第二十話:初バイトと百合展開(?)
七月も何事もなく終わりを迎え、夏休みを迎えようとしていた。
聞くと、この『夏休み』とは自由な休みが一ヶ月も続くものらしい。
周りの者達も、やれどこに行くやら彼女と遠出をするやら、と浮き足立っている様子である。
旅か、確かにこの世界に来て数ヶ月たったが、遠出という遠出をしておらんな。
この間、プールとやらに行ったがやはり海にも行きたい、飛騨の温泉もいいな。よし、この夏は遠出をしよう。
「晴、夏休みは遠出をしよう!海に行って、温泉に行って、美味いものをーー」
しかし、晴の顔はかなり曇っていて、何か言いたげだが呆れて言葉も出ない様子だ。
「…。お言葉ですがね、殿。そんなお金はないんですわ。
生活費は親からの仕送り私一人分。でも桜華ちゃんと住んでることは言ってない。
でもなんとかやりくりして賄ってるってわけ。つまり言いたい事、わかる?」
「あ、はい…」
ニコニコしているが、目が全く笑ってない。女子が男を叱る時の、一番まずい時の顔だ。
「んー、そうだ、じゃあ一週間、バイトしてみる?」
「バ、イト?」
「そ、働くの。自分の金は自分で稼ぐ、そしたら夏休み遠出できるかもよ」
働く、わしが?百姓や商人のように?
気乗りはしないが銭を稼がねば何もできない、でも働くのは…。
と、一人脳内で葛藤していると、『携帯』をいじっていた凛が一言、
「じゃあさ、うちで働く?」
*****
なるほど、話を聞くとどうやら凛の家は蕎麦屋だとか。
そして凛が部活の合宿とやらで、一週間家を空けるのでその間の人手をちょうど探していたとか。
「どう?ママにお願いしてお給料はいい感じにしてもらうからさ」
んん、働くのは癪だが顔見知りの店ということなら悪い話ではない。
それに凛の姉には、以前の試験の際に世話になった借りもある。ここは受けるのが筋であろうな。
「よし、その話乗った」
「ほんと!?助かる〜、詳しい話と日程は今度、晴経由で伝えるね」
そういう凛は、代わり手が見つかって安堵しているように見える。
ー働くー 思えば人生で初めてのこと、ほんの少し楽しみだ。
*****
アルバイト当日、凛から伝えられた場所に行くと、そこは古い商店街でその中の一角に凛の実家兼店があった。
言われた時間より少し早いが引き戸を開け暖簾をくぐり中を覗くと、開店前の店内はがらんとしていて人の気配はない。
「あのー」
意を決めて呼びかけると奥から『はーい』という返事が聞こえ、足音が近づいてきた。
「ごめんなさーい、開店はもう少し…、あれ、もしかして君が噂の桜華ちゃん??
よく来てくれたね〜、あたし凛の姉の瑠奈!とりあえず入って入って」
と言われ中に案内された。
この女子が凛の姉か、雰囲気は凛と異なっているが顔はそっくりで優しそうな顔立ちをしている。凛曰く、頭もよく運動もできる、まさに文武両道、才色兼備という言葉を体現したような人間らしい。ただ、唯一変な欠点があるらしいがそれについては、わしにだけ頑なに教えてくれなかった。
その姉に手を引かれるがまま奥に行くとそこは厨房で、男女が二人、作業をしていた。ということはこの二人が凛の父母なのだろう。
その二人は、こちらに気づくと作業の手を止めて歓迎をしてくれて、その上、仕事の説明をするから少し待ってて、というと茶と菓子まで出してくれた。
「ごめんね〜わざわざ、それにうちの妹と仲良くしてくれてありがとね。テストの問題の件はドン
マイだけど!」
「あ、いえ、こちらこそ」
…。晴に『その喋り方は癖が強すぎるから』と、女子っぽい喋り方を二日ほどかけて仕込まれたが、違和感しかないし、語尾はどうしても間違いそうになる。
「簡単に仕事を説明するとね、お客さんから注文を取ってそれを厨房に伝えて欲しいの!
