第二話 繁盛してます(たぶん詐欺)
「……え、なにそれ」
朝食のパンを持ったまま、ミラは固まった。
神父ノアが机へ置いた麻袋は、春先の淡い朝日を浴びて鈍く光っていた。
じゃらり、と中で金属が鳴る。
「今月の売上」
「教会でその単語やめてください!」
反射で叫ぶ。
ここは教会である。
祈りと慈愛の場所である。
……たぶん。
なのに机の上には、どう見ても金貨の袋が積まれていた。
「まだ町に来て三ヶ月ですよね!?」
「口コミは馬より速いからな」
神父は、焼きたての黒パンを当然のようにかじった。
「“こんな小さな町に、とんでもない聖女様がいるらしい”って話で広まった」
「どこからそんな話になったんですか!?」
「俺が広めた」
「自分で!?」
「だが間違ってない」
ぐうの音も出ない。
たしかにミラは祈り、微笑み、怪我人を癒やしていた。
その結果がこれである。
(……ほんと、こんなんでいいのかな)
胸の奥には、まだ鈍い重さが残っていた。
「顔が暗いぞ」
神父が覗き込む。
「儲かって嬉しい聖女の顔しろ」
「そんな顔あります!?」
慌てて笑えば、神父は満足げに頷いた。
「うん。今のは高額寄付が入りそうな顔だ」
「褒めてませんよね!?」
朝から疲れる。
でも少し笑ってしまう。
◇
聖女として自由都市イザリアの町へ来て三ヶ月以上経つ。
冬の厳しさがようやく和らぎ、街道にも旅人の姿が戻り始めていた。
商人も多く、人の出入りが激しい町だ。
当然、怪我人や病人も多い。
そして今。
町で一番列ができる場所は、なぜか教会だった。
「聖女さま、お願いします!」
「庶民も診てくれるて本当?」
「隣町から来ました!」
「昨日ここで治してもらった奴、走って帰ってたぞ!」
「それは盛ってます!」
思わず訂正する。
教会の外まで続く列を見て、ミラは遠い目になった。
(なんでこんなことに)
礼拝堂へ入ると、人々が一斉に顔を上げた。
春の風が、白い聖女服の裾をふわりと揺らす。
「聖女さまだ!」
「今日もかわいい……」
ミラ目当ての野次馬までいる。
(嬉しいけど……これ絶対、聖女服が優秀なのよね……)
白金の刺繍は淡い陽射しを受け、妙に神々しく見えた。
ミラは小さく咳払いし、優雅に一礼する。
「お待たせしました。お待ちくださりありがとうございます」
その一言だけで、張りつめていた空気がやわらいだ。
◇
しばらくして。
礼拝堂の奥から、慌ただしい声が響いた。
「道を開けてくれ!」
数人の男たちが、ぐったりした旅人を抱えて駆け込んでくる。
外套は裂け、脇腹には血の滲んだ布。
礼拝堂の空気が一気に張りつめた。
「街道で魔物に襲われたんだ!」
「医者じゃ無理だって……!」
青ざめた顔。
浅い呼吸。
ミラは迷わず膝をつく。
「大丈夫です。少し触れますね」
血で濡れた布へ、そっと手を重ねる。
瞬間。
(っ……!)
焼けるような激痛が身体を貫いた。
深い裂傷。
熱。
恐怖。
死を覚悟した絶望。
全部が一気に流れ込んでくる。
視界が白く揺れた。
苦しい。
黒い斑点が腕に一瞬広がる。
それでもミラは微笑む。
「もう、大丈夫ですよ」
淡い光が傷口を包み込む。
ざわり、と礼拝堂がどよめいた。
「傷が……!」
「塞がっていく……!」
旅人が震える手で脇腹を押さえる。
「助かった……」
その声に、緊張で満たされていた空気が一気にほどけた。
「奇跡だ……!」
歓声が広がる。
ミラはそっと息を吐いて微笑んだ。
痛みは薄まったが、腕が痺れ、胸の奥がずしりと重い。
でも。
目の前の人が笑ってくれるなら、それでいいと思ってしまう。
「次の方をどうぞ」
その後も、人は途切れなかった。
一人癒やすたび、礼拝堂の空気が少しずつ明るくなっていく。
「王都の聖女様にも負けんぞ!うちの聖女様は!」
(王都の聖女様?そこ勝負なの……!?)
会話を聞きながらも視界が揺れた。
「聖女様、お顔が……」
列にいた少女が不安そうに覗き込む。
「大丈夫ですよ」
ミラは笑った。
「あなたもずっと付き添って疲れたでしょう?」
頭をそっと撫でると、少女は泣きそうな顔になった。
「次の方をどうぞ」
その笑顔に、人々は安心したように息をついた。
人々の喜ぶ顔を見るたび、胸の奥が温かくなる。
だから、やめられない。
(でもこれ、たぶん)
(やめ時を見失うやつよね)
◇
「……お代は、いくらで?」
治癒を終えた男が、おそるおそる尋ねる。
神父はちらりと見る。
「払える分でいい」
男は露骨に安堵した。
ミラもそっと表情をゆるめる。
だが次に進み出た豪奢な商人には、神父は袋の中身を見て鼻で笑った。
「足りねえな」
「は?」
「命の値段、安く見積もるな」
口角を吊り上げる。
「続きは寄付で頼む」
(……相手見て変えてるのよね、この人)
ミラは心の中でため息をついた。
でも、不思議と嫌な感じはしない。
払えない人からは取らない。
払える人からは、きっちり取る。
ずるいのに、妙に筋が通っていた。
◇
昼過ぎ。
外が急に騒がしくなった。
「王国騎士団だって!」
「ほんと!? あの銀の騎士団?」
「美男ばっかりって噂の?」
「第二部隊だって話だぜ。平民はもちろん、貴族の子息でも選ばれるのは一握りだって」
「全員、化け物みたいに強いらしいぞ」
「なんでそんな連中がこんな町に?」
憧れと緊張の混ざった声が飛び交う。
「北の森で魔物討伐してきたらしいぞ!」
「負傷者も多いって!」
「じゃあ教会にも来るんじゃ……?」
ざわめきが熱を帯びていく。
春風に混じって、遠くから馬のいななきが聞こえた。
ミラの指先が、すっと冷える。
騎士団。
国に仕える者たち。
もし、この力の正体を問われたら。
もし普通の治癒ではないと気づかれたら。
(……まずいかも)
神父は隣に立ち、ぽんと肩を叩く。
「安心しろ。聖女の力との違いを見抜くのは難しい」
「本当にですか?」
「普通の神官や騎士なら知らん」
ノアは肩をすくめた。
「魔女は数十年目撃されてないからな」
「数十年……?」
「まぁ、昔話みたいなもんだ」
いつも通りの軽い口調。
けれど。
その横顔から、一瞬だけ笑みが消えた。
「……神父さま?」
「ん?」
気づけばもう、いつもの顔に戻っていた。
「まぁ人気店には、大口客が来るもんだ」
「だから飲食店みたいに言わないでください!」
言い返した、その瞬間だった。
乾いた春風を裂くように。
鎧の足音が。
教会の前で、止まった。




