第11話
翌朝、わたしたちは約束どおり冒険者ギルドへ向かった。昨日見せてもらった依頼の中から選んだのは、町の外の畑から野菜を運んでくる荷車の護衛だった。街道沿いに危険な魔物が出たという話はなかったけれど、荷主は重い荷を載せて一人で往復するのが心配らしい。
「今日は本当にお仕事だね!」
「昨日もお店で働いたでしょ」
「そうだけど、今日はギルドのお仕事!」
アカは胸を張って歩いていた。昨日エライザに褒められたのがよほど嬉しかったのか、朝から機嫌がいい。わたしも、初めての町で少しずつ仕事を増やしていけるのが嬉しかった。
待ち合わせ場所にいたのは、日に焼けた顔の年配の男性だった。荷車を引く馬の鼻先を撫でながら、わたしたちを見て少し目を丸くする。
「護衛ってのは、あんたたちかい?」
「はい。ギルドから来ました。わたしがシロで、こちらは妹のアカです」
「アカも手伝うよ!」
男性はアカとわたしを交互に見て、肩をすくめた。
「若いんだなあ。まあ、ギルドの紹介なら大丈夫だろう。よろしく頼むよ」
町を出ると、畑の間を細い道が続いていた。朝方まで降っていた雨のせいで、道端の草には水滴が残っている。畑では人々が腰を屈めて作業をしていて、近づくと湿った土と青い葉の匂いがした。
荷車に載せるのは、根菜や葉物の入った木箱だった。わたしが箱を受け取り、アカは荷台の中で、運ぶ途中に崩れないよう布と縄を整える。小さな身体でも、手の届くところを見つけて一生懸命働いていた。
「そっちはもう少し詰められるかい?」
「うん! でも、葉っぱが潰れそうだから、こっちを先に置いていい?」
「おっ、よく気づいたな。じゃあ、そうしてくれ」
アカは嬉しそうに頷き、箱の間へ畳んだ布を挟んだ。昔なら力いっぱい押し込んでしまったかもしれない。そんなことを思いながら、わたしは最後の箱に縄を掛けた。
荷を積み終え、町へ向けて出発した。行きより歩みは遅く、馬の蹄が泥を踏むたび、車輪が小さく揺れる。男性は手綱を握りながら、今日の野菜は市場のほか、町の食堂にも届けるのだと教えてくれた。
「昨日、すごくおいしい食堂に行ったんだよ!」
「へえ、どこだい?」
「エライザのところ!」
アカが答えると、男性は声を立てて笑った。
「なんだ、あそこのお客さんか。うちの野菜も時々使ってもらってるよ。あの人は葉っぱの端までよく見て買ってくれる」
「そうなんだ!」
アカは荷台から顔を覗かせ、自分が並べた箱を見た。昨日食べた料理にも、この畑の野菜が使われていたのだろうか。わたしもつい、今夜はどんな料理が出るのかな、と考えてしまった。
町まであと少しというところで、荷車が大きく傾いた。左の車輪が深い轍にはまり、馬が前へ進もうとするたびに荷台が軋む。男性が手綱を引くと、馬は不安そうに鼻を鳴らした。
「おっと、まずいな。ここは昨日までこんなに掘れてなかったんだが……」
「無理に引かない方がよさそうです。いったん荷を軽くしましょう」
わたしが言うと、男性は頷いた。アカと二人で荷台から箱を降ろし、濡れないよう草の少ない場所へ並べていく。全部を下ろす必要はなさそうだったけれど、足元が滑るので慎重に運んだ。
「アカ、そっちの布を押さえてくれる?」
「うん。葉っぱ、泥につけないようにするね」
荷車に積んであった板を借り、車輪の前に小石と一緒に敷いて、男性にゆっくり馬を進めてもらった。一度目は空回りしたものの、板の位置を直すと、車輪がようやく轍を越えた。荷車がまっすぐになったところで、男性が大きく息を吐いた。
「助かったよ。力任せに引いてたら、車輪を傷めるところだった」
「よかった。荷物を戻しましょう」
「アカ、今度はもっと上手に並べられるよ!」
帰り道は、それまでより少しゆっくり進んだ。危ない場所を通り過ぎると、アカは馬の横を歩きながら、何度も「頑張ったね」と声をかけていた。馬は分かっているのかいないのか、ときどき耳を動かしていた。
町に戻った頃には、昼の忙しい時間が過ぎかけていた。荷車は市場へ荷を下ろしたあと、いくつかの店に立ち寄った。そして最後に着いたのが、あの食堂だった。
「エライザ、頼まれた野菜だよ!」
「はいよ! ……あれ、シロとアカじゃないか」
裏口から顔を出したエライザは、荷車のそばに立つわたしたちを見て目を丸くした。アカが得意そうに手を上げる。
「今日のお仕事、野菜を運ぶのだったの!」
