第十五話 王子さまは、魔女を嫌う
御前会議を終え、セドリックは王太子の執務室へ戻ってきた。
その後ろを、クラウスが続く。
濃い灰色の髪に銀縁眼鏡をかけた青年。
ラグナード侯爵家の嫡男であり、セドリックの側近を務めている。
「西部への騎士団派遣は、第三部隊で決まりましたね」
「ああ。二個小隊だ」
「今年に入ってから、魔物の出現が増えていますからね」
クラウスは手にした書類へ目を落とした。
「昨年の同時期より三割増し。西部にまで被害が出るとは」
「死者は?」
「十八名です」
セドリックの眉がわずかに動いた。
「……多いな」
「ええ。ここ数年、増加傾向です」
クラウスが書類を机へ置く。
「原因は、まだ分かっていません」
「そうか」
セドリックは答え、窓辺へ歩いた。
王宮の中庭が見える。
その中央に、三体の聖女像が並んでいた。
セドリックは、しばらくその像を見つめていた。
「……聖女像ですか」
クラウスも窓へ近づく。
「建国以来の三大大聖女ですね」
「ああ」
三体の像を順に見る。
「建国のキリア。大飢饉を救ったソファネ。そして、魔物の大侵攻を止めたダヴィナ」
セドリックの視線が、最後の像で止まった。
三体の中で、ダヴィナだけが様子が違っていたのだ。
胸元で静かに手を組み、遠くを見つめるその顔には、深い悲しみが浮かんでいるように見えた。
「ダヴィナ様の時代に、突如魔女が現れたんでしたね」
「ああ」
「町がいくつも消えた」
「今でも遺跡が残っている」
「六百年以上経った今も、ですね」
「わざと残しているのだ。それだけの災厄だったことを忘れないために」
◇
クラウスはしばらく像を見つめた。
「……魔女が最後に確認されたのは、二十五年前」
「魔女の森だ」
「陛下とアレクシス殿下が向かわれた時ですね」
「ああ」
「そして、戻られたのは陛下だけ」
セドリックは答えなかった。
「アレクシス殿下は……」
「伯父上は、戻らなかった」
セドリックは遮るように言った。
クラウスは、それ以上は口にしなかった。
「その前は百年以上、魔女は確認されていなかった」
「……それでも、現れた」
「ああ」
クラウスが窓の外を見る。
「……魔女は、生きていると思われますか?」
「分からない」
セドリックは静かに答えた。
「だが、俺が王になれば、魔女の森を放置するつもりはない」
「調査を?」
「ああ」
セドリックの青い目が鋭くなる。
「……調べて終わりにするつもりはない」
その声が低く落ちた。
「魔女が生きているなら、討伐する」
クラウスは黙った。
「……本気ですか?」
「本気だ」
短い返答だった。
そこには、冗談の入り込む余地すらない。
セドリックは窓の外へ視線を戻した。
「魔女は嫌いだ」
「知っています」
クラウスが苦笑する。
その言葉に、セドリックの表情がわずかに硬くなった。
何度も耳にしたことがある。
『陛下が王になれたのは、魔女のおかげだ』
『アレクシス殿下が生きて帰っていれば、今の王太子殿下もいなかった』
そんな陰口だった。
父を侮辱されるのも。
伯父の死を、そんなふうに語られるのも。
そして、自分の立場まで魔女のおかげだと言われるのも。
ただ、ひどく不快だった。
「ですが、陛下は魔女狩りを禁じられています」
「分かっている」
「魔女の森へ入ることも」
セドリックは、窓の外へ目を向けた。
「……最強と言われた伯父上が戻らなかった場所だ」
短く息を吐く。
「父上が禁じたのも、無理はない」
クラウスは何も言わなかった。
ただ、眼鏡の位置を指先で静かに直した。
「だが」
セドリックの視線が、森の向こうへ向く。
「魔物が増えている今、何もしないままというわけにはいかない」
「魔物の増加と、魔女に関係があるとも言われていますが……」
「そうだ」
セドリックは答えた。
「だからこそ、今すぐにでも調べる必要がある」
「……陛下に、進言されるおつもりですか?」
セドリックは、森の向こうを見つめたまま答えた。
「ああ。機を見ているところだ」
「許可が下りるでしょうか」
「さあな」
セドリックは少し大袈裟に肩をすくめる。
「だが、言ってみなければ分からないだろう?」
クラウスが小さく笑った。
「……殿下らしいですね」
「何がだ」
「禁止されていることほど、どうにかして道を探そうとなさるところです」
「……悪いか?」
セドリックは、口元にわずかな笑みを浮かべた。
「いいえ」
クラウスは涼しげな笑みを浮かべて答えた。
その淡い灰色の瞳が、銀色に光る。
「そのために私がいるのでしょう?」
セドリックが振り返る。
「お前、止める気はないのか?」
「必要なら止めます」
「必要なら?」
「殿下が無茶をされる時は。」
「俺は無茶なんてしないさ」
「……そういうことにしておきましょう」
クラウスは、わずかに口元を緩めた。
「殿下が何を考えているかくらい、長い付き合いですから分かりますよ。」
セドリックは呆れたように息を吐いた。
だが、口元は笑っていた。
「それなら、褒め言葉として受け取っておこう」
「ええ。好きに受け取ってください」
クラウスも笑みを浮かべる。
けれど。
次の瞬間、セドリックはもう笑っていなかった。
その視線は窓の外。
三体の聖女像。
その向こうに広がる王都。
そして、そのさらに遥かなる先。
深く、広大な魔女の森を、まっすぐに見つめていた。




