第二十話 水晶さん、反応してくれますか
祭壇の前。
大神官オルディオスが静かに候補者たちを見渡している。
「ここに集いし、大聖女候補たちよ」
老いを感じさせない、力強くよく通る声が、大聖堂に響いた。
「女神ジルフェアは、古より人々に祝福を与えてきた」
ミラは静かに耳を傾ける。
「その祝福を受けた者は、聖力を授かる」
「その力は、人を癒し、魔物を退け、王国を守るために使われてきた」
オルディオスの視線が、十一人の候補者をゆっくりと巡る。
「そして、数多の聖女の中でも、ひときわ強い祝福を受けた者」
一拍。
「その者が、大聖女と呼ばれる」
大聖堂の空気が、わずかに張り詰めた。
ミラは思わず息を呑む。
(大聖女……)
女神ジルフェアの加護を受けた国、ジルフェアス。
大聖女は、その国を象徴する存在でもある。
近年の大聖女は、古の大聖女たちほど強大な聖力を持ってはいない。
それでも、その名が人々の尊敬を失うことはなかった。今もなお、大聖女は人々の希望であり続けている。
自分が、その候補者の一人としてここに立っている。
そう思うと、胸の奥が落ち着かなかった。
「だが」
オルディオスの声が、わずかに低くなった。
「聖力の強さだけで、人を救えるわけではない」
ミラが顔を上げる。
「与えられた力を、何のために使うのか」
「誰のために使うのか」
オルディオスは、一人ひとりの目を見つめるように言葉を続けた。
「その答えを、忘れてはならぬ」
静寂が落ちる。
(うん……身を引き締めよう)
ミラは小さく息を吸った。
「本日の選定では、候補者たちに二つの試験を受けてもらう」
オルディオスが続ける。
「第一は、聖力の測定」
神官たちが動き出した。
「第二は、治癒の試験」
大聖堂の中央へ、白銀の台座が運ばれてくる。
その上に置かれたのは、透明な水晶だった。
両手で抱えるほどの大きさ。
水晶の奥では、僅かな光が静かに揺らめいている。
「本日の結果を総合し、明日の最終選定へ進む者を決める」
ミラの喉が、ごくりと鳴った。
「それでは、第一次選定を開始する」
◇
神官が水晶の横へ立つ。
「この測定晶に触れていただきます。聖力に反応して、水晶の内部に光が現れます。光の強さや広がり方から、聖力の強さを測定します」
最初の候補者が、水晶の前へ進み出た。
「水晶に手を触れてください」
候補者が、そっと水晶へ手を伸ばした。
次の瞬間。
水晶の中に、淡い光が灯った。
「……!」
候補者の顔に、安堵が浮かぶ。
光はやがて消えた。
続いて、二人目。
三人目。
それぞれの聖力が測定されていく。
(これで……私の聖力が分かるんだ)
順番を待ちながら、ミラは自分の手を見つめた。
(ん?)