「そういうことかい。あんたたち、朝から一緒だったんだね」
エライザが荷主へ目を向けると、男性は笑いながら頷いた。
「途中で車輪が泥にはまってね。この二人が落ち着いて手伝ってくれたよ。おかげで野菜も傷めずに済んだ」
「そうかい。そりゃ大変だったねえ」
エライザはアカの泥のついた袖を見て、それからわたしの靴へ視線を落とした。怒られるかと思ったけれど、代わりに大きな布を二枚持ってきてくれた。
「ほら、先に手を拭きな。そんな格好で店に入ったら、床が泥だらけになっちまうよ」
「ありがとう、エライザ」
「アカもちゃんと拭く!」
荷主を見送り、ギルドで依頼の報告を済ませてから食堂へ戻ると、昼の客はもうほとんどいなかった。メルが卓の上を片づけていて、わたしたちに気づくと明るい顔をした。
「シロ、アカ。さっきは野菜を届けてくれたんだって?」
「うん! アカたちがお手伝いしたんだよ」
「お母さんから聞いたよ。ありがとう。うちのご飯に使う野菜もあったんだって」
メルはそう言って、厨房の方を指差した。奥ではエライザが届いた野菜を選り分けている。しばらくすると鍋に火が入り、炒めた香草の匂いが流れてきた。
「シロ! アカ!」
奥の戸からミナトが顔を出した。クロもその足元を歩いている。ミナトはわたしたちの姿を見ると嬉しそうに駆け寄ったが、途中でエライザに呼び止められた。
「ミナト、走らない! お客さんの椅子にぶつかるよ」
「はーい」
足を緩めたミナトは、今度はわたしの前でぴたりと止まった。
「きょう、遊べる?」
「うん。ご飯の前なら、少し時間があるよ」
「やった!」
メルに声をかけてから、わたしたちは店の裏へ出た。ミナトは小さな木箱に石ころや木の実を集めていて、それを地面に並べ始める。どうやらお店屋さんごっこをするつもりらしい。
「ここがぼくのお店。こっちはご飯!」
「わあ、いっぱいあるね!」
「アカ、お客さんになる!」
アカが膝をついて木の実を指差すと、ミナトは大真面目な顔で石を一つ差し出した。
「これ、お肉の煮込みです」
「ください! おいくらですか?」
「ええと……石、一個!」
アカは自分の足元から小石を拾い、得意そうに渡した。ミナトは嬉しそうに受け取り、すぐさま木の実をおまけに添える。わたしも客になって注文すると、今度は細い枝を二本、パンだと言って渡してくれた。
「シロのは大きいパンね。アカのは?」
「アカはおかわり!」
「ええー、もう?」
二人が顔を見合わせて笑った。すぐそばでは、クロが陽だまりに座って尻尾を揺らしている。ミナトが「クロはお店の番だよ」と言うと、クロは一度だけ短く鳴いた。
あの頃と同じ名前で呼ばれているのに、今ここでクロが見せる顔は、わたしの知らなかったものだった。ミナトが枝を並べ直す間も、クロは急かさずに待っている。そんな穏やかな時間を、長い旅の果てに見つけたのだと思うと、胸の奥が温かくなった。
「何だい、こんなところにお店ができてたのかい」
エライザが裏口に立っていた。両手には洗ったばかりの野菜が入った籠がある。ミナトが顔を上げると、エライザは木の実を一つ手に取り、何の料理か尋ねた。
「それはお母さんのご飯!」
「おや。じゃあ、あたしが作るよりうまいかもしれないねえ」
「アカ、どっちも食べたい!」
その答えにエライザが吹き出した。笑いながらも、わたしとアカの方をちらりと見る。さっき野菜を届けたときとは、少し違う、柔らかな目だった。
「仕事のあとまで付き合ってくれて、ありがとね。ミナトが朝から楽しみにしてたんだよ」
「わたしたちも楽しいよ。ね、アカ」
「うん! もっと遊びたい!」
エライザは笑って頷き、籠を抱え直した。
「じゃあ、そろそろ手を洗っておいで。夕方の仕込みが終わったら、今日の野菜で作ったものを出してやるから」
ミナトが先に立ち、アカがそのあとを追っていった。メルが裏口で二人を迎え、順番に手を洗うよう促している。わたしも立ち上がりかけると、ミナトが急に振り返って、小さな木の実を掌に乗せた。
「シロ、これあげる。お店のおみやげ」
「いいの?」
「うん。つぎ来たときも、あそぼうね」
小さな木の実は、陽を受けてつやつやと光っていた。受け取ると、掌の中でころりと転がる。ミナトは満足そうに笑い、今度こそメルのところへ駆けていった。
わたしはその木の実を落とさないよう、そっと上着のポケットへしまった。




