↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/31

第十七話 隊長さま、名前を呼ぶ

 離宮近くの庭園に来ていた。


 いつの間にか夕焼けが白い回廊を淡く染めている。


 風が花の香りを運び、噴水の水音だけが静かに響いている。


「綺麗ですね」


 返事がない。


「隊長さま?」


 振り返る。


 ヴェリスは、夕焼けではなく。


 ミラを見ていた。


 視線が重なる。


 胸が小さく跳ねた。


「……ああ」


 少し遅れて返ってきた声は、いつもよりわずかに掠れていた。


「……?」


 ミラが首を傾げる。


 けれどヴェリスは何も言わず、夕焼けへ視線を戻した。


 その横顔が、どこかいつもと違って見える。


 (私の顔に、なんかついてたのかな!?)


◇


 三か月。


 手紙だけのやり取りだった。


 久しぶりに会ったミラは、以前と変わらない。


 柔らかな笑顔。

 風に揺れる黒髪。


 けれど。


 夕暮れの光の中に立つその姿は、以前より少しだけ大人びて見えた。


 ヴェリスの視線が、知らず知らずのうちにずっと彼女を追っていた。


「隊長さま?」


「……はい」


「どうかしましたか?」


「いえ」


 短い返事。


 けれど。


 視線だけは、なかなか離れなかった。


 (もしかして私といるのつまらない?)


◇


 離宮のすぐ側まで来た。


 (もうすぐでお別れ……)


 日暮れの風がやさしく髪を揺らしていく。


「あの」


 思い切った。


「はい」


「“聖女様”じゃなくて……」


 ミラが少しだけ視線を泳がせる。


「ミラ、と呼んでいただけたら」


 ヴェリスが、ほんの一瞬だけ黙った。


「……良いのですか?」


「え?」


「その呼び方は」


 金色の瞳が、ミラへ向けられる。


「それは、親しい相手だけに許している呼び方では?」


(親しい相手……)


 その言葉に胸が跳ねた。


 (でもやっぱり聖女様とか、様づけは嫌だし……)


「……はい」


 小さく頷く。


「隊長さまには、そう呼んでほしいです」


 ヴェリスの目元が、ほんの少しだけやわらぐ。


「あなたが望むなら」


「……ミラ」


 たったそれだけ。


 たった名前を呼ばれただけなのに。


(だめ……)


 心臓がうるさい。


「では」


 ヴェリスが一歩だけ近づく。


「俺のことも」


「ヴェリス、と」


「……ヴェリス、さま」


 小さく笑われた。


「“さま”は不要です」


「……ヴェリス」


 (呼んじゃったよー!!)

 心の中は赤面だった。


 呼んだ瞬間。


 ヴェリスの足が止まった。


 静かな沈黙。


 夜風だけが、二人の間を通り過ぎる。


 やがて、ヴェリスがゆっくりと目を伏せた。


「その呼び方は」


 低く落ちる声。


「……嬉しいです」


 その一言に。


 ミラの胸も、ぎゅっと締め付けられた。


 (私こそ……)


◇


 白い離宮の門の前。


「選定会の間は」


「こんな風には会えないと思います」


 胸が小さく沈む。


「ですので」


 一拍。


「終わったら」


 金の瞳が真っ直ぐ向けられる。


「必ず、時間をください」


 胸が大きく跳ねた。


「今度はもっと、ゆっくり案内します」


 あたたかい風が通り過ぎる。


(まさか……えっと……また会ってくれるの?)


 突然の事すぎて、理解が追いついてなかった。


 胸が、跳ねる。


(……だめ)


 そんなことを言われたら。


 期待してしまう。


 けれど。


(……違う)


 まさか、私だからじゃない。


 そんはずはない。


 ヴェリス様は、誰にでも優しい人だ。


 それに。


 私が聖女だと思っているから……きっと、なおさら。


 だから。


(本当の私を知ったら……)


 胸の奥で、秘密が小さく疼く。


「……選定会、頑張ります」


 勘違いしたくない。

 傷つきたくない。

 だから、それ以上は踏み込めなかった。


「今日は、本当にありがとうございました」


 笑う。


 心を隠すように。


 ヴェリスが目を細めた。


「……ミラ?」


 引き留めるような声だった。


 けれどミラは、ただ笑った。


「すごく楽しかったです」


 そう言って頭を下げた。


 白い門がゆっくり開く。


 そして閉じる。


 その背中を見送りながら。


 ヴェリスは、しばらくその場から動かなかった。


◇


 閉じた門を見つめる。


 街灯が揺れる。


 それでも。


 しばらく、動けなかった。


 やがて、ミラからもらった包みに視線を落とす。


「ミラ……」


 固まっていた口元が、ほんの少しだけ緩んだ。


「……レオン」


 ぽつりと呟く。


「……お前の言うとおりだ」


 ヴェリスは、小さく息を吐いた。


「俺は……」


 その先の言葉を、飲み込む。


 手の中の小さな包みを、そっと握り直す。


 苦笑が、ほんの少しだけ漏れた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。