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処刑された公爵令嬢は竜となって蘇る(※復讐は竜をも狂わせます)  作者: ゆうらり薄暮


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5 竜の里のお友達 後編


 


 少し遊ぶと、別の仔竜が近づいてきた。


 深紫に銀が混じった鱗。

 私と、よく似た色。


 胸の奥が、きゅっと鳴った。


『……』


 その仔竜は、私を見て、そして私の背後――お父様の方を一瞬見た。

 何かを確認するような視線だった。


 私は、気づかないふりをして近づく。

 距離を測って、一歩。

 止まる。

 相手も一歩。

 止まる。


 礼儀がある。

 距離がある。

 だから安心できる。


『……きれい』


 深紫の仔竜が言った。


『あなたも、ですわ』


 返すと、相手の尾が少し揺れた。

 嬉しいのだろう。


 イオが空気を揺らす。


『色、僕と似てる』


『はい……似ていますわね』


 深紫の仔竜は、自分の鱗を一度だけ見下ろした。

 それから私を見る。


『……それ、魂の色?』


 その言葉が、少しだけ冷えた刃みたいに胸へ落ちた。


 魂。

 お父様が言った言葉。


 私は、反射で背筋を伸ばす。


『……お父様が、そうおっしゃいましたわ』


『やっぱり』


 深紫の仔竜は、納得したように頷いた。

 その様子が、どこか大人びて見えた。


 イオが、少しだけ首を傾げる。


『魂ってなに』


『……知らない』


『知らないのに言うの?』


『父さんが言うから』


 深紫の仔竜の返事は短かった。

 でも、嘘ではない気がした。

 竜は嘘が下手だ。

 少なくとも、仔竜は。


 私は、胸の奥の引っかかりを撫でるように隠した。

 今はまだ、考えたくない。

 楽しいからだ。

 ここが好きだからだ。


 ◇


 しばらく遊んだあと、私は岩棚の影へ座り込んだ。

 息が上がっているのが少し悔しい。

 里まで飛んできて、ここで遊んだだけでこのざまだ。

 仔竜は仔竜でしかない。


 そこへ、お兄様が影を落とした。

 大きな影だ。

 余裕の影だ。


『疲れたのか?』


『……疲れていませんわ』


『息』


『黙ってくださいまし』


 お兄様は笑った気配だけを落として、私の隣に伏せた。

 近い。

 でも触れてこない。

 兄のそういうところは、たまに優しい。


 お父様が、少し離れた場所でこちらを見ていた。

 お母様はさらに離れて、里全体を眺めている。

 見守る位置が違う。

 それが我が家の配置だ。


 私は、お父様の方を見て、ふと思い出したことを口にした。


『……お父様』


『ん?』


『魂の色、というのは……皆さま知っていることなのですの?』


 里の空気が、わずかに止まった気がした。


 気のせいかもしれない。

 でも、竜の里で「気のせい」はあまり信用できない。

 静けさが、ちゃんと反応する場所だから。


 お父様は、一拍置いてから私の方へ近づいた。

 鼻先を私の額へ寄せる。

 温度は、いつも通り。安心の温度だ。


『知っている者もいる。知らない者もいる』


『……私は、知らなかったですわ』


『今知った』


『……』


 私は、少しだけ唇を噛んだ。


『それは、怖いものですの?』


 お父様はすぐに否定しなかった。

 それが答えに近い気がして、胸がきゅっとした。


 けれどお父様は最後に穏やかに言った。


『怖くない。お前はお前だ』


 その言葉の形は、いつもと同じだ。

 優しい。

 揺れない。

 でも、その奥に何か別の硬さがある。


 私は、その硬さに触れないように笑った。


『でしたら、問題ありませんわ』


 お父様の瞳が、ほんの少しだけ細くなる。

 笑ったのか、苦しかったのか、私はまだ分からない。


 ◇


 帰り支度をする頃、深紫の仔竜が私のところへ来た。

 距離を測って、一歩。

 止まる。


『……また、来る?』


『もちろんですわ』


『……約束』


 約束。


 その言葉が、岩の上に置かれるみたいに重かった。


 私は、尾を一度だけ揺らして頷いた。


『約束いたしますわ』


 深紫の仔竜は、満足したように一歩下がった。

 それ以上は近づかない。

 それが竜の礼儀だ。


 空へ飛び立つ前、私は振り返る。

 イオが座っている。

 深紫の仔竜もいる。

 他の竜たちも、影の中で見ている。


 ここは静かで。

 重くて。

 でも、嫌いではない。


 私は翼を広げる。


『また参りますわ』


 返事は、声ではなく空気の揺れだった。

 でも、確かに受け取った。


 ◇


 屋敷へ戻る途中、交易路の方角から風が流れてきた。


 鉄の匂い。

 焦げた匂い。


 里の匂いとも、屋敷の匂いとも違う。

 人間の匂いだ。


 私は鼻先をひくつかせて、首筋を押さえた。

 そこだけ、ほんの少し熱い。


『……どうした?』


 お兄様の声がすぐに来る。


『何でもありませんわ』


『嘘』


『嘘ではありません』


『嘘』


『お兄様は黙ってくださいまし』


 お母様の白銀が、すっと近づいた。

 視線が私の首筋に落ちる。


『熱い?』


『……少しだけ』


 お母様はそれ以上聞かなかった。

 ただ、飛ぶ速度をほんの少し落とした。

 仔竜が疲れない速度に。

 仔竜が落ちない速度に。


 それが優しさだと、私は知っている。


 だから私は、何も言わなかった。


 今の私は、幸せだ。

 屋敷も好きで里も好きで友達もできた。


 このまま続くと信じて疑わないくらい、私はまだ子供だった。


 ――あの匂いが、いずれ私の胸の奥の「何か」を起こす合図になることをこの時の私はまだ知らない。

 

※完結まで毎日投稿です。

よろしくお願い致します。

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