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第四話 隊長さま、本日は怪我なしでお越しですか

 翌朝。


 教会の扉を開けたミラは、その場でぴたりと止まった。


「おはようございます」


 朝の光の中、すでに一人の男が立っていた。


 すらりと高い背。

 整った輪郭。

 蜂蜜色の落ち着いた金髪が、やわらかな陽を受けて淡くきらめいている。


 ただそこにいるだけで、入口が舞台の一場面みたいになっていた。


(……なんでここに?)


 王国騎士団第二部隊隊長、ヴェリスだった。


(ま、眩しい……朝が似合いすぎる)


 その腕には白と淡青の花束。

 もう片手には、町で人気の焼き菓子店の箱まである。


 朝から隙がなかった。


「昨日は世話になりました。こちら、礼です」


「えっ、そんな……」


 差し出され、ミラは慌てて両手で受け取る。


「お気遣いなく」


「気遣わせてください」


 低く穏やかな声だった。


 やさしいのに、不思議と断れない声でもあった。


(やさしく押し切られた……)


ミラが固まっていると、背後から陽気な声が飛んだ。


「おやおや」


 神父ノアである。


 いつの間にいた。


「うちの聖女に近づく男は予約制なんだが?」


「初耳です」


「今決めた」


「金額次第で変わりそうですね」


「話が早いな、騎士殿」


「やめてください二人とも」


 ヴェリスは神父へ一礼した。


「昨日はお世話になりました」

 

「菓子だけ受け取ろう」


「神父さま」


「冗談だ」


 たぶん半分くらい本気だった。


 ヴェリスの口元がわずかにほどける。


 それだけで張りつめた美貌に甘さが差した。


(……ちょっと笑うだけで格好いいの、なんで)


     ◇


 礼拝堂の一角へ案内すると、ヴェリスは花束へ視線を落とした。


「個人宛てでは気を遣わせるかと思いまして。礼拝堂へ飾っていただければ」


「……とても素敵です」


 ミラは花束を胸元へ抱え、ぱっと顔を綻ばせた。


「ありがとうございます。すごく嬉しいです」


 春風のような笑顔だった。

 紅い瞳が、嬉しそうに煌めき揺れた。


 ヴェリスの視線が、花束を抱くミラの顔に止まった。


 それからわずかに視線を外し、咳払いをひとつした。


「……それは、何よりです」


 ノアが横で小さく「ほう」と言った。


(今、何かありました?)


     ◇


「ご自分で選ばれたのですか?」


「ええ」


(隊長さまが花を選んでいる姿……)


(見たいような、見たくないような)


(見たら落ち着かない気がする)


 思わずちらりとヴェリスを見る。


 今日は鎧ではなく、濃紺の上着に白いシャツ姿だった。


 騎士の威圧感は薄れているのに、昨日より近寄りがたい。


(鎧がなくても強い人っているんだ……)


「本日はどこかお加減でも?」


 ミラが首を傾げると、ヴェリスは淡々と答えた。


「再診を」


「……もう治っておられるように見えますけれど」


「確認は大切です」


「そう、なのですね」


(違う気がする)


(でも真顔で言われると分からなくなる……)


 包帯を外してみる。


 やはり傷はきれいに塞がっていた。


「はい。とても順調そうにみえます」


「それは良かった」


「はい」


「では次に」


「次、ですか?」


 琥珀の瞳が静かにミラを映した。


「あなたの診察を」


 ミラの手が止まる。


(やっぱりそっちだった!)


     ◇


「昨日、かなり無理をしていたでしょう」


「そのようなことは……」


「ありました」


「……断言なさるのですね」


「見ていましたから」


 さらりと言われ、ミラの頬が少し熱くなる。


(見てたんだ)


(ずっと……?)


