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第十六話:赤点とは何ぞ

遠足も終わり、桜華たちはごく普通の学校生活へと戻っていた。

 特に何も無い普通の生活。と言いたいところだが、生徒の一部には、緊張感が漂い始めていて、そしてそれは日を増すごとに、大きくなっていった。


「なあ晴、何か空気が重くはないか。こう、何というか…嵐の前の静けさというか、戦が迫った

 時と似た感じがする」

「テストのせいだね多分」

「? 何じゃそれは」

「なんていうんだろ、いろんな科目勉強してそれを競い合う感じ」

「おお!明国の科挙のようなものか、面白そうだな」

 学問は、別段得意というわけではないが最低限は学んだし、覚えるのには自信がある。


「して、何の科目じゃ。『古典』『兵法』『和歌』……。まあ一通りはいけるぞ」

「国語英語数学理科社会だね、まあ『古典』だけはかすってる」

 ん?コクゴエイゴ…。急に読経し始めたのかと思ったわ。


「あと、30点以下、赤点っていうんだけど、それ取ったら補修もあるよ。補修ってゆーのはあれ

 ね、休みの日も学校に来てください、ってこと」

ん?休みの日じゃと。非常にマズい、マズすぎる。


「ただでさえ、たった二日しか休みないのに、それすらも無くなるというのか?」

「そ、どっちも午前中だけだけど」

「プ、プ○キュアは!?仮面○イダーは!?」

「そんなのゆっくり見てる時間、ありませーん」

 こっちに一瞥もせず、淡々と何か文字を書きながら、晴が答えた。

 

 此奴、抜け駆けしよって。それよりあの『お楽しみ』二つが見れなくなるのはマズい。

 あの、『勧善懲悪、弱きを助け強気を挫く』まさに武士道という感じの展開が面白いあれが、見れなくなるなんて…。


「どうにかしてくれええい」

 わしは半泣きになりながら、黙々と作業をする晴の肩を掴んで大きく揺らした。晴の

事だ。結局いつものように助けてくれるに…くれるに…。あれ、今回ばかりは無理だという顔をしておる。嘘だよな、嘘だと言ってくれ。

 

 今回も助けてくれる展開を期待していたのに、見捨てられそうな流れ。無情にもその予想は正解となる。

 晴は、自身の肩を掴んでいる弱々しい両手を、そっと掴み払い除けると、ニコッと笑いながら親指を立ててこう言った。

「頑張れ!」

………。




 *****


 放課後の閑散とした教室で、桜華は、委員会の野暮用に顔を出している晴が戻ってくるのを、一人待っていた。

 

 あの鬼め!どうしろというんじゃ。何も話を聞いてこなかったわしが、今更どうにかなるものなのだろうか。どれ、どんなものか…

と、晴の机に置かれた『英語』と書かれた分厚い本を手に取り、パラパラとめくった。

 何じゃ、これは。まずもって仮名文字ですらないではないか。フロイス達、宣教師どもの使う異国の言葉と似ているような…。


 次に『数学』。数、という言葉が入っているくらいだから算術の類であろうな。どれどれ…。

賽を投げる…その確率?足したり引いたりの話ではないのか?わ、わからん…。


 一人青ざめた顔で教科書を見ていると、たまたま別用でどこかに行っていた凛が戻ってきた。


「あれ、桜華まだ帰ってなかったの。勉強中?」

 いいところに来てくれた。ここはもう恥も外分も掻き捨てよう。

「凛、助けてくれい…」



 *****


「なるほどね、事情は分かった、分かったけど…」

「流石にやはり、時が足りぬか?」

「うーん…、桜華は珍しい編入生だからあんまわからないかもしれないけど、一応うち一貫校だ 

 から、先取りしてて進むのが早いのよ。だから実質他所で言うところの二年の範囲くらいなん

 だよね…」

 

 うむ、ピンとこないが一層マズいらしい。


「でも!一応手はありましてですね…」

 そう言うと、キョロキョロ周りを見渡した後そっと顔を近付け、

「ーーーーーーー」

 と耳打ちをした。


「何!! 毎年この時期の試験は同じ問題が使われている!?」

「あっほ、声がでかいわ!」

 思いがけず見えてきた活路に、喜びを爆発させてしまった。

 そしてまた、声を小さくし耳打ち話へと戻る。


「して、それはいかようにして手に入るのだ」

「んー…、それ自体はね、簡単に手に入ると思うのよ。あたしの姉が今三年にいるから。

 問題は、あのクソ姉貴が貸してくれるかどうか…まあそっちは何とかしとく。

 だから桜華は、これからテストまでの二週間授業中に寝ずに話を聞くこと。放課後は毎日

 あたしと一緒に勉強すること、これが条件」


 寝ずに話を聞く、毎日勉強…。しかし背に腹はかえられぬ、全てはわしの楽しみのため…。


「よし分かった、それで行こう。わしも最善を尽くす故、問題の方は任せたぞ」

「はいはーい、しょうがないんだからー」


 絶望の中にも一筋の光明が見えてきた。

 こんなに追い詰められたのは久方ぶりだな。



 *****

 

 次の日からわしは、別人のように話を聞き始めたのだが、授業を聞いて分かったことがある。


一つめは『数学』『理科』この二つはとても二週間では間に合わん。『国語』『社会』は逆に楽勝そうだ。古典文学は何度も読んだし、歴史なんて、もはや実体験だしな。そして予想外だったのがこの『英語』。凛から渡されたこの「猿でもわかる中学英語」などという無礼極まりない本を一冊読んだだけで、かなりわかるようになってしまった。体系化してしまえばなんてことのない話だったな。


二つめは授業は思ったより面白い。教師どもはかなり優秀なようで理詰めで考えつつも、話をちゃんと聞けばバカでもそれなりにわかるように話す。それも(くど)くなく、簡潔に。


 といわけで、案外授業を聞くのにハマってしまった自分がいて驚いておる。まあそれはいいとして、今日は、お待ちかねの『日本史』とやらで、わしが出てくるところあたりじゃ。

 実は、わしが死んでからの事は、まだよく知っていない。その後誰が日の本を平らげたのか。

今の世はどのようにしてできたのか。だから、この歴史の授業が最近の楽しみと言うわけじゃ。


『じゃあ、今日は昨日の続きから、織豊時代はーー』

 うむうむ、そろそろわしの名が出るな。


『それで、本能寺の変で織田信長が討たれーー』

 …。分かってはいたが、改めて聞くと結構悲しいな…。


『その後、天下を統一した豊臣秀吉がーー』

 なるほど、秀吉か…ん?秀吉?


「秀吉、サルか!?藤吉郎め、やりよるわい!つまり十兵衛はあの後討たれ…ん?」

 周りからの痛い視線、苦笑いの先生、隣で頭を抱える晴。そこでわしは、自分が立ち上がり、教科書を握って興奮していることにようやく気がつく。


 またやってしまった…。

 

面白いと思っていただけたら、評価、ブクマの方もぜひよろしくお願いします!

科挙→書くまでも無いと思われるかも知れませんが、一応。昔の中国国内で行われていた官僚登用試験で、最盛期の倍率は3000倍ほどだったと言われているそうです。

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