表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
処刑された公爵令嬢は竜となって蘇る(※復讐は竜をも狂わせます)  作者: ゆうらり薄暮


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

67/72

64 新たな番の巣



 世界が崩れた夜の次の日、空は何事もなかったように青かった。


 王都の煙は、遠くから見ればただの薄い雲に見える。

 人間たちはきっと、瓦礫を数え、死体を数え、明日の王を選ぶのだろう。


 けれど、ヴィーラはもう振り返らなかった。


 深紫と銀の竜は、翼を一度だけ大きく打つ。

 空気が割れ、雲が裂ける。

 地上の喧噪はそれだけで小さくなり、やがて音にならなくなった。


 背にしがみつく人間が一人いる。


 濃紺の髪をきつく結び、銀の瞳だけで空を見上げる男。

 ヴィーラが「番」と呼んだ男。


 彼はしがみつく指先を離さないまま、風に呟いた。


「……これから、どこ行くんだ」


 ヴィーラは答えない。

 竜の喉の奥で、吐き気みたいな熱がまだ燻っている。

 あの熱は、街を焼けば静かになると囁く。


 けれど、今は。


 背中の重みが、熱を別の形に変える。


 風が冷たい。

 その冷たさが、胸の奥の炎を少しだけ落ち着かせた。


 ヴィーラは旋回し、山脈の向こうへ抜ける。

 森の上を滑り、雪の残る稜線を越える。

 誰も住まないような谷へ落ちていくと、そこに岩の裂け目があった。


 竜の巣にするには、ちょうどいい。


 洞の奥は乾いていて、天井は高く、風は入り口で止まる。

 外からは見えにくい。

 人間の軍も、魔術師も、辿り着けない。


 ヴィーラは洞の前に降り立つ。

 地面が小さく震え、石が転がった。


 そして、ゆっくりと。


 翼が縮む。

 鱗が肌に沈む。

 骨が軋み、形が組み替わる。


 深紫に銀を溶かした髪が、肩に落ちた。


 裸足の女が、洞の入口に立つ。


 彼女は背後を見ずに言った。


「ここよ」


 男は地面に降り、足元の石を踏みしめた。

 まだ現実に追いつけない顔をしている。

 数年前まで奴隷だった少年の名残を彼はずっと捨てきれていない。


 ヴィーラはその横顔を見て、口の中だけで小さく息を吐いた。


 真名を渡した。

 魂を繋いだ。


 だから、今さら誤魔化せない。


 竜にとって巣は、家ではない。

 外界との境界だ。

 ここから先は「番」になるのだ。


「……寒い」


 ルイが言った。


 ヴィーラは首を傾げる。


「竜は寒さでは死なないわ」


「いや、お前じゃなくて」


 男は言い直し、少しだけ視線を逸らした。


「……俺が」


 ヴィーラは笑わない。

 代わりに外套を自分の肩から外し、男の肩にかけた。


 彼の身体がびくりと跳ねる。


 触れるだけで、分かる。


 骨が細い。

 傷が多い。

 それでも生きている。


 彼が生きていることが、いまは大事だった。


 ヴィーラは、あえて淡く言った。


「人間は脆いわよね」


「知ってる」


 男が苦笑する。


「だから、しがみついて生きてきた」


 その言葉の裏に、どれだけの血があるのか。

 ヴィーラは知らないふりをした。


 今は、聞く余裕がない。


「わたくしの番だからそのうちあなたも竜になる。今だって実は半竜なの。だから平気よ」


 洞の奥に進む。

 足音が岩に吸われていく。

 静けさが濃い。


 ヴィーラはその静けさに、少しだけ腹が立った。


 静寂は、復讐で得られるものではなかった。

 アンリの灰でも、エレーヌの沈黙でも、埋まらない穴がある。


 それでも。


 洞の奥に小さな泉があり、透明な水が落ちているのを見つけたとき、ヴィーラはほんの少し肩の力を抜いた。


「水がある」


「飯は?」


「竜は食べなくても平気よ」