 胸の奥がそわそわした。


 けれど同時に、ひやりともする。


(この人、鋭い)


(やっぱり私が普通の聖女じゃないって……)


 ミラはそっと笑みを作った。


「聖女として、多少の無理は平気です」


 その瞬間、ヴェリスの表情が少し変わる。


 甘さが消え、騎士の顔になった。


「その言葉は」


 低く落ち着いた声だった。


「あなた自身を後回しにするための言い訳ですか」


 ミラは目を瞬いた。


 怒ってはいない。


 責めてもいない。


 ただ、本気で心配している顔だった。


「……そんなつもりは、ありません」


「なら、そうならないでください」


 視線を逸らさず続ける。


「助ける人が倒れれば、困る人が増える」


 理屈だった。


 でもなぜかその奥にある優しさを感じた。


 胸の奥がそわそわとあたたかくなった。


     ◇


「何か、変なことを言いましたか」


 ミラが黙って見ていたせいか、ヴェリスが問う。


「い、いえ」


「そうですか」


 ヴェリスは小さく頷いた。


 ほんの少しだけ拍子抜けしたように見えて、ミラは慌てた。


「ただ……」


「ただ?」


「お優しい方なのだな、と」


 言ってから、はっとする。


(そのまま言っちゃった)


 ヴェリスは一瞬目を丸くし、それから困ったように笑った。


 口元だけがやわらかくほどける。


「光栄です」


 琥珀の瞳に、金色の光が揺れた。


(だめ。なんだか吸い込まれそうになる)


     ◇


「実に初々しい」


 神父だった。


「神父さま、いつからそこに」


「花束を渡したあたりからだ」


「ずっとではありませんか……」


 ミラは困って眉を下げる。


 神父は腕を組み、ヴェリスを眺めてうなずいた。


「若い頃の俺に少し似てるな」


「全然違います」


 思わず即答した。


 ヴェリスがわずかに眉を上げる。


 神父は愉快そうに笑っていた。


(……でも)


 こっそり二人を見比べる。


 顔立ちはまるで違う。


 ヴェリスは人を惑わせるような甘さと鋭さを宿した、綺麗な美形だ。


 対する神父は、野性味を纏った美丈夫だ。無精髭さえ様になっていた。

 婦人方に人気なのも頷ける。


(ワイルド神父って何……)


 自分で考えて、自分で突っ込む。


 タイプは違う。


 けれど。


 一度気にした相手を放っておけなさそうなところ。


 不器用なくせに優しいところ。


 見ていないようで、ちゃんと見ているところ。


 そういう部分は、少し似ている気がした。


(……似てる。少しなら、分からなくもない)


「何か言いましたか」


「な、何も」


 ヴェリスが首を傾げる。


 近い。


 困る。


 ミラはそっと視線を逸らした。


     ◇


「ところで」


 神父が唐突に言った。


「騎士団は今日も暇なのか」


「暇ではありません」


 ヴェリスは真顔で返す。


「北の森討伐後の残党警戒、負傷兵の療養のため、一週間ほどこの町に駐屯します」


「へえ……一週間」


 思わずミラが声を漏らす。


 ヴェリスが視線を向けた。


「何か問題でも?」


「い、いえ」


(……一週間もいるんだ)


(なんで少し嬉しいの)


     ◇


「では、本日はこれで失礼します」


 ヴェリスが一礼する。


「はい。本日もお気をつけて」


「ええ。また来ます」


 あまりにも自然に言われ、ミラは瞬いた。


「……お怪我のご予定でも?」


「必要なら作ります」


「作ってはいけません」


 神父が吹き出す。


  (まさか今の冗談!?)


 ヴェリスもまた、堪えきれず小さく声を立てて笑った。


     ◇


 教会を出たヴェリスを、門の外で一人の騎士が待っていた。


 燃えるような赤髪。

 人好きのする笑み。


 第二隊副隊長、レオンハルトである。


「隊長」


「何だ」


「見回り先、教会だけでしたよね」


「そうだ」


「滞在時間三十分で満ち足りた顔してる人が言います?」


 ヴェリスは無言で歩き出した。


「分かりやすい」


 後ろで笑う声が追ってくる。

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