テイクオフ』
ロケット下部から炎が吹き出し、もうもうとした水蒸気が一気に周囲に広がる。ゆっくりとロケットが持ち上がると力強く加速していく。
「いまヤタガラス弐型が打ち上げられました!」
『コース、予定通り。システム問題なし!』
管制室で何人かがほうっと息を吐く。最初の難関をクリアしたのだ。六基のエンジンの燃焼は完全に同期させなければ一気に軌道がずれていき、その修正はずれが大きければ困難を極める。特に発射直後は噴射が安定しないことが多い、危険な時間なのだ。
『軌道、予定通り。一ミリの狂いもありません。今日はいつになく安定しているな……』
思わず管制官からそんな声が漏れる。
『最後まで気を抜くなよ。まだまだ何が起こるかわからんのだ』
南原社長からの激が入る。しかし四分後の二段目のフェアリング分離、六分後の第一段エンジン停止からの第二段の切り離し。そして十五分後の衛星の軌道投入は驚くほどスムーズに行われた。
『誤差……ありません。衛星の軌道投入……確認。成功しました!』
「成功! 打ち上げ成功です! ついに歴史的瞬間が――」
銀河そらが配信で喜びの声をあげ、管制室の見学からも拍手が湧き起こる。
だがその裏で南原社長がデータの確認を行っていた。
『誤差なし? 確かか?』
『はい。内部センサー、外部観測共に、完全に予定軌道通りです。すべて二度チェックしました。修正噴射も一度もありません。燃料も相当量残っています』
『一段目の帰還シーケンスは?』
『もう間もなく……噴射が始まりました』
『予定軌道通りか?』
『ぴったりです……』
南原社長も管制官も、自分たちが作り上げたロケットのことは隅から隅まで把握していた。これまでの三回の打ち上げデータもある。ヤタガラスがどれほどの暴れ鳥なのか、よくよく知っているのだ。精度を高めるべく改良は進めているにせよ、誤差がまったくないなどありえない。
二回目というのが良かったのかもしれないと技術者の一人が言う。車でいえば慣らし運転 が終わったということだろう。それで出力が安定したのだと。
しかしだ。たとえロケットが予定通りの正確な出力を出したとしても、その日の気象条件、風や気圧の変化も影響する。完全に予定通り、それも修正噴射もなしなどあるはずもない。
「おめでとう、南原社長。これで次回から、我が社の通信衛星を正式に投入することになりますな。いやー、実にめでたい!」
「ありがとうございます。第一段の回収を見てからになりますが、計画通りに事業は進められそうです」
そうして見学者、出資者たちに南原社長は頭を下げると、最後の仕事、一段目の回収作業の監視に戻った。疑念は一旦置いて、まずは打ち上げの成功を完全なものとする。一段目の回収を無事に終わらせ、次回へと繋がねばならない。
そうして一段目の回収も予定とまったくの狂いもなく、管制室のメンバーや視聴者の見守る中、ふんわりとやさしく着地が行われた。前回がなんだったのかというスムーズさで。
『第一段、システムオールグリーン。損傷等見られません』
『衛星は?』
『予定軌道を巡り、テスト稼働も問題ありません』
管制官のその言葉に南原社長は全体に向けて宣言をする。
「ヤタガラス弐型の打ち上げ、完全に成功しました!」
再び歓声と拍手が起こる。南原社長が関係会社の見学者からの祝辞の声に応え、管制室に弛緩した空気がようやく出てきた。
「ありがとうございます。これ以上ない、完璧なミッションでした」
南原社長はそう言って関係者や社員たちに頭を下げる。違和感はあるが、とにかく成功したのだ。
すぐさま今回の打ち上げデータの洗い直し。前回からの修正や改善点のチェックが管制室で行われる。次回の打ち上げ計画は第一段の機体の損傷チェックなどを行ってからとなるが、不思議と問題がないとの確信が南原社長にはあった。
「一〇〇回に一回くらいは、何もかもが完璧に上手くいく仕事がある。それがこの一回だったということかもしれんな」
