第二十六話 最後の試験は、魔物ですか?
翌朝。
ミラは、聖堂の一室で緊張しながら座っていた。
「……あれ?」
ミラは小さく首を傾げた。
よく見たら、昨日まで一緒だった候補者たちが半分くらいまだ来ていないみたいだった。代わりに、候補者たちの家族らしき人々が集まっていた。どの人も、仕立てのよい上等な服を身につけている。
そのとき、扉が開いた。
大神官オルディオスが、数名の神官を伴って入ってくる。
「ここにいる五名が、昨日の選定を通過した者だ」
「……!」
ミラの目が輝いた。
(そっかぁ……!)
ここに呼ばれた五人が――。
「エリーゼ・フェルシアン」
「はい」
「ベアトリス・グランシェ」
「はい」
「リディア・ケラーシュ」
「はい」
「コレット・ジクサ」
「はい」
そして。
「ミラ・エッセ」
「……はい!」
思わず声が弾んだ。
その瞬間。
「エリーゼ!」
両親が娘を抱きしめる。
「おめでとう」
「私たちの誇りよ」
「お父さま……お母さま……!」
ベアトリスも弟と妹に飛びつかれていた。
「お姉ちゃん、やったね!」
「もう……二人とも」
ベアトリスは目を細めながらも、二人を抱きしめた。
あちらでも、こちらでも。
喜びの声が上がる。
ミラは、その光景を眺めていた。
けれど。
ふと、胸の奥に浮かんだ顔がある。
栗色の髪と、気怠げだけど優しい深い青の瞳。
(神父さま。やったよ)
ミラは小さく笑った。
そのとき、オルディオスが再び口を開いた。
「では、最終選定について説明する」
空気が変わった。
「最終選定では、慣例に従い、魔物と対峙してもらう」
(魔物……!?)
候補者たちは、静かにオルディオスを見つめている。
ミラだけ、驚いた顔をしていた。
「最終選定では、聖女としての力で魔物を鎮めることが課題となる」
「……魔物」
ミラが呟いた。
「知らなかったの?」
ベアトリスが、少し驚いたように尋ねる。
「は、はい……」
「そうなのね」
ベアトリスは、涼やかに微笑んだ。
「大丈夫よ。これまでの大聖女候補も、みんな受けてきた試験だもの」
「そうなんだ……」
「ご家族には、危険性を含めた内容を説明した上で、了承をいただいている」
それぞれの家族が、娘たちを見つめる。
「しかしながら、最終選定への参加を辞退しても構わない。希望者は今ここで申し出てもらいたい」
誰も動かなかった。
ミラは、少しだけ背筋を伸ばした。
いよいよ。
最後の試験だ。
◇
そして。
最終選定の舞台となる大聖堂には、すでに大勢の人が集まっていた。
王侯貴族、裕福な資産家。
教会関係者、騎士たち。
一般の市民たちもいる。
五人の候補者が舞台へ進むと、ざわめきが広がった。
「昨日より、人がすごいような……」
ミラが思わず呟く。
「最終選定だもの」
ベアトリスが、さらりと言った。
「みんな、次の大聖女が誰になるのか見に来ているのよ」
「そ、そうなんですね……」
ミラは少しだけ観客席に目を向けた。
◇
そのとき。
観覧席の一角に、見慣れた姿を見つけた。
「……!」
蜂蜜色の髪。琥珀色の瞳。
騎士服姿のヴェリスが、こちらを見ていた。
目が合う。
一瞬。
ヴェリスの目が、少し驚いたように見開かれた。
それから。
ふっと、表情が和らぐ。
ミラも笑った。
(ヴェリス様……。ヴェリス……)
それだけなのに。
胸の奥にあった緊張が、少しだけほどけた。
ヴェリスも、その笑顔を見つめていた。
◇
やがて、その視線が舞台の奥へ移る。
大神官オルディオスが、中央へ進み出たのだ。
「これより、最終選定を開始する」
聖堂内が静まり返った。
「今回の選定では、魔物と対峙してもらう」
ミラの肩が、ぴくりと揺れる。
「ただし、魔物を倒す必要はない」
オルディオスが続ける。
「聖女としての力で、魔物を鎮めること。それが今回の課題だ」
「鎮める……」
ミラは舞台の奥にある巨大な扉を見る。
あの向こうに、魔物がいる。
「制限時間は一時間」
神官たちが舞台を囲むように並んだ。
淡い光が、床を走っていく。
やがて光は舞台全体を包み込むように広がった。
「観客の安全のため、結界を張る」
神官たちが力を注ぐと、舞台を包む光がさらに強くなる。
「候補者は、身の危険を感じたら結界内へ退避すること」
ミラが目を輝かせる。
「これが結界……綺麗……」
その一方。
観覧席のヴェリスは、結界をじっと見つめていた。
「……ずいぶん厳重な結界だな」
隣にいたレオンハルトが首を傾げる。
「そうですか?」
「ああ」
ヴェリスは短く答えた。
そのとき。
――ズン。
聖堂の床が、わずかに震えた。
「……?」
ミラが振り返る。
観客たちもざわめいた。
――ズン。
もう一度。
巨大な扉の向こうから、何かが歩いてくる。
「魔物……?」
コレットが呟く。
「あらっ、珍しい感じだわ」
リディアが笑みを浮かべる。
その瞬間。
ヴェリスの表情が変わった。
「……S級だ」
「え?」
レオンハルトが振り返る。
「今、なんて?」
「S級魔物だ」
迷いのない声だった。
レオンハルトの顔が強張る。
「……S級? 捕獲するのも難しいのに……」
レオンハルトはヴェリスに顔を向けた。
「隊長……S級を倒せるのって、ぎりぎり隊長くらいじゃないですか?」
ヴェリスは答えない。
ただ、舞台上の五人を見る。
その視線が、ミラで止まった。
「いつでも動ける体制でいろ」
「はい!」
そのとき。
――グォォォォォォォン……!
凄まじい咆哮が、聖堂を揺らした。
観覧席から悲鳴が上がる。
神官たちが一斉に結界へ力を注ぐ。
「結界を維持しろ!」
「はい!」
舞台を包む光が、大きく揺らめいた。
ミラは息を呑む。
怖い。
けれど。
ここまで来た。
ミラは小さく拳を握った。
「大丈夫……」
自分に言い聞かせるように呟く。
「やれるだけやってみよう」
その直後。
巨大な扉が、ゆっくりと開く。
その奥で――。
二つの赤い目が、開いた。




