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処刑された公爵令嬢は竜となって蘇る(※復讐は竜をも狂わせます)  作者: ゆうらり薄暮


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60 灰の王冠



 玉座の間に、静寂が落ちた。


 王だったものは、灰になっている。


 赤い髪も。

 赤い瞳も。

 王冠も。


 すべて、形を失った。


 それなのに。


 胸の奥が、まったく静まらない。


 どくん。


 どくん。


「……おかしいですわね」


 裸足で歩く。

 じゅ、と音がする。

 床はまだ温かい。

 焦げた金属と血の匂いが甘く混ざる。


「やっと、終わりましたのに」


 アンリを殺した。

 復讐は果たした。


 なのに。


 処刑台の青空が消えない。

 「不要です」の声が消えない。


 その時。


 遠くの回廊から、かすかな足音がした。

 月光が差す石の廊下。


 桃色の髪が震えていた。


「……あなたは、誰?」


 王妃。


 かつての親友。


 エレーヌ。


 ヴィーラは振り向いた。

 深紫に銀を溶かした髪が月を含んで淡く光る。


「……思い出せない? 賢い子だったのに」


 声は柔らかい。


 それが、残酷だった。


「その髪……その目……」


 呼吸が浅くなる。


「……まさか」


 ヴィーラは一歩近づく。

 人の歩幅で。

 だが、圧は竜のままで。


「よく見てみなさい」


 エレーヌは退く。

 背中が柱にぶつかる。


「やめて……お願い……」


「お願い?」


 小さく笑う。


「まだ覚えていたのね。偉いわ」


 顎を掴む。


 逃げられないほどではない。

 ただ、目を逸らせないだけ。


「私を見なさい」


 涙が光る。


「昔のあなたより、私の方が美しいでしょう?」


 声が出ない。


「今のあなたより、若いでしょう?」


 指先で骨をなぞる。


「だって私は竜だもの」


 宣告だった。

 努力で届かない場所の宣言。


「私には……まだ……」


「何があるの?」


 恋?

 愛?

 伴侶?

 栄誉?


 一つずつ、丁寧に並べる。


「……もうないの」


 嗚咽。


「そう。もうない」


 一拍。


「あなたも、あなたの夫も」


 二拍。


「あなたが命を捨ててでも守りたかった子供たちも」


 三拍。


「……もう、いない」

 

 さっき殺しちゃったわとくすくす笑う彼女にエレーヌは崩れ落ちた。


「違うの……私は……」


「知ってるわ」


 何も誇張しない声。


「あなたの因果が巡っただけ」


「私だけが悪いって言うの?」


「可哀想で傲慢な子。ねぇ、わたくしの大好きなエレーヌ」


 昔の呼び方。

 だから、裂ける。


「私はあなたのわがままで死んだの」


 エレーヌが崩れる。


「私だって生きたかったのよ……!」


 その言葉に。


 ヴィーラは微笑んだ。


「ええ。分かりますわ」


 額を軽く触れ合わせる。


「私も、生きたかっただけですもの」


 沈黙。


「……ごめんなさい……」


 今度は本物の涙。


 でも遅い。


「ありがとう」


 ヴィーラは言った。


「とても、いい言い訳でしたわ」


 完全に折れる音がした。


「許して……ヴィーラ」


「わたくしが許す必要、ありますの?」


 世界が止まる。


「……もう忘れてもいいわよね?」


 優しい声。


「あなたの人生も、言い訳も、後悔も」


 一瞬。


 右手が持ち上がる。


 音は、しなかった。


 エレーヌの身体が崩れ落ちる。


 糸を切られた人形のように。


 血も、悲鳴も、ない。


 ヴィーラは振り返らない。


「……これで、終わりですわ」


 そう呟いて。


 回廊を歩き出す。


 だが。


 胸の奥は、まだ騒がしい。


 どくん。


 どくん。


 アンリを殺した。


 エレーヌを壊した。


 彼らの子供たちは王城の瓦礫の下だ。


 それでも。


「……足りない」


 背中が熱い。

 骨が軋む。


 天井が内側から吹き飛ぶ。


 深紫と銀の影が、夜空に立ち上がる。


 王城は崩れ。

 王は死に。

 王妃も消えた。


 それでも静寂は来ない。


 視線が王都へ向く。


 逃げ惑う人々。

 震える民。

 祝祭の残り香。


 喉が開く。


 炎が集まる。


 ――すべて焼けば、静かになるかしら?


 ヴィーラ・ド・ラ・リュミエール。


 処刑された公爵令嬢。


 わたくしの胸の内がまだ怒りで燃えている。


 竜の娘も。

 優しい家族も。

 愛した恋人も。


 今は、どうでもいい。


 ただ。

 この世界を――


 私を殺す前の形に戻したい。

 戻したいだけなの。


※完結まで毎日投稿です。

よろしくお願い致します。

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