まあそんなに人も来ないし、ほとんど常連さんばっかだから気負わなくていいよ〜。
開店まで少し時間あるからこのメモ見てて!わかんないとこあったらいつでも聞いてね」
そういうと、奥の作業の手伝いに戻って行ったので、わしは丁寧に仕事内容が記された紙を眺めていたのだが…。
仕事というのは、たったこれだけなのか?もっと大掛かりなものを想像しておったのだが…。
まあ始まればもっと過酷なのだろうな、抜かりないようにせねばならんな。
*****
間も無くして、開店の時間となり、すぐに客が入ってきた。どうやら常連なのだろう、厨房にいる凛の父母と何やら会話をしている。
「桜華ちゃん、最初は私に後ろについてて。何回か手本見せるから」
周りを見ながら立っていたので、緊張して動けなくなっていると思ったのだろう。瑠奈が近づいてきてそう言ってくれたーー
が、立ち尽くしていたのは決して緊張ではない。いかに効率よく接客し、注文を早く取り、それを伝えるかを考えていたからだ。
例えば最初に入ってきた老夫婦はおそらく古い常連なのだろう、注文を聞く前に凛の父母となにやら話をして、その後すぐに作業をし始めた。つまり注文を取りに行く必要じゃなさそうだ。
逆に、今入ってきたばかりの若い3人組はキョロキョロと店内を見回している。おそらくは初見の者、進んで声をかけるのが最善であろうな。
「いや必要ない」
わしは、心配そうにしている瑠奈にそれだけ言って、仕事に取り掛かった。
*****
忙しい昼飯時が過ぎ客足もまばらになってきていたので、少し息抜きをしていると瑠奈が近づいてきた。
「ちょ!なんでそんなに仕事できるの?どこかでバイトとかしてた?」
「いや、初めて…です」
まずい、張り切り過ぎたか?それとも知らぬ間になにか余計なことをしたか?
一瞬不安がよぎったが杞憂だったようで、
「初めてなの!?すごいよ!妹の代わりにずっと働いてほしいくらい!」
と言って、目を輝かせていた。
確かにここでなら働き続けるのも悪くないな、そう考えていると突然、
「おいおい!ここの蕎麦はまずくて食えたもんじゃねえなあ」
と誰かが、周りにも聞こえるような大声で喚きだした。
「なんじゃ? あいつは」
そういうと瑠奈が苦い顔で、
「あの人毎週来るんだけど、毎回あんな感じなんだよね…。
何回注意してもあんな感じなの、だから我慢するしかないんだよね」
なるほどな、痛い目を見せても良い客らしい。ここはひとつ世話になった凛とその家族のために人肌脱ぐとしよう。
「見ておれ、灸を据えてやる」
「え?」
そういって気狂いのいる席へと向かった。
「お口に合いませんか」
まずは平和に行こう。穏便に済ませられるのならそれで…。
「あ? まずいって言ってんだろうが。よくこんな飯を人様に食わせられるな!」
…。厨房から包丁を持ってきて…。いやそれでは凛に迷惑がかかるな。
やむを得まい、元の喋り方に戻ってしまうだろうが、ここは口で解決しよう。
「お主、人の作ったものに文句をつけ、店に迷惑をかけることでしか欲求が満たされぬ、哀れな
人間なのじゃな」
「んだとこのアマ!お客様は神様だろ!?お前その客に向かってーー」
客が拳を振り上げたので、わしは其奴の胸ぐらを掴み、鼻がつく程の距離まで顔を近づけ、囁くように、
「神?生憎わしは神仏の類を信じないのでな。
本当におるのかどうか、お主が死んで確かめて来てくれるか?」
と言ってやった。
すると面白いことに、その客は血相を変えて逃げていきよった。
銭すら払っていなかったので、とっ捕まえて身ぐるみ剥いでやろうとも思ったが、周りの客たちが担ぎ上げるようにわしを囲んで褒め散らかし始めたので、とても動ける状況ではなくなってまった。
「桜華ちゃん…。ありがとうね、すごいかっこよかった」
ひとしきり周りの客誉め殺しにあった後、瑠奈が近づいてきて小さくそういったので
「安心せい、今度また来たらわしがまた追い払ってやる故、心配せんで良い」
と、頭を撫でてやった。
あ、ついいつもの喋り方で…、まあ良いか。
すると、頬を赤らめた瑠奈がわしを見つめていることに気がついた。
あれ、この顔…。恋する乙女の顔ではないか?いやいやまさかな…。
*****
初日の仕事は、一つの懸念事項を残して、何事もなく終わった。
そう、一つの懸念事項を残してーー
片付けも終わりを迎えたあたりで晴が迎えに来てくれたので、わしは少し早めに上がることとなった。
「じゃあ、明日からもよろしくね!桜華ちゃん!」
入り口まで、瑠奈が送って見送ってくれたのだが、やけに距離が近い。というかもはやくっついているのだが…。
手を振る瑠奈達に手を振り返して、晴とわしは帰り道についた。今日起こったこと、困った事、楽しかったことなどを話しながら。
「だが瑠奈のやつ、突然やけにわしにくっついいて来るようになったのよ、理由はさっぱりわか
らんのだが」
その会話の中でポツッと呟いたのだが、急に晴の様子が変わった。
「?どうしたのだ」
「あー…。前、凛から聞いたんだけど、瑠奈先輩の好きな人のタイプ、かっこよくて王子様みたいな女の子
らしい…。もしかして…」
「あー、なんじゃなんじゃ、そういうことか。それなら…ん?」
女の子?あれ、わしも女の子、だよな。これ、もしかしてまずい流れではないか?
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