第十一話:ー落ちぬなら 落として見せよう あの男ー
少し日が経ち怒涛の新学期が落ち着きだすと、クラスに漂っていた緊張感は薄れてゆき、ところどころで談笑する声が増えていた。
かく言う桜華も晴、椿、凛の3人はもちろんのこと、その他の女子生徒にも話しかけられるようになっていた。のだが…
「女子ばかりと話すのに疲れた。中身のないことを長々と話されても困るだけじゃ。
わしは、男と話したい!」
いつものように屋上で昼食をとっていると急に、桜華はそう力強く言った。
「え…泣いていい??」
「なんか、デジャブだな、この流れ。 どしたん話聞こか」
「お、桜華ちゃん!?いきなりどうしたの!?」
口に入れていた食べ物を吹き出さんばかりにリアクションをとる3人。
「いや、なんと言うかな、女子はどうしても、装飾品や着物の話が多いであろう?
わしはこう、バカな話で心の底から大笑いしたいのよ!だからわしは、男と仲良くなり、久方
ぶりに下品な話で盛り上がりたい、と言うわけじゃ」
「あ、あー。そう言うことね。びっくりしたぁ。
でも男ったってさ、こないだの体育以来、『男はケモノじゃ!』ってずっと言ってるじゃん。
どするの?そいつらに話しかけるの?」
「そう思っておったのだがな…一人だけ全くなびかない奴がおったのじゃ。
名はなんと言ったか。い、一条…」
「一条 竜之介くん?」
名前を思い出せずにいると、凛が助け舟を出してきた。
「それだ!あやつ、わしのことを全く見ようとせんのだ。
舐め回すように穢らわしい目つきで見られるのも嫌だが…全く見られないのも、それはそれで
腹が立つんじゃい!!」
晴たち3人は、『何を言っとるんだこいつ』と言う顔をしている。というか、わしも自分が何を言ってるのか不思議で仕方ない。それでもやると決めたのだ!
「次は、体育というやつであろう?先週の終わり際に、次は男女一組で、と言って
おった。そこであやつを誘い、嫌にでも意識させるというわけよ!」
「うわ、すっげ肉食ー」
「所詮奴も男じゃ。どうせすぐに顔を真っ赤にして照れるであろうな!」
桜華はしたり顔でそういうと、勢いよく弁当を掻き込んだ。
*****
五限開始を告げるチャイムが鳴り、体操服に着替えた生徒たちが気だるそうな顔で先生がくるのを待っていた。
『ごめんねー、遅れちゃいましたわ。時間も勿体ないし始めましょうか。とりあえず、先週言った
ようにペアになってもらうから、テキトーに組んで〜』
来た!その言葉を待っておった。あのすまし顔の男の皮を剥いで本性をあらわにしてやろう。
桜華は、生徒の間をかき分けて件の生徒のところへ向かう。そして、
「おう、そこの小僧!わしと組まぬか?」
よぉし、わしに声をかけられ顔を真っ赤にしているに違いな…え、なってない。それどころか、なんじゃその虫を見るような目は。
「あー…、まあ誰でもよかったんでいいですよ。えっと、吉田さん…でしたっけ」
殺すぞ。一文字もあっておらんわ。というかなんじゃこいつ!?なびくなびかないの話ではない!わしを個体認識すらしておらんではないか。くそ、こうなったら、
「お、桜華じゃ!野郎に下の名で呼ばれるのは気に食わんが、特別にそう呼ぶことを許そう。
光栄に思え!」
フッ、ここまですれば、さすがのこやつも赤面して…ない。むしろ能面だ。
「えっとじゃあ、桜華さんで。よろしく」
それだけ言うと、その男は一人プイッと行ってしまった--
*****
前世の『信長』という存在は、欲しいものは悉く手に入れることができた。望みを叶えることができるほどの地位と、人や金を思うがままに動かせる力があったからーー
しかし今の、竜之介というたった一人の男も落とすことができないこの状況は、桜華にとっては雪辱以外の何物でもない。
まずい、まずいぞ。当初の予定なら今頃仲良く談笑という筈だったのに、何か手をうたねば。
「……のー、あのー」
「ん!? お、驚かすな!なんじゃ、考え事をしておったのに」
俯いてぼーっと、考えを巡らせていた桜華は、思わず一歩後退った。
「俺の番終わったんで、次桜華さんですけど」
「あ、ああ。そうか。すまんな」
次は反復横跳び、というやつか。線を跨ぐだけなら簡単だな。
『2回目の人、みんな並んだかー?じゃ、行くぞー。よーい…初め!』
先生の合図とともに、一列に連なった生徒たちが、右に左にと動き始めたので、わしもそれに倣って真似をする。しかし、頭の中は他のことを考えるのでいっぱいだった。
どうしたらあやつと話せるのか。どうしたらあやつを振り向かせられるのか。どうしたら、どうしたらあやつを…
すると突如世界が真横になり、次に左足首が痛み出す。そこでようやく自分が倒れたことを理解した。わしともあろうものが、考え事のしすぎで転んでしまうとは、情けない。すぐに立ちあがろうとしたのだが、思いの外強く足を捻っていたようで立とうとしても踏ん張りが効かなかった。
今日は何もかもうまくいかない日だ…。
俯きかけたその時、突如竜之介は桜華をヒョイっと抱き抱え、そして
「先生、足やっちゃったっぽいんで保健室に連れてきますね」
といい、足速にスタスタと歩き出した。
*****
他クラスが授業中で静まり返った廊下を抜けて保健室に着いたものの、生憎先生は出払っていたようで、中はもぬけの殻だった。
「んー、とりあえずアイシングはしと方がいい、よな」
そう言うと、すぐさまバケツに水と氷を入れて持ってきた。
「靴と靴下、脱がすぞ」
「あ、ああ」
人に脱がされるのは、小恥ずかしいが…今は、甘えさせてもらおう。
「すまんな、手を煩わせて…」
「あー、まあ授業めんどかったし、別にいいよ」
こいつ…わしを利用して…。
靴下を脱がしてもらいバケツに足を入れると、部屋の中には静寂が訪れた。
「……。とりあえず俺戻るわ。多分そろそろ保健室の先生来るだろうし。じゃーな」
と、気まずい空気に耐えかねて出て行こうとしたので思わず、特に言いたいこともなかったのに、『あ!」と呼び止めてしまった。
「? まだなんか用?」
「あ、いや、その、あ、ありがとう。助かった…」
と、自分のものとは思えないしおらしい声が出た。すると、
「ははっ、そんな顔もするんだな、お前。
いつも教室で見てた時は、おっさんみたいな喋り方するうるせえ奴だと思ってたけど。
なんつーか、そっちの方が可愛らしいと思うぞ」
竜之介は小さく笑ってそう言うと、保健室を後にしていった。
おっさんて、こいつ…やはり殺す。いや今はそこではない。見てた…?わしのことを見てた、と言ったのか?しかも、か、可愛らしいと言ったか!?
思わず高揚し、ガッツポーズをしそうになる桜華。そして
「一条…竜之介。覚えておれ。次こそは必ず…」
と、両手で頬を押さえながらつぶやいた。
なぜだろうか…いつもより少し顔が、火照っているような気がするが、勘違いだろう、そんなはずはない。
断じて……そんなはずがあってはいけない--
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