誰に言うともなく南原社長がつぶやく。表示された完璧な軌道データはまるで狐につままれたようだ。そう思って南原社長は今朝のことを思い出した。自称宇宙人だと名乗った少女。打ち上げを手伝うと言っていた。
「まさかな」
そう呟いて配信をしていた管制室の隅のブースのほうを見るが、すでに撤収した後のようだ。追いかけて、君が何かしたのか。そう尋ねる? さすがに馬鹿馬鹿しいと、南原社長は首を振る。
それよりも今回なぜ、ロケットこれほど正確に飛んだのか。その原因を確かめる必要がある。再現性がなければ意味がないのだ。
「あの~」
関係者への挨拶なども済ませ、打ち上げチームも一旦解散した南原社長は一人になったところでそう声をかけられた。今朝の少女かと思ったが、その相方のほうである。
「確か銀河そらさんだったか? 今日の実況配信はありがとう。広報担当もとてもいい配信だったと褒めていたよ」
銀河そらは何やら荷物を抱えている。帰る前に挨拶に来たのかと思ったが、南原社長に大事な話があるという。
「今日の奇妙な成功について、です」
銀河そらはモコスから打ち上げ側スタッフの内情も聞いていた。あまりにスムーズな打ち上げ成功に疑念を抱いていることをだ。
「ここでは話せないようなことか?」
「できれば内密で……」
南原社長はとりあえず今は時間があると、銀河そらを連れて応接間ブースに移動した。パーティションに区切られただけの一角であるが、若い女性と二人切りはためらわれたし、ちょっとした内密の話をするくらいは他からは離されている。
「まずはこれを」
銀河そらがそう言って箱から出された拳大ほどの機器。一〇個ある。
「改良型のジャイロセンサーです。精度はいま使っているものから一桁は上がっているそうです」
怪訝に思いながらも差し出された書類を手に取る。ジャイロセンサーの設計図は相当に見覚えのあるものだったが、随所に改良が確かに加えられ、その精度予測も記されていた。
改良された箇所もどのような改良か詳細に書かれ、しかもずいぶんと小型化に成功している。いま使っているジャイロセンサーは提供元の会社にせっついて精度を上げてもらい、なんとかロケットの使用に耐えられるように改良されたものだ。いま以上の性能をと依頼してはいるが、簡単にできるものでもない。
「これをどこで?」
突然出された優秀なジャイロセンサーを疑う理由はいくつもある。だが今日の完璧な打ち上げ成功を持ち出されては簡単には切って捨てることもできない南原社長である。
「モコス様はガチの宇宙人なんです」
「うん?」
「そのジャイロセンサーはモコス様は今朝方設計して、物質合成機で作ったそうです」
「今朝設計して? 物質合成機で作った?」
銀河そらが頷く。南原社長には到底理解はできない内容であるが、現物があって、設計は確かに妥当に思えた。
「そのモコス君は?」
「忙しいからとお帰りになりました……」
しょんぼりとした様子で銀河そらが言う。
「モコス君が宇宙人だとしてだ。なぜこんなものを?」
南原社長は話の流れがわけがわからなさすぎると首をひねる。
「ええと、モコス様の配信はご覧になられたことは?」
「今日の配信は少しだけ見させてもらったが……」
「実は地球は宇宙怪獣に狙われてまして。ああっ、立たないでください。お願いですから最後まで聞いてください! 本当にこれは真面目で真剣な話なんですっ!」
銀河そらとしても地球の今後に関わる話なのだから必死だ。月の石という贈り物ももらったことだし、今度もモコス様が仲良くしてくれるというし。
銀河そらはこんな任務を任されて正直泣きそうであるが、モコスの言う任せる理由も頷けるのだ。モコスのことや宇宙怪獣のことを説明するのはとにかく時間がかかりすぎる。内容はすべて配信で公開されたことで銀河そらでも可能なことだ。
モコス様は地球防衛計画で何かと忙しいし、良心回路が作動しないとはいえ、必要以上にたくさんの人間と関わるのはよろしくない。モコスが引き受けるリスクは少ないほうがいい。
だから銀河そらは地球の命運のためにも、南原宇宙技研に技術革新をもたらすというミッションを完璧にやり遂げるしかなかったのだ。




