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処刑された公爵令嬢は竜となって蘇る(※復讐は竜をも狂わせます)  作者: ゆうらり薄暮


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58 灰の屋敷



 王都の喧騒が背後に遠ざかる。


 翼を打つたび、空気が震え、雲が裂ける。


 怒りはまだ消えていない。

 喉の奥には、炎が残っている。

 だが、向かう先は王城ではない。


 懐かしい方角。


 身体が覚えている。

 人であった頃、幾度となく馬車で通った道。

 窓から見た森。

 季節ごとに色を変えた並木。


 リュミエール公爵家。


 わたくしが生まれた家。


 胸の奥が、違う意味でざわつく。


 これは恐怖だ。


 もし。

 何も残っていなかったら。


 もし。

 わたくしの死と同時に、すべてが終わっていたら。


 高度を落とす。

 森が近づく。


 見覚えのある丘。


 あの丘の向こうに、白い屋敷が――


 ない。


 翼が、止まりかける。


 代わりに広がっていたのは、黒。


 焼け跡。

 崩れた石壁。

 屋敷の骨組みだけが、墓標のように立っている。


 庭園は荒れ果て。

 噴水は砕け。

 水は干上がり。

 花壇は土だけになっていた。


 降り立つ。


 地面が震え、灰が舞い上がる。


 焦げた匂いは、もう古い。

 最近ではない。

 ずっと前だ。


 わたくしが死んで、すぐなのか。

 数年後なのか。

 分からない。


 だが――守れなかった。


 ゆっくりと歩く。


 かつて玄関だった場所も。

 父が客を迎えた広間も。

 母が微笑んでいた階段も。

 兄が剣を振っていた庭も。


 何もない。


 あるのは、風と灰だけ。


 喉が鳴る。

 声にならない音。


 遅かった。


 わたくしは。

 遅かったのだ。


 守りたいと叫んだのは、わたくしが死んでから三十年も後だ。


 足元に、半分焼けた紋章石が転がっている。


 馬と薔薇が彩るリュミエール家の紋章。


 思わず爪で触れたそれは、呆気なく崩れた。

 灰になって、爪の隙間から溢れていく。


『……お父様』


 震える声。

 竜の喉から出るには細すぎる声。


『お母様……お兄様……』


 返事はない。


 当然だ。


 分かっている。


 それでも呼ばずにはいられない。


 翼が震え、地面にひびが入る。

 炎が、口の端からじわりと漏れる。


 荒れ狂う魔力を無理矢理押さえ込む。


 鱗が消え。

 翼が縮み。

 骨が軋み。

 人の姿に戻る。


 深紫に銀を溶かした髪が肩に落ちる。


 崩れた紋章を必死になってかき集めた。


 灰まみれになりながら。


 頬を濡らす雫は止まらない。


「……お嬢様?」


 その声に、身体が凍りついた。


 振り向く。


 そこに立っていたのは、一人の女性。


 年を重ねている。

 だが、覚えている。


 屋敷で働いていた侍女。

 よく庭で花を整えていた。

 叱られた兄をかばってくれたこともあった。


「……マルグリット?」


 名が、自然に零れる。


 女性は、目を見開いた。


「……やはり……似ておられる」


 震える声。


「奥様に……いえ……ヴィーラ様に……どうして……? お嬢様はあの時確かに…………」


 その言葉に胸が締めつけられる。


「それはわたくしがヴィーラ・ド・ラ・リュミエールだからよ。ねぇマルグリットお願いよ。何も言わずに教えてちょうだい。わたくしが死んでから何があったの?」


 わたくしは立ち上がる。

 困惑の表情を隠さないマルグリットに構わずに縋った。


「どうして、屋敷が……」


 女性は、唇を噛んだ。


「お嬢様の処刑の三日後です」


 世界が、止まる。


「王太子殿下の命で、屋敷は封鎖されました」


「……なぜ」


「反逆の家は、残してはならぬと」


 淡々と語られる言葉。


 それが一番残酷だ。


「旦那様は……最後まで王家に抗議されてそれで…………」


 お父様。


「奥様は……」


 声が詰まる。


「お嬢様を信じると、そう仰って……自決を…………」


 お母様。

 

 膝が、崩れ落ちる。


「……お兄様は?」


「捕縛の際に、抵抗し……」


 それ以上は言わなくていい。


 分かる。


 分かってしまう。


「私は……当時は侍女でしたが、嫁ぎ先に戻されて……生き延びました」

 

 だから今、彼女はここにいる。


 涙が止まらない。

 だが、同時に。

 何かが固まる。


 処刑。

 断罪。

 皆殺し。


 これは、政治ではない。


 粛清だ。


 王位のために?

 安定のために?


 邪魔なものをすべて消した。


 わたくしも。

 家族も。


 静かに、立ち上がる。


「……ありがとう」


 声は、もう震えていない。


 冷たい。


「生きていてくださって」


 マルグリットは、はっと息を呑む。


 わたくしの瞳を見て。


 濃紺の奥に炎が揺れているのを見て。


「お嬢様……?」


 空気が重くなる。


 足元の灰がゆっくりと浮き上がる。


 魔力が満ちる。


 今度は、暴発ではない。


「リュミエールは滅びました」


 わたくしは言う。


「では、次は――フランク王国です」


 風が巻き起こる。


 翼が生え、鱗が皮膚に浮き出てくる。


「これは復讐ではありません」


 嘘だ。


 だが今は、それでいい。


「清算です」


 死には死を。


 翼が広がり、灰が空へ舞い上がる。


 マルグリットは、ただ見上げていた。


 深紫の竜が再び空へ立つ。


 今度は迷いはない。

 衝動ではない。

 決意だ。


 王を殺すだけでは足りない。


 王家を終わらせる。


 国を滅ぼす。


 歴史ごと全て焼いてしまおう。


 灰の屋敷を背に竜は飛び立った。



 ――復讐は竜をも狂わせて歴史を焼くのだ。


※完結まで毎日投稿です。

よろしくお願い致します。

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