「いや、俺の話。半竜もよくわからん」


 またそれだ。


 ヴィーラは一瞬、目を細める。

 だが男は、笑っていない。


 真剣に、生きようとしている。


 ヴィーラは岩棚の上に落ちていた乾いた木の実を拾い、手のひらに乗せた。

 竜の爪で割ると、中身が出る。


「これ、食べられる」


「……竜って便利だな」


「便利だから生き残るの」


 答えながら、ヴィーラはふと、言うべきことを思い出す。


 昨日からずっと、喉の奥に引っかかっていた言葉。


 竜の番としての最初の決まり。


 ヴィーラは男の前に立つ。


「ルイ」


 呼ぶと、男は反射で肩をすくめた。

 その名前を呼ばれるたびに、鎖の音がするのだろう。


 ヴィーラは言い直す。


「……シャルル」


 男の目が、見開かれた。


「……」


「もう呼んでもいいでしょう?」


 真名で繋いだことで、彼の奥の名前がずっとヴィーラの中にある。


 ヴィーラは続ける。


「これからはその名で呼ぶわ」


 シャルルは、唇を震わせた。

 怒りでも恐怖でもない。

 居場所を見つけた時の、人間の顔だった。


「……やめろ」


「なぜ」


「嬉しいから」


 その言葉が、ヴィーラの胸の奥を刺した。


 嬉しい。

 それは復讐とはきっと正反対の言葉だ。


 ヴィーラは目を逸らし、泉の水に指先を浸す。

 冷たい水が皮膚を撫でた。


「慣れなさい」


 それだけ言う。


 シャルルは笑った。


「……お前がそれ言うの、反則だろ」


 洞の奥に、ほんの少しだけ温度が生まれた。


 ◇


 その日の夜。


 洞の外では風が唸っているはずなのに、巣の中は静かだった。

 焚き火の小さな音だけが、石壁に反射する。


 ヴィーラは火を見つめていた。

 炎は優しい顔もするのに、昨日の自分の炎は優しくなかった。


 シャルルは、焚き火の向こうで外套を肩にかけたまま座っている。


「……聞いていいか」


「何」


「お前の過去」


 ヴィーラの指先が止まる。


 過去。


 ぽつりぽつりと前世を語る。

 公爵令嬢だったこと。

 人間の家族は灰になったこと。


 彼は続けた。


「……お前、あの屋敷に帰らねぇのか?」


 ヴィーラは、火の中を見たまま言った。


「帰らない」


「……なんで」


 ヴィーラは答えない。

 答えたら、心がまた燃え上がる気がしたからだ。


 その時。


 洞の入口の影が揺れた。


 空気が、金色にきらめく。

 それは火の光ではない。

 世界が一瞬だけ「整う」感じ。


 現れたのは二人。


 白銀の髪に金の瞳の女。

 そして、金に銀を混ぜたような鱗を持つ男。


 アルシェとアランだった。


 シャルルが反射的に立ち上がる。

 だがヴィーラは立たない。

 立てなかった。


「お母様……お父様…………」


 アルシェの金の瞳が、洞の中の焦げた匂いを嗅ぎ取る。

 次に、ヴィーラを見る。

 その視線は叱責ではなく、確認だった。


「……落ち着いた?」


 ヴィーラは笑った。


「落ち着いていたら、こんな思いしないわ」


 アルシェが肩をすくめる。

 アランはヴィーラをじっと見た。

 その深紫の瞳の奥にはじんわりとした愛情が滲んでいる。


「……生きているな」


 ヴィーラは息を吐く。


「ええ、あなたが拾ったから」


 その言葉に、シャルルの眉が動く。


 拾った?


 誰が?


 何を?


 ヴィーラの喉の奥が少しだけ苦くなる。

 もう、隠せない。


 アルシェが焚き火のそばに座り、火に手を翳す。


「説明しないとね」


 金の瞳が、静かに揺れた。


「ヴィーラ。あなたが生まれた理由。前世を思い出したんでしょう?」


※完結まで毎日投稿です。

よろしくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