第十九話 大聖女選定会、いよいよ開幕です
大聖堂の奥で、鐘が鳴った。
重く、荘厳な音が高い天井へと響き渡る。
ざわめいていた人々が、一斉に口を閉ざした。
大聖堂の中央に並んだ十一人の大聖女候補たちへ、無数の視線が集まる。
ミラは小さく息を吸った。
胸の奥が、どくん、と鳴る。
選定会が始まる。
そう思うだけで、指先まで落ち着かなくなった。
◇
大聖堂の二階回廊。
ヴェリスは、静かに下を見下ろしていた。
清楚だが煌びやかな聖女たち。
その中で、質素な身なりの女性が、かえって目を引いていた。
「ミラ様……緊張してますね」
隣から、レオンハルトの声がした。
「ああ」
ヴェリスは短く答えた。
その視線は、ミラから離れない。
レオンハルトが、その横顔を見て小さく笑った。
「……大切な方なんですね」
からかうような響きはなかった。
「ああ」
ヴェリスは、否定しなかった。
レオンハルトが目を大きく見開く。
そして、みるみる口元が緩んだ。
「隊長……そうなんっすね……!」
嬉しそうにヴェリスを見る。
「だったら、選定会が終わったら、また誘ってあげてください」
「……ああ」
「今度はちゃんとデートだってはっきり誘ってあげてくださいよ。ミラ様、鈍そうですし」
ヴェリスが、わずかに苦笑した。
「……分かっている」
「はい」
レオンハルトも笑った。
「俺は応援してますよ」
ヴェリスは一瞬、レオンハルトを見た。
そして、ふっと笑った。
◇
そのとき。
近くにいた貴族の青年たちから、声が聞こえた。
「あの黒髪の聖女、可愛くないか?」
「地方の教会から来た子だろう?」
「へえ。ああいう子も悪くないな」
ヴェリスの眉間に、皺が寄った。
「……隊長」
「何だ」
「顔」
「……何だ」
「怖いですよ」
「そうか?」
「ええ」
レオンハルトは笑いを堪えながら、もう一度ミラを見る。
「まあ、目立つのは仕方ないですよ」
「……」
「綺麗ですから」
ヴェリスが、ゆっくりとレオンハルトを見る。
「……お前まで言うのか」
「俺は褒めただけです」
「そうか」
「はい」
レオンハルトは、くすりと笑った。
◇
そのとき。
大聖堂の大扉が、ゆっくりと開いた。
人々が一斉に振り返る。
聖職者たちが頭を下げる。
貴族たちも次々と立ち上がった。
「国王陛下だ……」
誰かが小さく呟いた。
大扉の向こうから、王族が姿を現す。
先頭を歩くのは、国王ローランド。
淡い栗色の髪に、青い瞳。
揺るがぬ威厳をまとい、大聖堂の空気を一瞬で引き締めた。
その隣には王妃。
名門公爵家の出身らしい気品を漂わせながら、穏やかな微笑みを浮かべている。
そして。
最後に姿を現した青年へ、視線が集まった。
王太子セドリック。
母親譲りの白金の髪が、大聖堂の光を受けてきらめく。
柔らかな笑みを浮かべ、堂々と歩く姿に、令嬢たちの間から小さなざわめきが広がった。
「セドリック殿下だ……」
「今日も素敵……」
「お姿を拝見できるなんて……」
そんな視線にも、セドリックは慣れた様子だった。
人々へ軽く手を上げ、親しげに微笑む。
そして。
すれ違いざま、一人の令嬢へ、ほんの一瞬だけウインクした。
「……っ!」
令嬢が真っ赤になる。
周囲からも小さなどよめきが起こった。
セドリックは何事もなかったかのように歩き続ける。
その後ろで、クラウスが小さく息を吐いた。
「……殿下」
「何だ?」
「昔の癖が出ていますよ」
セドリックが振り返る。
「そうか?」
「ええ。今は硬派で通しているんですから、ほどほどにしてください」
「別に、声をかけたわけじゃないだろう?」
「そういう問題ではありません」
クラウスは淡々と言った。
セドリックは楽しそうに笑う。
「相変わらず厳しいな、クラウスは」
「殿下が軽いだけです」
「それは否定できないな」
王妃がそんな二人を見て、柔らかく目を細めた。
王族が席へ向かう。
◇
やがて。
セドリックが、聖女たちへ目を向けた。
「クラウス」
「はい」
「あの黒髪の女性が、イザリアの聖女か?」
クラウスが視線を向ける。
「はい。ミラ・エッセ様です」
「なるほど」
ほんの少しだけ、口元が緩んだ。
◇
その時、空気が変わった。
大聖堂の奥で、白髪の一人の男が立ち上がったのだ。
残っていたざわめきが、静かに消えていく。
近くにいた聖職者たちが、一斉に道を開けた。
聖力を扱うための厳しい修練を積み、教会に仕える者たちだ。
その中でも、彼らが深く頭を下げる相手は限られている。
誰も声をかけない。
ただ、深く頭を下げる。
王族が通ったときとは、また違う緊張が大聖堂を包んでいた。
大神官オルディオス。
女神ジルフェアを祀る教会、その頂点に立つ男。
黒い法衣をまとい、ゆっくりと大聖女候補たちへ視線を向ける。
やがて。
その視線が、一人の前で止まった。
ミラ・エッセ。
小さな教会から現れた、異色の候補。
ミラが、ふと顔を上げる。
視線が重なった。
ほんの一瞬。
オルディオスのオリーブ色の目が、わずかに細められる。
そして。
何事もなかったように、視線を戻した。
(……?)
ミラは小さく首を傾げた。
◇
これが、王族……。
そして、大神官様……。
遠い存在だと思っていた人たちが、今は同じ大聖堂の中にいる。半年前まで小さな村の教会で暮らしていたミラには、あまりにも別世界のように思えた。
胸の奥が、きゅっと縮む。
けれど。
ふと、ノアの気怠そうな顔が浮かんだ。
(そうだ。神父様が言っていたもの)
(私らしくいよう)
(できたら、ちょっと活躍して……教会が潤って、もっとたくさんの人たちを助けられるように頑張ろう)
そう思うと、不思議と少しだけ肩の力が抜けた。
ミラは、小さく息を吐いた。
大丈夫。
私は私らしくやればいい。
やがて。
大聖堂に、再び鐘が鳴り響いた。
「これより――」
聖職者の声が、静まり返った大聖堂へ響く。
「大聖女選定を開始する」




