第二十二話 第二次選定は、治癒です
水晶の破片が、神官たちによって慎重に片づけられていく。
王族席から、その様子をセドリックが見ていた。
「……クラウス」
「はい」
「あれは、何だったんだ?」
「まだ、分かりません」
クラウスは砕けた水晶へ目を向ける。
「記録を確認する必要があります。少なくとも、過去三百年の信頼できる記録には、同じ例はありません」
「三百年……」
セドリックは呟いた。
そして、青い瞳はミラを見る。
本人はというと。
壊れた水晶を前に、まだ申し訳なさそうな顔をしていた。
◇
「これより、第二次選定を開始する」
大神官オルディオスの声が、大聖堂に響いた。
ざわめきが消える。
「第二次選定は、治癒」
左右の扉が開いた。
神官たちが、患者を連れて入ってくる。
十一人。
どの患者も、顔色が悪い。
苦しそうに胸を押さえている者。
意識が朦朧としている者。
自力では身体を起こせない者。
「全員、同じ毒に侵されています」
オルディオスが告げた。
「既存の解毒薬は、効果がありません」
候補者たちの表情が引き締まった。
「候補者は一人ずつ、患者を選びなさい」
患者たちへ、候補者たちの視線が走る。
エリーゼが足を止めた。
ひどく苦しそうに息をしている男性。
「この方にします」
神官が頷く。
少し離れたところでは、ベアトリスが意識の薄い青年の前に立った。
「私は、この方を」
そっと、その手を取る。
「大丈夫よ」
リディアは、身体の震えが止まらない女性の前で足を止めた。
患者をじっと観察する。
「……この症状、興味深いわ」
女性の手を取る。
「少し、調べさせてね」
コレットは、顔色の悪い老人の前で足を止める。
他の候補者たちも、それぞれに患者を選んでいく。
ミラは、残った患者を見る。
(こんな所で……可哀想)
苦しそうだった。
だが、最初の四人が選んだ患者ほどではない。
「お、お願いします」
「はい」
ミラは微笑んだ。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「では」
オルディオスが静かに告げる。
「始めなさい」
◇
十一人が、一斉に手を伸ばした。
大聖堂に光が咲いた。
金色。
白。
青。
緑。
それぞれの聖力が、患者の身体へ流れ込んでいく。
エリーゼの患者の呼吸が、少しずつ深くなる。
「……楽に、なってきた」
ベアトリスの患者は、閉じていた目を開いた。
「分かります?」
「……はい」
リディアの患者は、震えていた手を見つめた。
さっきまで止まらなかった震えが、弱くなっている。
「もう少しよ」
コレットの患者からも、苦しそうな息が消えていく。
医師たちが次々と確認する。
「毒の反応が弱まっています」
「意識も戻ってきた」
「これなら、数日もすれば歩けるでしょう」
驚きの声が広がった。
特に、最初に重い患者を選んだ四人の回復には、目を見張るものがあった。
エリーゼは、呼吸もままならなかった患者を、会話ができるまでに戻している。
ベアトリスは、意識が薄かった青年を自力で身体を起こせるまでに回復させた。
リディアは、激しく震えていた女性の症状を抑え、指先を自由に動かせるまでにしている。
コレットも、高熱に苦しんでいた老人の呼吸を安定させていた。
「さすが……」
「大聖女候補と呼ばれるだけのことはあるな」
感嘆の声が、あちこちから上がる。
誰もが、それぞれの患者を確実に回復させていた。
◇
「失礼します」
ミラも、患者の胸に手を添えていた。
淡い光が、身体へ染み込んでいく。
毒を探す。
見つけた。きっとこれだ。
いつものように、
吸い上げる。
「……っ」
(やっぱり苦しい……)
胸の奥が、焼けるように痛んだ。
身体の内側を、熱いものが駆け抜けていく。
それでも。
ミラは笑った。
「もう少しですから」
患者を安心させるように。
そして、自分自身にも言い聞かせた。
(患者さんも頑張ってる。私も慣れてるから、大丈夫。痛みも身体にすぐ馴染むようになってきたし……)
◇
少し離れた場所から、ヴェリスが見ていた。
「……」
ミラの手が、ほんの少し震えている。
笑顔も。
いつもと同じに見える。
けれど。
ヴェリスは、ほんのわずかな違和感を見逃さなかった。
あれは、平気な顔ではない。
ヴェリスの指が、ぎゅっと握られる。
ただ見ているしかなかった。
◇
やがて。
ミラの患者が、ゆっくりと目を開いた。
「……あれ?」
「はい」
ミラが微笑む。
「なんだ……?」
患者が身体を起こす。
そして。
「……苦しくない!」
自分の手を見る。
ゆっくりと腕を動かした。
立ち上がる。
「……立てる」
一歩。
二歩。
歩いた。
周囲から、どよめきが起こる。
「いきなり歩けるのか?」
「毒が……抜けた?」
だが。
すぐに、別の声が上がった。
「この患者は、ほかより症状が軽かったからでは?」
「きっとそうだ」
誰かがそう言った。
それで、ざわめきは少しずつ収まっていく。
ミラも、特に気にしていなかった。
「よかったです」
(嬉しい……)
ただ、それだけだった。
けれど。
一人の医師だけが、患者の前で動きを止めていた。
「……」
脈を取る。
瞳を見る。
もう一度、確認する。
医師の眉間に皺が寄った。
「先生?」
助手が声をかける。
返事はない。
医師は治療前の記録を開いた。
そこに並んだ数字を見る。
目の前の患者を見る。
「……おかしい」
小さな声だった。
「どうかしましたか?」
「いや……」
医師は首を振る。
「……まさか。ここまで……」
◇
その頃には、他の患者たちも顔色が良くなってきていた。
候補者たちは、それぞれの患者を、確実に救っている。
ミラは、その様子を見渡した。
「皆、やっぱりすごい……」
そして、ふと視線を止める。
まだ苦しそうな患者がいる。
胸の奥が、ずきりと痛む。
それでも。
ミラは微笑んだ。
(……もう少し。治してあげたい。いいかな……)




