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処刑された公爵令嬢は竜となって蘇る(※復讐は竜をも狂わせます)  作者: ゆうらり薄暮


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6 飛行訓練と交易路



 隣の山のてっぺんまで飛ぶのが日課だった。


 訓練、という名目になっているけれど、正直に言うと半分は趣味だ。

 お父様は「飛行距離を少しずつ伸ばすのは良いことだ」と言って許可してくださったし、お母様は「迷子にならないならいいよ」と言った。

 お兄様は「落ちたら拾う」と言った。

 縁起でもない。


 でも、私はこの山が好きだった。


 屋敷から見て二つ隣の稜線。

 風の流れが安定していて、上昇気流があって、仔竜の私でもなんとか辿り着ける距離。

 それに――


 山の上から人間の交易路が見えるのだ。

 あれが交易路だというのは、もちろんお父様に教えてもらったのだが。


 ◇


 その日も私は、屋敷の裏手から翼を広げた。


『行ってきますわ』


「無理するなよ」


「無事で」


「落ちるなよ」


『落ちませんわ』


 三方向から声が飛んでくる。

 お父様、お母様、お兄様。


 順番も音量も性格どおりだ。


 私は翼を打って、空へ出た。

 風が腹の下をすべって、身体がふわりと浮く。

 一拍遅れて、地面が離れる。


 好きだ。

 この瞬間が、好きだ。


 高度を少しずつ上げて、山の稜線を目指す。

 途中で息が少し苦しくなって、速度を落とす。

 無理はしない。

 それも訓練だとお父様は言う。


 やがて、岩肌が近づいてくる。


 私は最後に一度だけ翼を打って、山のてっぺんへ降り立った。


 ◇


 風の音が一番大きくて、あとは鳥と、遠くの川の音だけ。


 私は岩の端まで歩いていって、腹ばいになった。

 前足をそろえて、顎を乗せる。


 それから、目を細める。


 ――見える。


 ずっと下。

 谷の底みたいな場所に、細い線。


 あれが、交易路だ。


 最初にここへ来た時、私は何も見えなかった。

 ただの土の線にしか見えなくて、『本当にこれですの?』とお父様に聞いた。


 お父様は笑って、


「見えるようになる」


 と言った。


 その意味が、今は分かる。


 竜の目は、人間よりずっとよく見える。

 訓練すればするほど距離感も、動きも、形も分かるようになる。


 今の私には、もう見える。


 豆粒みたいな人間たち。

 ゆっくり進む馬車。

 荷車を引く馬。

 歩いている人。

 時々、止まって話す人。


 私は尾をぱたぱた揺らした。


 ――今日もいる。


 ◇


 最近の私の趣味は、交易路を眺めることだった。


 正確に言うとそこを通る「人間」という生き物を眺めること、だ。


 面白い。


 本当に、面白い。


 あんなに小さくて、あんなに柔らかそうであんなに忙しなく動いているのにちゃんと隊列を組んで、物を運んで、道を作って、生きている。


 何かを話して、笑って、怒って、指をさして、

 時々、立ち止まって空を見上げたりもする。


 私は、そのたびに少しだけ身を伏せる。

 見つかるはずはないのに、なぜかそうしてしまう。


『……人間って、不思議ですわ』


 誰に言うでもなく、呟いた。


 お父様の言葉を思い出す。


『私は元は人間だった』


 初めてそれを聞いた時、私はひっくり返るほど驚いた。


 だって、お父様はどう見ても竜だ。

 どこからどう見ても竜だ。

 人間だった気配なんて、欠片もない。


 人間の気持ちがわかるのかとお父様に聞いてみたことがある。

 それを聞くとお父様は少し困った顔をして、


「昔の人間だからな。今の人間の感覚とは、たぶん違う」


 と言った。


 私はその「たぶん違う」が、ずっと引っかかっている。


 同じ人間、なのに。

 同じ生き物、なのに。


 そんなに変わるものなのだろうか。


 ◇


 交易路を、ひとつの馬車が通り過ぎていく。


 屋根付き。

 紋章つき。

 護衛が二人ついている。


 少し偉い人なのかもしれない。


 その後ろから、徒歩の一団。

 荷物を背負っている。

 服がくたびれている。

 歩き方が重たい。


 私は、自然とそちらを見る。


 人間にも、いろいろあるのだ。


 強そうな人間。

 弱そうな人間。

 偉そうな人間。

 疲れていそうな人間。


 竜は、だいたい同じだ。

 大きさと魔力と年齢の差はあっても「竜である」こと自体に上下はない。

 まぁ、お母様のような飛び抜けた竜は別格らしいが。

 神に仕えるはずの妖精が屋敷にわらわらいるのもその関係らしい。


 でも人間は、違う。


 そう思うと、少しだけ不思議で、少しだけ、怖い。


『……大変そうですわね』


 私はまた、誰に言うでもなく呟いた。


 ◇


 風が、少しだけ匂いを運んできた。


 鉄の匂い。

 革の匂い。

 馬の匂い。

 人間の匂い。


 胸の奥が、ほんの少しだけ、ちくりとした。


 理由は分からない。

 でも、嫌な感じではない。


 ただ――


 なぜか、目を離せなくなった。


 ◇


 どれくらい眺めていたのか、分からない。


 気づいた時には、太陽が少しだけ傾いていた。


『……そろそろ帰らないと』


 私は名残惜しく交易路をもう一度見てから、立ち上がり翼を広げた。

 体力も付いたことだし明日からは向こうの山まで翼を伸ばしてもいいかもしれない。

 お父様に相談してみよう。

 こういう時のお母様とお兄様は全く参考にならない助言をくれるのだから仕方ない。

 私の専らの相談相手はお父様だった。

 


※完結まで毎日投稿です。

よろしくお願い致します。

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