第二十四話 聖女さまと、バルコニーで女子トークです
その日の夜。
聖女たちが滞在する、王家の離宮。
ミラは、自室のバルコニーに出ていた。
「……ふぅ」
夜風が、火照った頬を撫でていく。
今日は、いろいろなことがあった。
(昨日のヴェリス様とのデートが遠い昔のように感じてしまう)
第一次選定では水晶を見事に割ってしまい、
第二次選定では毒に侵された患者たちの治療。
そして、選定が終わったあとも、治療を続けた。
(まだ胸が、ぎゅっと苦しい……毒、吸い過ぎたのかな……)
手すりに両手を置き、夜空を見上げる。
ふと、袖口から覗く自分の腕に目が留まった。
手首のあたりが、少しだけ薄黒くなっている。
「……あれ?」
指先でそっと触れてみる。
痛くはない。
けれど、いつからこんな色になったのだろう。
(……今日、毒を吸い過ぎたからかな)
少し気になったものの、それ以上気にせず、夜空へ視線を戻した。
(眠れば、きっと馴染むよね)
(王宮も王都の夜空も、相変わらず綺麗だなぁ……)
「あっ」
そう、明日で、すべてが決まる。
そう思うと、胸の奥が少しだけ緊張した。
(最終選定、残れるのかなぁ……)
◇
そのとき。
「こんばんは、ミラ」
「……っ!」
隣のバルコニーから声がした。
振り向く。
そこには、エリーゼが立っていた。
「エ、エリーゼ様……!」
ミラは慌てて姿勢を正す。
エリーゼは、くすっと笑った。
「ふふ。そんなに緊張しなくてもいいわよ」
「す、すみません」
「もう。謝らなくていいのに」
エリーゼは笑いながら、手すりに寄りかかった。
「それより……」
ミラを見る。
「明日の最終選定、きっと残れるわよ」
「えっ?」
「あなた、今日すごかったもの」
エリーゼの声には、お世辞らしい響きがなかった。
「患者さんがすぐに立ち上がったでしょう?」
「はい……」
「あんなの、私も初めて見たわ」
「でも、私が担当した方は、皆さんより症状が軽かったので……」
「それでもよ。それに、」
エリーゼは微笑んだ。
「私たちの患者も最後まで治療したでしょう」
「あっ……すみません」
「どうして? ちゃんと治したのは、ミラだもの」
「……ありがとうございます」
ミラは恥ずかしながらも、嬉しそうに笑った。
その笑顔を見て、エリーゼも微笑む。
「あと……」
「はい?」
「私のこと、エリーゼでいいわよ」
「えっ?」
「『エリーゼ様』じゃ、少し堅苦しいでしょう?」
「でも……」
「私もミラって呼んでいるもの」
ミラは少し迷ってから、
「……エリーゼ」
ようやく呼んだ声は、小さかった。
「うん。それでいいわ」
エリーゼは満足そうに笑った。
「なんだか……嬉しい」
「私もよ」
(エリーゼさん、天使……! めちゃくちゃ可愛いだけじゃなくて、優しくて、なんて気さくなの……)
ミラの頬が染まった。
それから二人は、少しだけ夜空を眺めた。
◇
さっきまでの緊張が、いつの間にか消えていた。
「明日も頑張らないと」
「ええ」
エリーゼが夜空を見上げる。
「最後まで残って大聖女に選ばれたら、王妃になる可能性もあるでしょう?」
「王妃……」
ミラが目を丸くする。
「そんな可能性もあるんだ」
「ええ。大聖女は、それくらい特別な存在だもの」
「エ、エリーゼなら、お似合いだと思う……!」
「私?」
「はい」
ミラは迷いなく頷いた。
「綺麗だし、優しいし、聖女としてもすごいし。きっと王妃様になっても、皆さんにすごく愛されると思う」
「ふふ。ありがとう」
エリーゼは嬉しそうに笑った。
「王太子殿下も、素敵そうな方だし……」
「ええ。そうよ」
「最近、ますます人気があるわよ」
「やっぱり……お二人なら、とてもお似合いだと思う!」
「……そうよね。王妃というのも、名誉なことだけれど……」
エリーゼは少しだけ笑った。
「でもね」
「はい?」
「私には、好きな人がいるの」
「……!」
ミラの目が輝いた。
「そうなの?」
「ええ」
エリーゼは夜空を見上げる。
その横顔には、恋する少女のような柔らかな表情が浮かんでいた。
「ずっと好きなの」
「……素敵!どんな方……?」
「とても素敵な人よ」
「優しいんですか?」
「ええ。とても」
エリーゼは、嬉しそうに微笑んだ。
「それに……私のことを、特別に見てくれているの」
「……!」
ミラはますます興奮する。
「そうなんですか?」
「ええ」
エリーゼは、少し照れながら頷いた。
「だから、きっと大丈夫」
「何がですか?」
「彼も、私のことが好きだと思うわ」
ミラはぱちぱちと瞬きをした。
「わあ……!」
「ふふ」
「そりゃエリーゼなら、きっと好きでしょう!」
「でしょう?」
エリーゼは嬉しそうに笑う。
「実はね。最終選定が終わったら、ちゃんと気持ちを伝えようと思っているの」
「告白とか?」
「ええ。彼は、大聖女選定会が終わるまでは……って言ってたから。きっと、そういう雰囲気になると思うし」
エリーゼは少し考えてから、いたずらっぽく笑った。
「私から言うより……彼から言ってもらおうかしら」
「すご過ぎる……! 応援します!」
(さすがエリーゼ様……。私とは別の世界を生きてる!)
ミラは両手を胸の前で握った。
「ありがとう」
エリーゼは微笑む。
「あなたは素直で可愛らしい子ね……」
「そんな……」
ミラは照れたように笑った。
「ふふ」
エリーゼは夜空を見上げた。
「……楽しみだわ」
その横顔は、何かを心待ちにしている乙女そのものだった。
「ミラも明日、頑張ってね」
「はい!」
「私も負けるつもりはないわ」
「もちろんです!」
二人は顔を見合わせ、笑い合った。
「これからも、仲良くしましょうね」
「こちらこそ……」
(嬉しい……)
二つのバルコニーに、彼女たちの笑い声が響く。
夜風が、静かに二人の間を通り抜けていった。




