4 竜の里のお友達 前編
屋敷の静けさは柔らかい。
布のように、湯気のように、手のひらで包める静けさ。
でも竜の里の静けさは違う。
岩と風と時間の静けさで慣れないと少しだけ息が詰まる。
それでも私は、嫌いではなかった。
ここは、私が竜であることを疑わなくていい場所だったからだ。
◇
里に降り立つと、空気が一段重くなった。
お父様が先に着地して、尾で砂を一度だけ払う。
それを合図にしたみたいに、岩棚の影や洞穴の奥から気配が起き上がる。
見ている。
見守っている。
そして近づいてこない。
竜は、基本的に無口だ。
満足している時ほど何も言わない。
それが礼儀でそれが距離でそれが安心でもあった。
『おはようございます』
私が挨拶をすると、空気がほんの少し揺れた。
返事だ。
『……おはよう』
『きょうも小さいな』
『色がきれいだ』
褒め言葉が短く落ちる。
刺さらない。痛くない。
まるで石を置くように、ただそこに置かれるだけだ。
私は胸を張って、尾を一度だけ揺らした。
揺らすつもりはなかったけれど、勝手に揺れた。
里ではそれが恥ずかしくない。
ここでは「嬉しい」は隠すものではないらしい。
お母様が隣で静かに頷いた。
『礼儀、できてる』
『当然ですわ』
『言い方が丁寧すぎる』
『私はお嬢様ですもの』
お母様は楽しそうに目を細めた。
竜が笑うと怖いと人間は言うらしいがお母様のそれは怖くない。
むしろ安心する。
怒られないという確信がある。
お兄様が後ろで鼻を鳴らす。
『……背伸びばっかのくせに』
『背伸びではありませんわ』
『まだ尻に殻』
『それを言うのをおやめなさいまし』
『事実だろ』
『事実でも黙ってくださいまし』
口では言い返す。
でも、尾はまた勝手に揺れた。
兄妹というのは、こういうものなのだろう。
少なくとも我が家ではそうだ。
◇
岩棚を少し歩くと、仔竜たちの集まりがあった。
遊んでいる、というほど騒がしくはない。
ただ、近い距離に固まって、同じ方向を向いている。
何をしているのかというと――
石ころを転がしていた。
ころん。
ころころ。
ぴたり。
転がした石がちょうど良い位置で止まる。
それを別の仔竜が鼻先で弾いて、また転がす。
誰も踏まない。
誰も爪を立てない。
行儀がいい。
犬だ。
私は思わず口に出しかけて、やめた。
ここで「犬」と言うと、竜たちが嬉しそうにするのを知っている。
お母様がうっかり広めてしまった文化はこの里ではすっかり浸透してしまっている。
一歩間違えれば悪口だと言うのは一生黙っていよう。
仔竜の一匹がこちらを見た。
濃い灰色の鱗に、青が少し混じっている。
私より少しだけ大きい。
たぶん年上だ。
目が丸くて、好奇心の顔をしている。
『……新しい?』
空気がくすぐったい。
『新しくありませんわ。私、何度も来ていますの』
『でも、こっち来ない』
『今日は……行きたい気分ですの』
自分で言っておいて、少し照れた。
仔竜は尾を一度だけ振った。
歓迎の合図らしい。
『名前』
『ヴィーラですわ』
『……ヴィーラ』
その仔竜は、自分を指すように鼻先を自身の胸に向ける。
『……イオ』
『イオ様?』
『イオでいい』
『では、イオ。よろしくお願いいたします』
イオは少しだけ首を傾げた。
礼儀の形が、屋敷仕様すぎたのだろう。
けれど否定はされない。
竜は、嫌なら近づかないだけだ。
イオは近い。
だから、まぁ、大丈夫。
石ころが私の足元へ転がってきた。
ぴたり、と止まる。
距離が完璧だ。
私は一拍置いてから、前足で軽く弾き返した。
ころん。
イオの目が輝いた。
『できる』
『当然ですわ』
『……すごい』
『当然ですわ』
同じ返事しかできていない。
お兄様に聞かれたら笑われそうだ。
でも、笑われてもいい気がした。
今は。
※完結まで毎日投稿です。
よろしくお願い致します。