ふと、疑問が浮かぶ。
(そもそも私の力って……聖力なのかな?違うよね……)
今まで深く考えたことはなかった。
人を癒せる。
魔物を落ち着かせることもできる。
けれど。
ノアは、この力を「魔女の力」だと言っていた。
だから、普通の聖女が使う聖力とは違うはず。
(……どうしよう)
ミラは小さく唇を噛んだ。
(急に不安になってきた……)
◇
「次はーー」
神官が名簿へ目を落とした。
「エリーゼ・フェルシアン様」
「はい」
エリーゼは僅かに微笑みながら、前へ出た。
観覧席から、期待に満ちたざわめきが起こった。
「いよいよだ……」
水晶の前で優雅に一礼すると、そっと手を触れた。
――ぱあっ。
一瞬で、水晶が金色に輝いた。
「……!」
大聖堂が、淡い光に包まれる。
水晶の隅々まで光が満ち、まるで小さな太陽がそこに現れたようだった。
「おお……!」
「素晴らしい……!」
観覧席から声が上がる。
エリーゼは静かに手を離した。
それでも水晶は、しばらく強い光を放っていた。
「さすがエリーゼ様!」
歓声に、エリーゼは明るく微笑む。
その姿には、余裕があった。
次に呼ばれたのは――
「ベアトリス・グランシェ様」
「はい」
ベアトリスが静かに前に出る。
銀髪がさらりと揺れた。
水晶へ手を添える。
――ぱあっ。
エリーゼのときとは違う、鋭い光が水晶の中心から一気に広がった。
エリーゼの光が水晶全体を包み込むような輝きなら、ベアトリスの光は一点から強く押し広げるようだった。
水晶の中心から放たれた光が、まっすぐ伸び、そこから一気に周囲へ広がっていく。
「……!」
観覧席から、再びどよめきが起こる。
「強い光だ。エリーゼ様と並ぶ……?」
老紳士が、感嘆したように呟いた。
「ここ数十年で、この二人ほどの光を見たことはないぞ」
ベアトリスが手を離す。
水晶の中心に残っていた光が、細い光の糸となって、ゆっくり消えていった。
ミラは二人を見つめた。
(すごい……)
まるで、別世界の人を見ているようだった。
「次」
神官が名簿へ目を落とす。
「リディア・ケラーシュ様」
「はい」
リディアが楽しそうに歩いてくる。
水晶を見る目が、どこか研究者のようだった。
「どんな仕組みなのかしら」
「リディア様、触れていただければ結構です」
「分かっていますわ」
リディアが指先を触れた。
――ぱっ。
光が灯る。
エリーゼやベアトリスほどではない。
けれど。
水晶の内部を、細い光が煌めきながらいくつも走った。
複雑に絡み合い、まるで踊るように輝いている。
「……」
観覧席から、少し戸惑いが混じった驚きの声が漏れた。
「エリーゼ様たちほど明るくはないな」
「でも、あの光……なんだ?」
「変わっている……だが美しいな」
リディアは周囲の声など気にする様子もなく、水晶を覗き込んでいた。
「ふふ。やっぱり面白いわ」
次はーー
(そろそろ私かな……?)
ミラは順番を気にしていた。
「コレット・ジクサ様」
(違った!)
「はい」
返事は短かった。
静かに前へ出る。
ダークブラウンのショートヘア。細い眼鏡の奥から、橙色の瞳がまっすぐ水晶を見つめている。
ベアトリスに次ぐ長身だった。背筋も伸びていて、歩く姿にほとんど無駄がない。
水晶の前まで来ると、コレットは姿勢を正した。
そして、水晶へ手を添える前に目を伏せた。
「……女神ジルフェアの御心に恥じぬよう」
小さく呟いてから、一礼する。
そして、水晶へ手を添えた。
――ふわっ。
淡い光が広がった。
強さは、エリーゼやベアトリスには及ばない。
けれど。
光は一度も揺らがなかった。
水晶の中心から均等に広がり、隅々まで静かに満ちていく。
「……」
観覧席から、声が漏れる。
「綺麗だな」
「ほとんど揺れていない……」
コレットはじっと水晶を見つめていた。
やがて光が消える。
「……ありがとうございます」
深く一礼し、何事もなかったように列へ戻っていく。
その歩みにも、先ほどまでと変わらない落ち着きがあった。
その様子を見て、ミラは感心していた。
(きちんとした方だな……所作が綺麗……がさつな私と全然違うタイプな人だ……)
その後も、候補者たちが一人ずつ水晶へ触れていく。
少し弱い光。
一瞬だけ強く輝いて、すぐに消える光。
緊張から聖力をうまく引き出せない者もいた。
同じ聖女候補でも、その力には明確な差があった。
そして。
「最後の候補者です」
神官が名簿を見る。
「ミラ・エッセ様」
(きたー!)




